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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 それは鷹の強がり以外の何物でもなかった。この何百年、物心がついてから死んだ者の魂魄を葬り去ることはできても、小動物や昆虫はおろか花でさえ手折った経験はない。それができれば鈴の両親を殺させずにすんだかもしれない。そして、そのひ弱さが天狗の高みに登れないことの原因になっているらしいと鷹自身気付いている。
 踏ん切りのつかない鷹の足が震えていた。
「何してんのよ。今朱雀を撃たないでどうするの! その妖怪をやっつけないとこれからまたどれだけ沢山の人が死ぬか、考えなさいよ!」
 鈴の叫びが届いていないのか、天上では何の変化もない。否、微かだが鷹の逡巡が伝わり降りてくる。
「しっかりしなさい。あんたの体の中に平家の強いお侍を取り込んだんでしょ。恥ずかしくないの? 私のおっ父やおっ母だけでなく、もっと大勢の人が死ぬのを黙って見ているの! 宮本の小父さんや右京さんばっかりに頼っていていいの!」
 やっと鈴の言葉が届いたらしい。朱雀の翼が赤い炎を放出し始め、気を高めるように羽ばたきを繰り返した。それがだんだん高速になっていく。発焔の態勢に入ったようだ。徐々に気を取り込んだ体中が赤く燃え出した。最後に目から火の粉が溢れ散ると同時にかっと嘴を開いた。その嘴から轟音とともに、一気に臨界に達した朱雀が夜空を昼に変えるような明るさで発動された。
 迷いを振り切った朱雀の力強い火焔が淀君に向かって急速に伸びて行き、地面まで揺るがすような大爆発が起きた。
 ほっと安堵して空を見上げた一同の顔が一瞬に蒼褪めて行った。勝利を勘違いし振り上げた拳も下げることを忘れるくらいの衝撃であった。
 復活した玄武が朱雀を固い甲羅で受け、淀君の盾となり、灼熱の焔を受け止めている。玄武の咆哮と淀君のけたたましい笑い声が四方に木霊してきた。
 玄武を転生させる分、地獄焔の力を抑制していたのだ。気付くのが遅かったと鷹は思った。ならば、青龍や白虎、そして朱雀の獣神も配下に組み込むつもりなのか。朱雀が敵になれば、今の鷹と同じ力の火焔を持っているはずだ。淀君だけでも大変なのに四獣神までが敵に回れば手強すぎる。
――朱雀など効かぬと申したはずじゃ。よい、そなたが国松を殺したことはわかった。そちに免じて京の民は許して進ぜよう。火焔がもったいないからな。江戸へ入る前にまずおまえを血祭りに上げる。いずこへ逃げようとおまえは逃れられぬ、さよう心得よ!
 淀君は小袖を翻し、玄武の背に立つと大空高く消えて行った。
 鷹は追いかけながら残りの霊力を全部使い、朱雀を放ったが、もはやかすりもしなかった。
 地上へ戻ってきた鷹への風当たりは強かった。
「すぐに朱雀を撃たんもんじゃから、こうなるんじゃ。玄武まで妖怪の手先になっちしもうたじゃなかね」
「これからの手立てがないではないか! まさに千載一遇の好機であったのに」
 嘉昭さえ鷹を詰った。一緒に旅をして兄貴のような気さくさを見せるようになった嘉昭であるが、だからこそ肉親に近い情で怒っているのが鷹にも伝わる。
 その嘉昭から鷹は首を絞められるようにして抱き竦められた。
「何を泣いておる? 余より何百歳も年上のくせをしおって、男が泣くものではない」
 鈴をはじめ仲間の皆が鷹の顔を覗きに来た。
「次は必ずおいらがやるよ。失敗しないさ」
 抗って嘉昭の腕を振り解くと、鷹は大声で叫んだ途端、鈴に平手で頬を殴られた。
「馬鹿じゃない! ひとりで敵うわけないでしょ」
「大丈夫さ、おいらの責任だ。それにあの小母さんもおいらを追って来るはずだ」
「何を申す! 済んだことをあれこれ申しても詮ないこと。我等で力を合わせて手立てを考えよう。頭を冷やせ」
 嘉昭が鷹を泣きながら撲り続ける鈴を抱きとめて、抵抗せずに突っ立っている鷹へ怒鳴った。
「いやだ! おいらひとりでやってみせるよ。みんなだって勝てっこないじゃないか。それに気付くのが遅すぎたけど、あいつは四獣神を家来にするつもりなんだ。もう、誰も勝てやしない!」
 鷹も感情の激化するのを止められなかった。
「死んじゃうよ。それでもいいの!」
「死んだって構うもんか!」
 鈴や嘉昭に反発して鷹が意固地になりかけた時だった。
「それがいい! おぬしを的として千年狐狸精に引き渡す」
 縁側から連也斎の太い声が響いてきた。冷水を浴びせられた気がして嘉昭等が振り向く。そこには冷たい目をした連也斎が威風剛毅に胡坐をくんでいた。その氷のような視線に射竦められて嘉昭と鈴が思わず後退りする。まるで真剣で斬り込まれたような恐さを覚えた。
「鷹を的になどできぬ! 鷹に命を救われておきながら、よくそのようなことが言えるものじゃ」
 いつも穏やかな右京が嘉昭を庇うように出て、怒った。伊織も連也斎を睨んで立っている。刀に手を掛けないように握り拳を固く握っていた。
 嘉昭が意を決して何か言おうと前に出たが、興奮して言葉が出ない。
「柳生は人の血が通っておらんごつあるのう」
 泰蔵の言葉に連也斎の横で控えていた裏柳生の面々が無言の威勢で立ち上がった。
「おぬしらも小童と同様、甘いわ。おぬし等よりあの鏡の方が使えるぞ」
 連也斎は険悪になりかけている空気を気にすることもなく吼えた。その激しさに場の空気が凍った。
「柳生のおっちゃん、どこに誘き寄せればいいんだよ。決戦の場所はどこにする?」
 物怖じせぬ鷹が泰蔵を押し退けて連也斎の前に立った。
「そりゃあ決まっているだろう。関ヶ原だ」
 連也斎が珍しく子供のような顔で笑った。愉快がる連也斎の態度に嘉昭だけでなく、裏柳生も戸惑いを隠さず顔を見合わせている。
「関ヶ原か………いいね。天下分け目だ。おいらもそこで構わない」
 鷹も連也斎に負けないほどの笑顔で笑った。
 いつまでも笑い合う二人の周りを嘉昭や甲賀四十一人、裏柳生十八人、そして集められた近隣の寺社方までもが怪訝な顔で取り囲んだ。

 関ヶ原へ淀君を誘い出す。
 偏に鷹の働きにかかっているが、巧く誘い出せれば正面から力で対決するより事前に数々の罠を仕掛けることが可能かもしれない。その方法はともかく甲賀者も裏柳生も合同でそこに布陣することに異存はなかった。
 関ヶ原では、家康が陣を張った桃配山の裾で淀君を待ちうけようかという意見も出たが、空から攻撃を受けることを考え、敵方ではあったが毛利秀元が陣を張った南宮山がよいという意見でまとまった。
 鈴は、関ヶ原がどこにあるのか、この京都から遠いのか近いのかさえ知らなかったが、どこかに自分の居場所がないかと体を乗り出して話の成り行きを見守っていた。カリブルヌスの剣を握る手が汗に滲んでいる。
 すぐに所司代の牧野が関ヶ原へ幕府の軍勢を手配するよう書状に認めるために別室へ籠った。特に島原の乱で使用されて以来、出番のなくなった和製大砲の出陣を強く依願する文章になりそうであった。その大砲の中には、大坂城を攻撃するために徳川家康がイギリスから購入したカルバリン砲四門とセーカー砲一門も含まれている。書けた書状はすぐに隠密便で老中の許へ運ぶ手筈になっており、駿足の馬を用意して甲賀者が待機していた。
 大広間では小頭の泰蔵が中心となり手配りを始めた。連也斎は黙って傍聴している。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介