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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 見上げると、淀君が地獄焔を発動した後であった。火焔ははっきりと小倉藩藩邸に向いている。全員淀君の火焔の威力を見たのだ。門という門は逃げだそうとする者達でごった返していた。怪我人も大勢出たようだ。その喧騒に鈴は眉を顰めた。四郎の声は皆に届いたはずなのに、見渡すと庭に残っているのは、戦おうとする者と腰の抜けた者、そして状況のわかっていない者達だけであった。寺社方で残っている者も少ない。それもただ自分の安全を祈っているだけであった。
「信じるしかないだろう! 貸してみろっ」
「四郎様は、わたしにお命じになったの!」
 鷹の鏡を奪おうとする手を払いのけると、右京等の止めるのも聞かず鈴は庭の泉水に架かった石橋に向かって走った。すぐに両手で捧げ上げるようにして鏡面を迫り来る焔に向けた。鈴は鏡面の角度を慎重に調整していく。
 鏡面と地獄焔の進行方向が重なった途端、焔が途中で何かに衝突したような衝撃で振動し、鈴はその反動で後ろへ弾き飛ばされた。泉水へ落ちる直前に最後列から飛び出した連也斎が担ぎ上げ助けた。連也斎に追い抜かれ、間に合わなかった鷹が舌を鳴らす。顔を赤らめた鈴を連也斎の腕の中から引き離したが、鈴は鷹の手を払い除けて、右京や伊織のいる場所まで大事に鏡を抱いて戻って行った。
 さすがに知盛が完全な魔物になるのを防いでいてくれた鏡である。八咫鏡は、ただの古い鏡ではなかった。
 地獄焔は勢いを失することなくそのまま上空に飛び去って行った。
――小癪な! さすが作鏡連の始祖石凝姥命が作りし鏡よ。じゃが妾の渾身の焔をもってすれば、その鏡も破砕することができる。明日の晩を楽しみにしておれ。もし、逃げれば、何度も申すように京の都は焼け野原となろう。それとも今、名乗り出て、妾に首を差し出すか!
 右京が前に出ようとするのを嘉昭や鈴が必死に引きとめた。
「やめろ! おぬしが名乗ろうが名乗るまいが、同じじゃ。それで淀殿が許してくれるはずもない。死に急ぐことはないのだ」
「じゃが、拙者に目を向けさせれば、無差別に火焔の雨を降らせることもない」
「無駄死にはよせ! 鷹の話だと今夜はもうこれ以上の火焔は撃ち出せぬはず。結界を張る獣神も戦っておる。どうするかは皆で考えよう」
 伊織も右京の前に立ちはだかる。
 右京を囲む輪の外で鷹が何か閃いたようだ。
「そうかあの小母さんの目を引きつけておけばいいんだね。おいらが的になるよ」
 鷹がさっと芭蕉扇を振って、天に昇った。
「馬鹿なことやめなさいよ。あんたじゃ敵わないでしょ!」
 鈴があらん限りの金切り声で鷹に呼びかけたが、調子のよい顔で一度だけ下を振り向くと朱雀に変身して羽ばたいた。
「馬鹿よ。何考えてるの……」
 怒りに震えて見送る鈴を右京と連也斎が両側から挟んだ。
「妖怪も火焔珠を撃ち切ってしまったようじゃ。今なら鷹の朱雀で勝てるかもしれぬ。ほら吹きで甘ったれの調子のよい馬鹿な若者のように見えるが、岡山ではやつの機転で我等は救われた」
 連也斎が、彼のできる最大限の賛辞で鷹を褒めた。右京も心配するなと鈴に笑みを見せた。
「師匠、でも半分は、まだほら吹きで甘ったれの調子のよい馬鹿で、半人前の若者を信用していないって顔ですよ」
 鈴が胸に下げたクルスを握りしめて、星の見えない夜天を見上げ続けた。
 やがて鷹が獣神の作る結界を越えた。霊力を殆ど使い果たした淀君との会話が、鈴等にも届いた。
――なんで今更こんなに暴れるの? なんで大人しくしていられないの?
――おぬしに妾の家康への恨み……骨髄にしみた悔しさがわかるか!
 甲高い声で言葉を吐き捨てるたびに、淀君の口から地獄焔の残り火が漏れる。
――小谷で浅井の父を殺され、越前北ノ庄で母を失った。何もかも失くした妾が、その父と母の命を奪った男に心ならず肌身を許し、手に入れた天下ぞ! 誰にも渡せぬ。
 丹花の唇が怒りで痙攣するように震えている。淀君の妖しい美貌から刺のように発せられる激烈な怒り、そして根深い憎しみに圧されて鷹の心が怯み始めた。
――だって、負けたんだから仕方ないだろ? 盛者必衰、ただ春の夜の夢のごとし、ひとえに風の前の塵に同じって言うじゃないか。潔く負けを認めて、成仏してくれよ。
 下に届く鷹の声が心なしか籠って聞こえる。まるで腰の引けた鷹の姿が目に浮かぶようであった。
――正々堂々と負けたのであればそうもしよう。なれど、家康は、五奉行、五大老が誓紙連判して約束を交わしてから幾程もないのに、その約束を破り、何の忠節もない者どもに対して、勝手に知行を与え、合議も計らず家康一人で署判をする傍若無人の振る舞い。終いには約束を違えて大坂城の堀を埋め尽くした。どうじゃ? 妾が徳川を攻める大義なら山ほどあるぞ。上げれば、きりがない。太閤殿下の築き上げた天下に対し、さらに主家である妾に対して、考えられぬ数え切れぬほど非礼が!
――その太閤さんが偉すぎたんだよ。周りに人がいなかった。おいらずっと見てきたぜ。権限を集中させすぎた政権は絶対に長持ちしないもんだよ。頼朝も三代しか続かなかった。今の徳川を見てご覧よ。将軍様が阿呆でも子供でも幕府はびくともしないぜ。小母さんが負けるべくして負けたってわからないかなぁ。
――言いたきことはそれだけか! 天狗でもなし人でもなき異形の者のくせに徳川に加担するとは許しがたき。おぬしが国松を空の塵としてしまったに相違ないな!
――ああ、その通りだよ。次は小母さんの番だ。覚悟してくれよ。
 地上で二人の会話を聞く泰蔵が苛立ち始めた。
「何故、鷹は朱雀を撃たん。千載一遇の好機じゃなかね。一体何しておっとな」
 苛立って歩き回り、髪を掻き毟る泰蔵を横目で見ながら、右京が眉間に皺を寄せて長い溜息を吐く。
「肝心なところで鷹殿の優しさが出てしまいもうした」
 言葉を選んだ右京の呟きであったが、鈴も同じ気持ちであった。心配した面持ちで右京の顔を見上げる。事あるごとに鷹へ「半人前!」と悪口を投げつける鈴が目に涙を溜めていた。
「気の弱いやつじゃ。やっぱ伊織どんに鍛え直してもらわんといけんのう」
 同意を求めるように泰蔵が伊織を見た。伊織も嘉昭もずっと瞬くことも忘れ空を見上げたままである。連也斎はむっとした表情のまま後ろに下がり重々しく縁側へ腰を降ろした。
――何故朱雀を撃たぬ。火焔を撃てぬ妾を甚振っておるのか? それとも妾の苦しみに同情し稚拙な因果を含めて説き伏せようとしているのか? どっちにしても、おぬしのような半端者の放つ術など効きはせぬ。
 鷹に向けて突き出した指先から燻った煙と不完全な焔が散った。もう力は使い果たされている。それほど大きな地獄焔の連射とは見えなかったが、今の指先からは、紅蓮も撃てそうにない。
――あんだけ派手に打ち噛ましたんだ。もう火珠が残っているわけないわな。丸腰の小母さんに朱雀を撃ち込むのは気が引けるぜ。くそっ………
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介