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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「探索だけでござる。結果を見届け次第小倉藩藩邸にて合流しもうす。今から他の信楽衆に頼んだのでは、間に合いもうさん」
 連也斎を越える新しい発見があるのではないかという右京の言に始めは難色を示した泰蔵であったが、渋々承知した。
「裏柳生が全滅するところをしっかり見っくいやもんせ」
「そいでは、伊織殿。よろしくお願い申す」
 右京が鷹だけを選んだことに鈴が不満を見せ、口を尖らせた。
「お鈴も朝夕の鍛錬を怠らぬようにしもんせ」
 右京の声音を真似た鷹が、言い終わらぬ内に鈴から向う脛を蹴られた。

 鷹と右京が金山の中腹から南に位置する岡山城を見下ろした。高石垣の積まれた城は側を流れる旭川の川筋を変えて天然の堀とし、その湾曲部の丘に本丸を築いていた。二の丸、三の丸を廻って、三重の堀があり、北部と西部に武家屋敷、城下町が見える。だが、金烏城と呼ばれる由来となった黒塗りの五重天守は既に半分が吹き飛ばされていた。豊全の操る兵は城の片側を取り巻く旭川に阻まれ攻めあぐねてはいたものの、周囲から濃い泥が溢れ出すようにじわじわと行軍している。ただ、小倉から始まった一連の城攻めが伝わってきたのだろう。城下の町人が悉く避難していたのは幸いであったが、旭川側からの攻撃を想定しておらず岡山藩は西からの攻撃に防御を集中させていた。城から大筒をさかんに撃ち込み、傀儡の兵士が至る所で吹き飛んでいる。だが、痛みを感じない兵は体の一部を失いながらも起き上がり、城へ向けて攻め込んでいく。内堀に架かる内目安橋も事前に落としていたが、城を防御する巨石群が火焔で破壊され堀の一部を埋め立てると、そこからぞくぞくと兵の侵入が始まった。淀君の怨霊が空中を飛び回り火焔珠で大手門を破壊している。
「何故、淀君は一息に城を破壊しないのじゃ? 小倉の時もそうであったが、まるで人が苦しんでいるのを楽しんでいるような攻め方をする」
 右京が憤りながら、遠くの怨霊を見詰めている。その右京の言葉に鷹ははっとした。もう一度、右京の言葉を頭の中で繰り返した。黙り込んだ鷹を右京が訝しげに首をかしげる。
 しかし、鷹の頭の中にひとつの確信が生まれようとしていた。
「そうか………そうかもしれない」
 鷹が鼻息荒く右京の腕を掴んだ。
「おいら達が関門海峡を逃げている時、頭にきた小母さんが四郎の兄ちゃんの聖霊を三千体吹き飛ばしたろ。あれで限界なのかもしれない。あの後、引き返しちまった」
「どういうことだ?」
 鷹は次第に自分の思いつきに自信を深めて胸が高鳴った。
「おそらく一度に発散できる熱量は決まっているんだ。おいらが初めて朱雀を発動した時、回復するのに一晩かかった。きっと万一のことを想定して、力を小出しにしているんだよ」
「成程、それは何か攻略の手掛かりになるかもしれぬな」
「それもそうだけれど、東側の平地を見てよ」
 鷹が指差した所は、旭川が鉤型に曲がって城へ突き出した場所である。将来そこへ大きな回遊庭園を造る計画があるらしく、藩が造成に取り掛かっていた。実は、旭川を城の防御を固めるための堀として用いるために、流路を城の手前で大きく東方へ曲げて城の北東面に沿わせ、さらに南流するように変えた場所である。
「何と! どうしたことだ」
 右京も気づいたようだ。ある場所だけ砲弾を空中で跳ね返している。ちょうど城を挟んで淀君が浮遊している場所と反対側であった。
「おいらには見えるぜ。豊全が護摩を焚いている」
「もう少し近くに寄りたいものじゃ」
「大丈夫だろ。あいつ等城攻めに気が向いている。おいら達のことまで気付かないさ。行ってみよう」
 鷹と右京が顔を見合わせた時だった。
 豊全のいる東側から大きな丸太を神輿のように何人もの男で抱えて、傀儡の兵を勢いよく弾き飛ばしながら護摩壇に向かって突進する集団が現れた。先の尖った巨大な丸太に十人の武者、三筋の丸太が競うように傀儡兵の海の中へ突き進んでいく。絞めた鉢巻きや襷には梵字が書き記されていた。人数は増えていたが、大半は月照寺で会った裏柳生の面々である。
「真ん中の列の後尾で暴れているのが、柳生のおっちゃんだ。おいら達の話をちったぁ聞いてくれたみたいだな。みんな体中に効き目のねぇお経を書いてるぜ。まるで平家の怨霊に耳を千切られた琵琶法師みたいだ」
 鷹の千里眼が裏柳生の顔や腕にも書かれた文字を読み取った。初めて目にするが降魔真言のようであった。
「狙いを豊全に絞ったか。術を操る豊全を葬ることができれば、もしかして淀の妖怪も消せるかもしれぬ。急ごうっ」
 右京と鷹は金山を駆け下り始めた。
 突然、忍び刀を持った軽装の男達が二十名ほど連也斎達に向かって空から降ってきた。前しか進まぬ傀儡兵とはまるで違う動きを見せている。傀儡兵とは豊全の術の掛け方に違いがあるのかもしれない。おそらく背中に護符を張り付けられた豊全から選ばれし者たちなのであろう。
「間違いねぇ。霧隠才蔵と真田忍者だ。おいら家康様の陣屋で見たことがあるぜ」
 鷹が姿を現した影を見通した。当然右京にはただの豆粒ほどの点にしか見えない。
「霧隠才蔵? 真田十勇士の一人か」
 大坂夏の陣には、徳川の大軍を神出鬼没の動きで翻弄し、家康の本陣に忍び込み首を狙おうとした伊賀流忍者である。飯を盗みに入った鷹は、服部半蔵と霧隠才蔵の壮絶な戦いを竈の陰で腰を抜かして見ていたのだ。幻術を駆使し大勢いる半蔵の配下をたった一人で翻弄していた。天狗の技と違い、種も仕掛けもある半蔵の忍術であったが、荒れ狂う魑魅魍魎に鷹は度肝を抜かれてその場から動けなかったのを昨日のことのように覚えている。だが、転生した才蔵は種も仕掛けもない幻術を使えるに違いない。
「豊全の話によると、あいつが、幸村の命令で豊臣秀頼を大坂城から連れ出したらしいぜ」
「まったく余計なことをしてくれたものじゃ」
 珍しく冷静な右京が唾棄するように言い捨てた。
 護摩壇に後七十歩の所で三本の大木はすっかり止められてしまった。裏柳生の動きに目もくれずに傀儡兵が岡山城を目指す潮流の中で裏柳生と真田忍軍の壮絶な斬り合いが始まった。鷹は効き目がないといったが、降魔真言が功を奏したのか真田忍軍の怨霊の力を少なからず封じており、剣対忍術の戦いになっていた。剣を交えた戦いであれば、裏柳生に勝機がある。真田忍軍の刀や飛んで来る手裏剣を掻い潜り、裏を取ると背中に張られた護符を斬り続けた。裏柳生の方が、統制が取れているようだ。ひとりの敵に対し、三人掛かりで巧みに攻めている。
 連也斎は真田忍軍との戦いを裏柳生に任せ、護摩壇へ急ごうとするが霧隠才蔵の幻術が立ちはだかった。才蔵得意の伊賀流幻術である。何千匹という蛇や虎が連也斎や裏柳生に向かって襲ってきた。その陰に紛れて手裏剣が飛んでくる。戸惑う裏柳生の何人かが押し殺した呻き声を上げて昏倒した。手裏剣には毒が塗られているようだ。裏柳生は五感を研ぎ澄まし手裏剣を避け、丸太の陰に身を隠すしかなかった。その裏柳生に幻獣が襲ってくる。その幻獣の陰に隠れた真田忍者が自在に剣を振るって何人もの裏柳生を死に至らしめた。
 攻勢だった柳生の軍団が才蔵一人の幻術になす術もなく翻弄される。彼らの表情に諦念が浮かんだ。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介