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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 死を覚悟した裏柳生の一人が三十貫はありそうな樫の棒を振り回す上半身裸の三好清海入道に組み付いた。男は怪力で絞めつけられて背骨を折られ死んだが、その時背中へ廻していた手が護符を剥ぎ取り握りつぶした。途端、真田十勇士の一人である三好清海入道の動きが緩慢になり、やがて止まった。怒りに任せた連也斎が偶然その護符を斬り裂くと、清海入道は灰塵となってその場に崩れ落ち、風に吹き散らされた。
 そこまで話し終えて連也斎が沈黙した。しばらく黙ったままでいた連也斎が気分を変えるように立ち上がり愛刀肥後守秦光代を腰に差した。その拵えの形状から、籠釣瓶とも噂される名刀である。籠釣瓶とは、籠でできた釣瓶は水が素早く洩れることから、その素早さを刀の切れ味に例えたとされている。連也斎が考案したという波に車図の柳生鍔に鷹の目が止まった。鷹ははっとして床に砕けた刀身の欠片をこっそり拾った。刃止めがしてあった。殺気は本物だったが、右京等を殺す気はなかったようだ。
「我等は側面からの奇襲であったために我等の動きに気付いた奴等が幸村を送ってきたのよ。その戦いで仲間が半数以上殺られた。しかし、松江城を粉砕したあの豪火は直接浴びておらぬ。半里離れた場所からでも体が燃えだしそうであった。我等もそれ以上の手立てはない。敵の本丸は崩せぬ。おぬし等の話を聞けば何か助けになるかもしれぬと思ったが、そこの天狗もまだあの火の域には達しておらぬようじゃしの」
 連也斎の眼が鷹と合った。思わず鷹は愛想笑いを返してしまった。
 その後、連也斎及び裏柳生の各々とともに情報を交換した。鷹が香春村の清祀殿で聞いた話を披露したが、豊臣家の遺児土御門豊全と淀君の怨念についてまで彼等は知らなかったようである。淀君の名前に信じ難い声を洩らす者もいた。小倉城の二の丸では誰にも信じて貰えなかったが、さすがに後藤又兵衛や真田幸村と戦った者達であった。裏柳生の中でも、怨霊達によって錚々たる剛の者が命を落としている。
「千年狐狸精か………なるほど。ならば好物の油揚げでも山盛りに供えてしんぜよう」
 連也斎が、教経の喩えた異称を敢えて口に出して淀の方の名を避けた。千年狐狸精は、冀州侯蘇護の娘、蘇妲己の魂を奪って妲己になりすまし、紂王を堕落させて殷を滅ぼしたといわれている狐の妖怪である。連也斎としては、豊臣と徳川の因縁などと根拠もなくいたずらに大騒ぎしたくなかったのだろう。
 本来連也斎は裏柳生ではない。しかし、小倉城の惨劇を報告された裏柳生の総帥列堂義仙がただならぬ予感を感じ、尾張柳生に助けを請うた。そろそろ隠密便が大目付の手元に届く頃であるが、裏柳生の動きは流石に速かった。
 そして、嘉昭が、天草四郎の教えてくれた豊全が兵の中心に護摩壇を築き絶えず進軍星の秘符を燃やし続けて死人を操っていることを告げた。
「その豊全とやらを斃せば、有象無象の傀儡どもは出て来ぬのじゃな?」
 連也斎の目が光った。攻め方に何か閃いたようだが、それを教えてくれる気はないようであった。鷹がそっと心を読もうとしたが、弾き出された。
 今日まで孤立無援で戦っているのではないかと思っていた嘉昭は、別に活動している集団がいたことに救われた気分になったが、だからと言って幕府総出で軍隊を組織し正面から攻撃をかけたとしても勝ち目はないであろう。そんな無謀は何としても避けたい。
「我等京都の小倉藩邸にて策を話し合う。共に参られぬか?」
 嘉昭の提案を連也斎は容赦なく撥ね付けた。口には出さぬが、柳生一族の誇りと女子供に頼る嘉昭一行を頼むに足らぬと考えている顔である。
「我等も拝み屋か法師を集めるとするか」
 これ以上話をしても無駄だと判断した連也斎は皮肉を言うと立ち上がった。
「おぬしらが首謀者と教えてくれた土御門豊全とやらが備前岡山藩に向かっておる。我等背後から回り込みやつらを阻止する」
「岡山藩だと?」
 驚く泰蔵を連也斎が冷ややかに見た。
「甲賀の小頭であろう? も少し、やつらの諜報を集めるようにせぬか。役立たずが」
 歯に衣着せぬ連也斎に泰蔵は顔を真っ赤にして刀に手を掛けたが、右京と伊織に抑えられた。
 既に用はなしと、足早に出て行く連也斎に鷹が後ろから刃止めした刃の欠片を投げた。振り向いてそれを受け取った連也斎が鷹だけにわかる凄みを利かせた。ばらすと斬るぞという眼光である。
「柳生のおっちゃん、宇喜多秀家の怨霊に気をつけてね。昔の岡山の藩主で、豊臣の五大老だぜ」
 鯉口に手をかけて鷹を睨んだ男の頭を鉄扇で軽く小突いた連也斎は、鷹を見て軽い嗤笑を口元に浮かせた。
「二年前に八丈島で死んだ流人の爺ィなど怖くはないわ。出てきたならばちゃんと冥途へ送り返してやる」
 連也斎は気合を見せる鍔鳴りの音を響かせて本堂を後にした。
「あれだから柳生とは一緒に組めぬ」
 泰蔵はそう吐き捨てて座り込むと、憤懣やる方ないのかずっと腕を組んで体を揺すり続けた。鈴が泰蔵の肩に手をかけようか躊躇っている。
 裏柳生は、柳生の里で訓練された忍者であるが、活人剣を掲げる表柳生に対して人を斬ることのみを追求した殺人剣を得意とする。剣を使っての闘争を重視しどちらかといえば武芸者集団なのだ。伊賀甲賀の忍者と違って情報収集や潜入能力において劣る。その情報収集について連也斎から嘲罵されたのだ。慌ただしい一連の流れの中で他の隠密と連絡を取る暇がなく、豊全との戦いに終始していたことは否定できない。だからと言って誰からも小頭としての責任を追及されるものではないだろう。だが拳で床を撲りつけた。
「右京! すぐに信楽衆を集めよ。下知を与えるっ。早うせいっ!」
 泰蔵はそれから右京に当り散らし続けた。辟易とした嘉昭が月照寺の庭に逃れた。隣に筆柿を齧る鷹がいる。やはり今度も渋柿だったようだ。
「そう言えば、この寺はたいしたことがないのか? 本堂の中で紅蓮を放てたではないか」
「弘法太子の建立した立派なお寺だよ。大したもんさ。でも大丈夫。おいらの中に能登守教経の魂が入って以来、前みたいなことがなくなったんだ。もうくだらない結界なんて心配しなくていいぜ。おいらも成長しただろ?」
 鷹が誇らしげに胸を反らして破顔すると、嘉昭も自分のことのように祝福してくれた。
「何と! 喜ばしいことではないか。今晩は祝いじゃな」
「言っちゃなんだが、連也斎の太刀筋もよっく見えたぜ。確かに右京の兄ちゃんや伊織のおっちゃんより一枚上手だ。すげぇよ。若いのに鬼になりかけている。おいらてっきり殿様が引き寄せた助っ人の一人かと思った」
「余は、あのような無礼な男は好かぬ。宮本殿や右京殿とは心持ちが天と地ほど違うではないか。剣を学ぶ者は精神も高めねばならぬ。天下の柳生を名乗るならば、示現流の鞘止めの心を見習うべきじゃ。それにあやつは我等と行動を共にするつもりもなさそうじゃ。勝手にやればよい」
 嘉昭は唾棄するように吐き捨てたが、鷹は尊大に振る舞う連也斎のことをそれほど嫌いにはならなかった。
 嘉昭一行が月照寺の山門を出た所で右京が泰蔵に向かい、鷹と共に岡山藩へ物見に行きたいと願い出た。
「放っておくが、よか!」
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介