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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 残された柄だけを握って、連也斎は静かに顔を上げた。連也斎の視線の先には、赤緑の淡い光を放つ剣を高らかに構える鈴が立っていた。伊織を助けるためでなく、もう一歩鈴が踏み込んでいれば、連也斎も命を失っただろう。誰の目にも明らかだった。
 二十人の裏柳生の口から一斉に安堵の息が漏れた。
 嘉昭が口を開けたまま動けない。一連の攻防は、嘉昭が息を吐くよりも短い時間で行われたのだ。力の抜けた嘉昭はその場にへたり込んでしまった。
 刀の柄を投げ捨てた連也斎は、得心した顔で口の辺りに笑いを浮かべたまま畳床几に戻った。
「なるほど、門弟の誰もが受け切ったことのない我が雷刀を儂よりも速く撃ち下ろし、なおかつ砕いたか」
 上段の構えは尾張柳生流が創始した、古流で初めての構えである。かつて、剣術諸派は鎧を纏って戦う事を前提としていたため、上段の構えなどありえなかった。何しろ重い鎧を着て刀を振り上げれば、体の均衡を崩し転倒してしまう。上段の構えがなかったことは言うに愚かなことであった。尾張柳生はこれをいち早く時代に合うように改め、平服での戦闘に有利な技を創っていった。雷刀は、上段の位から匂う威厳と、勢いで先を取る。連也斎が得意とする剣法のひとつであった。
「見事じゃ、娘。その技があったればこそ、悪霊退治ができた。確かに剣も不思議な力を帯びておるようじゃが、おぬしの業前があってこそじゃ。どうじゃ、我が養女とならぬか? 新陰流の奥義、おぬしなら会得できよう。望むなら将軍家指南役の地位に推挙して構わぬぞ。それほどの才を秘めておる」
 連也斎の言葉に取り巻く裏柳生達が意外な面持ちでざわついた。元服前の凛々しい青年剣士のような男装をしているが、可憐な美少女であることを隠せぬ鈴を連也斎がそこまで高く評価しているとは、誰も思わなかった。嘉昭さえもそうである。慌てる鷹を尻目に、右京の後ろに正座した鈴は連也斎をその澄んだ目で睨み返した。
 不遜な態度は変わらないが、あれほど体から噴き出ていた殺気が連也斎から消えている。
「尾張公御指南役殿、ちぃっとばかし手荒い歓迎ではないかのう」
 泰蔵が怒りを露わにした。
「そうじゃ、いきなり我等に白刃を振りかざすとは、無礼であろう!」
 鈴を取られるのではないかと胸騒ぎを覚えた嘉昭が口角に沫を飛ばしながら立ち上がり、連也斎へ抗議を始めた。しかし、声は震えており足が前に出ようとしない。たった今、目の前で見せつけられた連也斎の降魔の剣に腰が抜けてしまっているせいだ。
「おぬし等、それほど類稀な武芸者のくせに、奴らとの戦い方をわかっておらぬようじゃの。そのお鈴と申す娘子に頼り切りか」
 連也斎は嘉昭を黙殺して刀を収めた右京等に語りかけた。連也斎がまるで土御門豊全との戦い方を知っているような口振りに嘉昭一行は驚き、顔を見合わせるや膝を進めた。
「我等、松江にて後藤又兵衛と真田を撃砕した」
「真田と申すと………」
 連也斎が軽侮の笑いで嘉昭の足を止めると、自分で語ることでもないと裏柳生等に向かって目くばせした。裏柳生を統御しているらしい男が代わりに答えた。
「真田幸村とその家来三好清海入道、三好伊三入道、穴山小介を討ち果たしましてございます」
 真田幸村と後藤又兵衛、どちらも高名な軍師であり、大坂の役で名を残した豊臣方の武将であった。淀君とその孫が黄泉の国から連れ戻したことは明らかである。嘉昭が連也斎への怖さも忘れ膝を近づけた。
「まさか、首を斬っても死なぬ怨霊を………鈴の持つカリブルヌスの剣でなければ、やつらを灰塵に帰することはできぬはず」
 伊織が「信じられぬ」と声を荒げた。確かに連也斎が尾張の麒麟児と呼ばれて柳生新陰流の正統であることは知っている。既に慶安三年(一六五〇年)に四十四歳で死去した隻眼の剣豪柳生十兵衛よりも天稟に恵まれているのではないかとの噂もある。しかし、今実際に剣を交えてみて確かに負けはしたが、紙一重だと伊織は感じた。伊織にしてみれば共に戦い、右京や泰蔵の習得している示現流の完成度も認めている。それを「戦い方がわかっておらぬ」と迂愚のごとく見下されてしまった。天下の柳生とはいえ伊織よりも年若の無礼な男に対し、冷静な伊織がもう一度剣を抜きかねない物腰を見せた。右京も膝のあたりの袴を掴んで拳を震わせている。鈴が不安な顔で伊織や右京が早まったことをしないか心配していた。
「おぬし等のことは、裏柳生の密偵がつぶさに見てきた。あれだけ戦ってきたのに、まだ気づかぬのか?」
 そんな伊織と右京を見て呆れる連也斎に、突然嘉昭が土下座した。
「教えてくだされ。是非、ご教授願いたい。如何にすればやつらを斃せるのか! このままでは徳川が滅びるだけではなく、この国そのものが滅びる。それだけは食い止めなければならぬのじゃ。何も我等が手柄を立てようなどと考えてはおらぬ。我等が下に立ち、貴殿が表に立っても構わぬ。手を携え共に討幕の野望を打ち砕こうではないか! 手を貸してくれ」
 小藩とはいえ藩主が一介の武芸者に対して形振り構わず頭を下げて頼む姿に裏柳生の一部から失笑が起きた。あるいは武芸の才が無い者を総じて軽んじている男達なのかもしれない。連也斎が笑った者を厳しく叱責した。
「すまぬ。人を見下したように喋るのは、身共の性格じゃ。気に障ったのなら許せ。小笠原嘉昭殿、面を上げられよ」
 鷹は思わず声を出さずに笑ってしまった。許せと言いながら連也斎の胸が反対に反りかえっている。それに遜っていうなら身共ではなく拙者というべきであろう。身共は、武士階級で、同輩または同輩以下に対して用いるものだ。尾張藩の兵法指南役に過ぎないはずの連也斎の性格がわかったような気がした。
「転生させられた者の背中を見たことがあるか? 後ろ首から少し下がったところだから見えずらいがの」
 連也斎の言葉に鷹等は平知盛を思い出した。背中の護符を取り外し、焼き捨てれば淀君の呪いは消えると教経が教えてくれた。鬼となり現世に甦った教経にはなかったが、淀君に転生された者達にそのようなものがついているとは知らなかった。つまり神谷忠左衛門は一度死んだということなのだろうと鷹は思いを巡らせた。自分の意志で死んだとは思えない。おそらく忠左衛門の利用を考えた豊全によって殺され、そして転生させたのだろう。次に会えば背中に向け紅蓮を放ち、護符を焼き尽くせばよい。
「護符を燃やせばよかや!」
 鷹と同じことを考えたのだろう。泰蔵が叫んだ。
「燃やす? 燃やさずともよい。我等護符を斬り裂いただけよ。偶然気がついたのだが、それで奴等を斃せた。それ以外の木偶坊のような兵どもはそのまま体を打ち砕けばよい。しかし………」
 いくら連也斎や裏柳生が武芸に秀でていようと、生前以上の技量を発揮する怨霊にはなす術がなかった。彼らの振り下ろす刀を掻い潜り、斬りつけてもすぐに再生する剛腕の武者に、さすがの連也斎も進退窮まった時である。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介