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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「なら、高野山の偉い坊さんに祈祷して貰うってのは、どうです? それなら全く大人ですぜ」
「勿論、思案の内じゃ、剣では相手にならぬ者達だからのう」
 二人の遣り取りをじっと聞いていた伊織が今まさに出かけようとする菊之介を呼びとめた。
「京の柳馬場に小倉藩京都屋敷がござる。そこを繋ぎの場所とせぬか。泰蔵殿、西国の隠密を一旦そこに集めようではないか。我等が一番土御門豊全と戦ってきたが、我等の知らぬこともわかるやも知れぬ」
 伊織の考えに泰蔵も異存がなかった。
「そいなら遠慮のう使わせてもらいもんそ。菊之介は菊之介でそんことを江戸まで触れて参れ」
「我等もお鈴の立ち木打ちが終わり次第出かけるとしよう。それまでに小天狗を起こさねばならぬ」
「寝顔はただのガキじゃがのう」
 網に絡まって眠っている鷹を振り向いた泰蔵が苦笑する。
「まこと。鍛え直してやらずばなるまいのう。鈴の爪の垢でも煎じるとするか」
「そン通りじゃっど。伊織どん、能登守教経に放った紅蓮を見申したか?」
 泰蔵が顔を曇らせた。教経の体へ直接当てず足下の甲板を狙ったことに対する腹立たしさ、不甲斐なさで声が刺々しい。
「あやつ、今までに自分の意志で相手を傷つけたことがないのでござろう。我等の危険を回避するために紅蓮を放つ時は気づかぬようだが、生来の臆病者かもしれぬ」
 幾分鷹に不甲斐なさを覚える伊織が泰蔵に同意した。
 そして編み笠を深く被った菊之介が艶めかしい笑みを口の端に浮かべたまま江戸へ向かった。
 泰蔵は昨夜の朱雀を思い出していた。朱雀の熱風を体験したことから言えば、小倉城を破壊したあの火焔に勝るとも劣らぬと感じられた。そして寝る前に鷹に確かめてみたのだ。淀の怨霊が地獄焔を撃つのと同時に朱雀をかければどっちが勝つかと…………。
 鷹の答えは早かった。
「地獄焔は、朱雀を二つ合わせたぐらいの力があるよ」
「しかし、四郎殿の防護壁の中にいて感じた熱さは小倉城の時と遜色はなかったぞ」
 鷹の答えを聞いて嘉昭が食い下がった。
「あれは、きっと恐怖をじわじわと植えつけるために力を抑えたんだよ。おいら達が逃げる時、守ってくれた島原の聖霊を三千体吹き飛ばしたろ? 同じように朱雀をかけたら、何人だと思う? たぶん八百から千二百体だな。ひとつ違えば、それぐらいの差があるんだ」
 話を聞いていた鈴が「使えない天狗!」と憎まれ口を吐き、背を向けて寝てしまった。

 一行は播磨の国明石藩に入った。明石城はかつて小笠原忠真が小倉へ転封されるまでいた城で、西国大名への押さえとしての拠点となっていた。明石城を見上げ、嘉昭は忠真を思いながら感慨に耽っている。
「今夜はここで逗留いたすか。京まではもうすぐじゃ」
 伊織が平静を装い、すっと嘉昭の前に出る。左手の指は鯉口に掛かっていた。微かな殺気の輪が狭まって来る。右京と泰蔵だけでなく、鈴も胸の前の紐を左手で引き下げ、いつでも抜刀できる態勢を取った。能天気に明石名物の鯛飯の話をしているのは嘉昭と鷹だけであった。
「卒爾ながら豊前茂林藩藩主小笠原嘉昭殿に豊前小倉藩筆頭家老宮本伊織殿と存じ上げる。またそちらの御仁は公儀隠密甲賀信楽衆小頭錦山泰蔵殿に市来右京殿でござるな。暫時、我等と御同行願いたい」
 嘉昭が驚いて後ろに引いた。すぐに伊織が庇い、右京と泰蔵が後方を守った。六人の侍に囲まれたが、離れた場所にも様子を窺う同じ匂いのする大勢の眼が取り巻いていた。
「怪しいものではござらぬ。我等柳生列堂義仙様配下の者。お手前方の戦いぶりを詳しくお聞かせ願いたく、罷り越しました」
 顔に似ず慇懃な応対であった。
「裏柳生でごわすか」
「今は火急の時、是非ご足労戴きたい」
 拒むことを許さない抑揚のない低い声に胸騒ぎを感じた鷹が喰ってかかろうとしたのを伊織が止めた。
 決して大目付配下の甲賀衆と裏柳生は相容れないものではないが、同じ公儀隠密として共に活動することはない。心配げに泰蔵の顔を窺う嘉昭へ「大丈夫でござろう」と右京が平生の明るい声で答えた。どちらかと言えば陽気で快活な泰蔵や心持の優しい右京と共に行動を共にしている嘉昭は公儀隠密を誤解していたが、今、目の前に現れた裏柳生は、嘉昭がかつて想像していたままの無口で陰惨な臭いのする連中である。右京は大丈夫だと言ったが、今一つ信用できぬ嘉昭であった。
 嘉昭等は、二十人近い裏柳生に囲まれて、曹洞宗人麻呂山月照寺本堂へ案内された。鷹は、素直に連行される右京の気持がわからなかった。
 本堂に入った途端、凄まじい殺気を感じ右京等は思わず嘉昭を庇うようにして身構えたが、それがたったひとりの男から発せられたものであることが分かった。
「柳生連也斎厳包様である」
 裏柳生の一人がその男に対し、片膝を床につけ座礼すると、その後ろに居並ぶ男達が一斉にその男に倣った。
 三十を少し出たほどの武芸者が、暗い本堂に安置された十一面観音像を背に畳床机に腰かけて筆の穂先ほどの小さな柿を齧っていた。ここまで来る途中、境内に植わっていた柿のようだ。鷹が先程手を伸ばしたものは渋柿だったが、不完全甘柿のようで一本の木に両方が生るらしい。鷹がしまったと男を羨ましげに見ると今にも斬りつけられそうな目で睨まれた。背面に配置された金色の仏像仏具が外の光を映え、まるでその男に後光が差しているように見える。だが、眇めで睨め付け嘉昭等を窺う不遜で横柄な態度に嘉昭は眉を顰めていた。
「厳島内侍を八人とも斃したのは、そこの娘か? その腕、拝見したい」
 柳生連也斎は、赤漆を塗った柳生新陰流独特の袋竹刀を鈴に向かって投げつけた。ここまで強引に連れてこられた態度に憤りを感じていた鈴は、それを手刀で打ち落とした。
「無礼者! 小娘の分際で連也斎様をどなたと心得る!」
 一瞬の内に殺気だった裏柳生の面々を連也斎は、左手で制した。そして、傍らに立てかけていた刀を自ら抜くと、徐に肩へ剣を置いた右上段で左前に腰を低く構えた。顔は楽しんでいるように笑っているが、凄まじい殺気を漂わせていた。その狂気じみた剣勢に誘発されて、気づくと右京と伊織も抜刀し鈴を守るように構えていた。
 連也斎がゆっくり右へ回る。
「まあまぁ、ここは穏便に話し合いでいきもんそ。同じ御公儀の仕事をする仲間じゃないかね」
 泰蔵が腰を落とし、両の手の掌をひらひらさせながら連也斎と右京等の間に入って得意の追従笑いを浮かべる。
 一閃、連也斎は泰蔵に対し本気で斬り付けた。すかさず鷹が連続の紅蓮を放ち、泰蔵を援護する。連也斎が紅蓮を弾き返す隙に、泰蔵は間一髪の高速蜻蛉返りで後ろへ逃げ刀を抜いた。紅蓮を薙ぎ払ったため連也斎の体が開いた所へ右京が裂帛の気合で斬り込んだ。その雲耀の撃ち込みを連也斎は体捌きだけで避け、下から剣を摺り上げるようにして右京の胴へ向けて刃先を上げた。素早く伊織が二天一流奥義を放ち、その斬り上げを遅らせた僅かな間に、右京は横へ飛び、連也斎から間合いを外す。しかし、奥義を決めた後、一瞬動きの止まった伊織を連也斎は見逃さない。刀を迅速に廻し流れるように上段に構えると、そのまま踏み込みながら伊織の前額に向けて斬り落とした。けたたましい金属音がして連也斎の剣が粉々に砕けた。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介