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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「とんでもない化け物だったね。もう勘弁して欲しいよ。すっかり腹が減っちまった」
 安心して饒舌になりのんびり後を追う鷹を、右京が見下ろした。
「鷹っ! 早く逃げろっ」
 右京が急迫した叫びを上げた。上で待ち受ける鈴と嘉昭の表情も引き攣った。
「どうしたんだよ?」
 鷹も皆の視線を辿るように下を見下ろすと、教経がもの凄い速さで追いかけてくる。
「え? 嘘だろっ! 飛べるのかよ」
 四郎が鷹の飛行速度を上げようと手を差し伸べたが、それよりも早く教経に捕まった。
 すぐに右京等が抜刀し、教経を取り囲む。空中戦の始まりであった。
 鷹が全身を使って足掻くが教経の左腕で絞められた首が抜けない。とにかく三十人力で知られた土佐国住人安芸太郎と次郎の兄弟を両脇に抱え込み、「死出の山の供をせよ」と壇ノ浦に飛び込んだ剛の者である。それが鬼の力を得てさらに強化されている。鷹が足掻けば足掻くほど首が絞められ、気が遠退いていった。
「教経、手を離せ! 鈴を女子と見て見逃したおぬしではないか。拙者がお相手仕る」
 右京が構えたまま少しずつ間合いを詰めていく。しかし、空中では足を踏ん張れない分構えても勝手が違った。右京を支える聖霊達の震えが伝わってくる。
「おぬし等に追いつくためにこの小童を捕まえたが、こやつに微かに義経の臭いがする。義経の縁者か。そうであれば放すわけにはいかぬ」
 上空で成り行きを見守る嘉昭が息を呑んだ。鷹の母親は静御前である。だが義経とは血の繋がりはないから縁者とは言えないであろう。
――だが、待てよ………そう言えば静御前は鎌倉で義経の子を出産したのではなかったか? そして男児であったために頼朝の命令で由比ガ浜の海に沈められたはず。まさか鷹が義経の子では! その子を大天狗が自分の子として育てたのではあるまいか………鷹の身体能力の高さは義経ゆずり?
 それは嘉昭の勝手な想像でしかなかった。あるいは、静御前と義経の関係が鷹に何らかの作用をしているのかもしれない。それを教経に嗅ぎ取られたのではないかと嘉昭は按じた。
 鷹の動きが緩慢になってきた。
「その者は義経など関係なか! 放してたもんせ、教経どん」
 泰蔵が哀願するように教経に頼んだ。右京も伊織も教経の周りを回りながら隙を窺うが、教経の薙刀に牽制されて迂闊に近寄れない。
 鷹の絶叫が天空に響いた。
 激しく抗っていた鷹の体が大きく跳ねて一気に脱力し、そして動かなくなった。
「死んだのか?」
 教経の腕にだらんとぶら下がって動かない鷹に、吃驚した右京と泰蔵が一瞬構えを解いた。
「殺したのか! 教経、許さぬ」
 伊織と泰蔵が同時に叫んだ。四郎の動揺は激しく、法力が一旦解けて嘉昭と鈴が空中に放り出された。
「たわいない小童じゃ。この程度で死ぬるとは」
 教経が捨てるように鷹から腕を解こうとした。突然、死んだようにぐったりしていた鷹がその腕を掴んだ。驚いた教経が手を外そうと躍起になったが、教経の剛力をもってしても外れない。鷹の体が薄紅色に輝き始めた。その色がやがて鮮やかな朱に変わり、鷹の背から大きな翼が出現した。四郎でさえ何が起こっているのか解らなかった。誰も鷹が生きているの死んでいるのかさえわからなかった。
「何だ? こやつの体が熱い! 燃えるように熱いっ!」
 常に余裕のある顔を崩さなかった教経が必死の表情で鷹の手を振り解こうともがいた。突如、かっと眼を開いた鷹が、教経の腕を掴んだまま遙か上空に向かい流れ星にも似た速さで飛んで行った。
 残された右京等が追いかけられないほどの速さであった。
 遙か遠くで一瞬星が光った気がした。俄かに慌てた四郎が右京等を取り込み分厚い防護壁を張った。聖霊達も一斉に姿を消した。
 強い熱風が上空から地上へ向けて吹き抜けた。四郎の防護壁に守られていても耐え難い熱さだった。
 やがて南の天空から尾の長い赤く輝く大きな鳥が飛んできて、心を落ち着けるようにゆっくり大きく羽ばたくとその姿が鷹に変わっていった。鷹が気を失ったまま空中に横たわっている。
《ガ……ルーダ》
 四郎が驚きと共に耳慣れない言葉を呟いた。
 不思議な顔を見せた嘉昭だったが、それでも鷹の安否の方が心配で空中を泳ぐようにして鷹に近づいて行った。
「ガルーダ………ガルーダ……ガルーダ……ガルダ……迦楼羅、あれが迦楼羅なのか」
 何度も口の中で繰り返す嘉昭であった。その後を皆が追っている。
 死んではいないことを確かめた右京が鷹を強く揺り動かした。
「起きよ!」
 泰蔵だけでなく鈴も声をかけた。
「起きなさいよ! 馬鹿っ、起きろってば」
 絶叫に近いほどの鈴の声が鷹に届いたらしく、ぼんやりと鷹は眼を開いた。
「迦楼羅なのか、鷹っ、今の鳥は迦楼羅なのだな!」
 嘉昭が興奮して鷹に訊いた。しかし、鷹は首を横に振った。
「………残念ながら迦楼羅じゃない。迦楼羅の前段階、朱雀だ。迦楼羅は黄金に輝くけど、朱雀は赤い鳥なんだ。それでもまさか白蓮や青蓮を飛び越えて一気に朱雀を会得できるとは思っていなかった。紅蓮であんなに時が掛かったのに。いきなりどうしてできたんだろう? 気を失う直前に親父の声が聞こえたんだけれど、まさかね…………」
 窒息する直前に、生きたいと願う強い思念が、鷹の体の中に存在していた閉じた回路をひとつ繋げたのだろうか? こっそり天狗界へ念を送って見たが、天狗総帥の父は意識のないまま床に伏したきりで、鷹には解らなかった。
「教経はどうした?」
 右京が尋ねた。
「燃えて霧になった………もう二度と戻ってこないよ」
「半人前の言うことだから当てにできないけどね。二度となんて自信もって言わない方がいいよ」
 鷹が無事だとわかると涙を隠した鈴が悪態を吐いた。
「本当さ、能登守教経の魂魄はおいらが取り込んだ。心配ないよ。おいらこれから剣も薙刀も弓矢だって使えるぜ。ひょっとしたら右京の兄ちゃんや伊織のおっちゃんより強ぇかもしれねぇよ」
「それじゃ、まず私と腕試しをしてみることね。大口はそれから叩きなさい」
 鷹が眠りたいというので、そのまま下に降りた。そこは音戸の瀬戸の付近ですぐに菊之介が無人の漁師小屋を見つけてきたので移動した。四郎は一行に平家水軍を再び海底に戻したことに対する礼を述べると、数多の聖霊達を引き連れ天高く飛翔して行った。


柳生連也斎


 翌朝、泰蔵は菊之介を先に江戸へ向け旅立させることにした。鳥追い姿の菊之介も今回の戦闘に参加して、敵の巨大さと目的が理解できたようだ。大目付に対してそれをうまく伝える自信はなさそうであったが、そんなことを言っていられないのも菊之介自身がよくわかっていた。
「それで小頭達は、どちらへ?」
 菊之介が泰蔵に尋ねた。一緒に江戸へ行くこともひとつの選択肢であるはずだ。
「京都所司代様に言上するつもりじゃ。甲賀衆にも集合をかけた。できれば播磨までに喰い止めたいと考えておる。方策はないがな」
「小天狗さんの朱雀に、鈴之助さんの聖剣では?」
 鈴と右京が始めた朝の日課である立ち木打ちを横目で見た菊之介が半分本気の混じった冗談を言った。
「子供に任せるわけには、いけんじゃろ」
 大声で笑う泰蔵であったが、目は決して笑っていなかった。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介