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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「能登殿の自ら持つ力が五百年の時を経て鬼となったに相違ない」
 伊織がかつての自分の師である宮本武蔵を思い起こしていた。伊織は聖霊と別れ、船上の二人を鋭く見据えたまま五十間の上空から甲板に飛び下りた。止める暇のなかった周りは慌て、すぐに伊織の後に続いた。
 伊織は刀に手をかけた右京等を制して、胸を掻き毟り悶え苦しむ知盛の前に立った。髪には海藻が絡み付き、腐食した二枚の重い鎧を着ている。深く海底に沈むための知盛最期の出で立ちであった。
 伊織は、足下の知盛に向かって穏やかな声をかけた。
「平知盛殿とお見受けいたす。見るべき程の事をば見つと潔く碇を抱き、入水されたのではなかったか。その死に様に、拙者、武士の鑑と感服しておった。それなのに何故、五百年の時を越え甦ってきたのか!」
 知盛が顔を上げた。海水の浸み込んだ鎧の重みに身を圧し潰されそうになるのを耐える知盛が獣のような呻き声を上げた。何かを訴えようとするが言葉にならない悲愴な声であった。そのまま知盛は伊織に向かって這おうと足掻く。
 教経の太く荒々しい声が降ってきた。
「この見覚えのある文字の癖、懐かしきかぎり。勘違いと奢り高ぶった香りが海上一面に立ち込めておるわ」
 屋根の上に立つ教経が海上を漂う巻物を薙刀で手繰り寄せ、引き破ると船を揺るがす大音声で怒鳴った。
「我等が厳島神社に納めた経を張り巡らせたは、おぬしらかっ!」
 その迫力に鷹も鈴も思わず腰が引けて後退りしたが、船の縁に立っていた菊之介は海に落ちてしまった。すぐに鷹が空中から手を伸ばして引き揚げる。
「何者か知らぬが、只者ではないと見た。武士の情けよ。新中納言知盛卿を救うてはくれぬか。思いに反し、妲己に化けた千年狐狸精の如き女人に怪しげな術をかけられもうした。八咫鏡に秘められた霊力に救いを求め、抗ごうておる姿をこれ以上見るに忍びなし。新中納言殿の背中に護符が貼りつけられておる。それを外し燃やせば我が従兄殿は成仏されよう。鬼人の悪しき心を持つ吾が新中納言殿の尊き御影に手を触れることは憚れる」
 伊織と右京が教経の言葉に無言で頷いた。
 いきなり船を揺らすほどの大きな呻き声を上げて知盛が立ち上がった。鷹等を前にして護符に抗しきれなくなったのだろう。鏡を投げ捨て、伊織を敵と認識して両手を大きく広げ、飛び掛かってきた。その勢いは思わず右京が横へ跳び退くほどであった。しかし、伊織は落ちていた櫂を手に取ると、向かい来る知盛に交差するように跳び越え、体を捻るや紫電一閃、護符に向かって櫂を撃ち下ろした。知盛の動きが止まって、護符が空中を漂った。
「鷹っ! 紅蓮じゃ」
 伊織の声に鷹がすかさず護符に向けて紅蓮を撃ち放った。今度は護符が耳を劈く悲鳴を上げて燃え尽き灰になった。
 倒れた知盛を抱き起した伊織は、懐から清盛の書いた願文を取り出し、知盛の肩に掛けた。
 微かに目を開いた知盛の口が動いた。声は出なかったが伊織に向けた謝辞であることは確かであった。鈴が拾った鏡を知盛に差し出した。だが、知盛は受け取らず鈴に持っていよと押し返し、そして穏やかな笑みを浮かべて静かに目を閉じた。
「心安らかにお眠りあれ」
 伊織の言葉が終らぬ内に知盛の体は光り輝き、やがて光の粒となって昇天して行った。その光の粒はまるで知盛の涙のようにも思えた。淀君の怨霊に翻弄され抗い苦しんだ魂に、思わず泰蔵等も合掌した。
「儂からも礼を申す。新中納言殿の清く尊い心を穢してはならぬ」
 屋根の上から教経が軽く頭を下げた。
「願わくば、能登守殿も早々に成仏していただきたいものじゃが」
 伊織が教経を見上げた。その教経が不敵に笑った。
「いいかげん海の底は飽きたものでな。つい面白そうな千年狐狸精の話に乗ってしまった。そうか、五百年も過ぎておったか。しかし、口惜しや。折角我が身も鬼になれたと申すに、もはや宿敵源九郎義経はこの世におらぬらしい。そうじゃ、その八咫鏡はおぬし等に進ぜよう。礼である。それを持って死出の旅に出るとよかろう」
 言うが早いか腰の愛刀備前友成を引き抜くと、教経は近くに立つ右京目がけて甲板に飛び下りた。
 右京の刀と袈裟がけした教経の太刀が激しくぶつかり合い、火花が散った。鍔迫り合いで右京が圧倒される。すぐに伊織や泰蔵、そして菊之介と鈴が抜刀し、二人を取り囲む。伊織が手にした清盛の願文を教経に投げつけた。
「もはや儂にはそんな経典など効かぬわ」
 その長く伸びきった経典のつくる死角から菊之介が八方手裏剣を連続で投げる。右京を突き倒した教経がすぐさま太刀をはらってその手裏剣を弾き返す。伊織が二刀を振り上げ二天一流の奥義を放つと、そのかまいたちに似た白銀に輝く風を、教経は太刀鳴りを轟かせて、上段から斬り飛ばした。教経の刃風を受けた甲板の板が砕け散り、船が揺れる。その瞬間、体の均衡を失って足元の定まらなかった泰蔵に向かい、大股で飛び込んだ教経が下段から斬り上げた。あわやの所で飛び込んだ鈴の聖剣が、教経の備前友成を砕いた。即座に鈴が男装した娘であることを看破した教経は、傍らにあった薙刀を手に取ると柄で鈴の胴を抜いた。鈴が気を失ったのかふらふらと教経の方へ倒れ込んできた。
「女子供を斬る太刀は持たぬ」
 そう叫んだ教経は、鈴を海に蹴り落とし莞爾として笑った。鷹は気絶した鈴が海に落ちる寸前に拾い上げ、上空の四郎に預けると急降下しながら教経に向かって紅蓮を撃ち続けた。
 教経は薙刀を自在に操って舞うように火焔を避ける。落ちた火焔が御座船の上を走って船を燃え上がらせた。伊織を追い詰める教経の隙をついて右京が雲耀の剣を撃ち落とした。しかし、教経は前髪一本の間合いで躱し、神速の速さで横薙ぎに薙刀を払った。受けが間に合わぬほどの勢いに右京が死を覚悟した刹那、薙刀の刃が右京の腰にかかって止まった。二刀を十文字に交差させて飛び込んだ伊織が教経の力を渾身の力で押し返そうとしていた。
 すぐに伊織の力を逆らわず流した教経は回転すると同時に薙刀の柄で二人を弾き飛ばす。二人とも船の舳先まで飛ばされ体を強く打ってすぐには立ち上がれなかった。珍しく右京も伊織も肩で大きく息をしている。
「人ではない………」
 右京の口から思わず弱音と思えるような台詞が毀れた。
「鬼じゃと言うて……いたではないか」
 伊織が右京の肩を叩くと船の縁で体を支え立ち上がった。遅れて右京も立ち上がるが、剣を蜻蛉に構えられないほど腕に力が入らない。自ら気合を入れ、下段に構えて教経を睨んだ。
 教経は思いがけぬ好敵手と出会ったことでこの上ない喜びに顔を綻ばせている。
 まるで虎が獲物を追い詰めるような目で教経は、泰蔵や菊之介を牽制威嚇しながら右京と伊織が剣を構えている舳先へ、燃え盛る炎を踏みしめてゆっくりと歩を進めた。
「みんな、海に飛び込んでっ!」
 鷹が教経の足下に向かって特大の紅蓮を発射した。大きな爆発が起こり、船が火に包まれた。
 一斉に海に飛び込んだ右京等は海に落ちる寸前に聖霊から守られて天空へ逃れて行った。
 後を追うように鷹も芭蕉扇を一振りして天空へ昇る。
 菊之介が使わず残した火薬入りの焙烙玉に火が回ったらしい。もう一度大きな爆発があり教経を乗せた船が沈み始めた。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介