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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 聖杯に祈りを込めた天草四郎は、その聖杯の輝く水を鈴の持つ出羽守にかけると、刃が光り輝き始めたという。追いかけてくる嘉昭を足手纏いで邪魔だと追い返し、大急ぎで駆け付けた。
「異国の聖剣の魂を移したって、教えてくれた。鋼を砕くカリブ……ルヌスっていう剣なんだって」
 鈴が肩で大きく息をしていた。深呼吸を繰り返さなければ、話をするのが辛そうなほど疲労が激しかった。
「よかよか、お鈴どんは、おいどん等の命の恩人じゃ。さ、戻りもんそ」
 そう言って泰蔵は精根使い果たした鈴を背に負うと、半分いじけかけた嘉昭の元へ帰って行った。

 三十三巻の平家納経を持って、一行は休む間もなく宮島を後にした。夜空を飛行しながら鈴の活躍を聞く嘉昭は目を丸くしていた。
「いよいよじゃが、四郎殿、次は如何する?」
 飛行しながら伊織は平家納経の一本を手に取った。軸に水晶が使われており両端には精密な細工を施した金銀銅の透かし彫り金具がついている。料紙には雁皮紙が使用されておりそれらすべてが五百年の歳月でさらに味わい深い趣を出していた。
《宮本様が今、偶然取り出したものが清盛公ご自身で書かれた願文です。それは最後に使います。このたびは知盛と共に能登守教経の二人が淀君によって覚醒されておりますので、この二人を海へ帰せば、後は従うはず。二人は同じ船に乗っておりますのでその船を残りの巻物で囲み、結界を張ります。それで二人の霊力は弱まりますから……》
 四郎の声が弱くなった。四郎の言い淀む先に皆、戦いを想起した。知盛の勇猛さも語り継がれているが、能登守教経といえば、退勢著しい平家の中にあって孤軍奮闘し、壇ノ浦までは連戦連勝、最期は義経を八艘飛びで追い詰めた豪勇の将である。その二人が神谷忠左衛門や八人の厳島内侍のような霊力を備えたならば、歯が立たないことは容易に想像できる。
「霊力が弱まるとは、やはり戦わねばならぬのでござるな?」
 右京が確かめるように問い質した。
《彼等がもう一度負けを認めた時、清盛公の願文が二人の魂を解き放ちます。皆様方には無理なお願いばかりです》
 重苦しくなった空気を鷹が笑い飛ばした。
「五百年前の人間より今の人間の方が強いに決まっているじゃないか。戦い方も剣術もずっと進歩したんだろ? それとも義経や弁慶を甦らせてもらうかい」
「まっこと鷹どんの言うとおりじゃ。相手は怨霊には違いなかがこの度は首を切られてもそいがふらふら空中を飛び回って元に戻ることはないんじゃな」
 泰蔵が今までの戦いは懲りたと笑った。
「でも一度死んだ人でしょ? また刀で切られたら死ぬのかしら」
 鈴が首を捻った。
《平家納経の結界の中では、普通の人間に戻りはずです。おそらく斬られればもう一度死にますよ》
「そうなんだ」
 鈴が気合を入れているつもりなのか自分の頬を両手で何度も叩いた。
「おっ? お鈴どんはすっかり元気になったようでござっとな。さっきまでおいどんの背中で鼻ちょうちん膨らませてぐーぐー鼾をかいちょったと思ったんじゃが」
 頬を膨らませ顔を真っ赤にした鈴が笑いながら隣を飛ぶ泰蔵の背中を思いっきり撲った。
 鈴の若さと四郎の放つ慈愛に満ちた光が、厳島神社で体験した激しい戦いの疲れを既に癒していた。戦闘に加わらなかった嘉昭を除けば、多かれ少なかれ体力は回復しているといってよい。ただ女郎蜘蛛の菊之介だけは、まだ頭が混乱したままである。
《錦山泰蔵様、私自身が手を汚さず皆様方ばかりにご迷惑をかけております。あなた方のお力を信じておりますれば、私共もゼウスの神に精一杯祈り、あなた方をご支援したいと思っています》
「餅は餅屋じゃっど、自分のできるこつをすればよか。それよっか、お鈴どんのように儂等の刀にも異国の神様の力を注入してくれんかね」
《……すみませぬ。カリブルヌスの魂は一つしかなく、またお鈴殿以外の者がその剣を握っても力が発揮できません。カリブルヌスの魂がお鈴殿と一体になったのです》
 四郎の話に泰蔵だけでなく伊織と右京にも顔に軽い失望が浮かんだ。その隣で鈴が誇らしげにしている。鷹が鈴の頭を「調子に乗るな」と小突いた。
「そいじゃ平家の猛者と決戦じゃ」
 気合を入れ直した泰蔵の言葉に鈴が黙って袖を捲くった。やる気十分である。それを見た右京が優しく諭した。
「今回は師匠の戦いぶりを見て研鑽に励むとよい。お鈴に見て欲しい技がある。示現流の奥義じゃ。よいな」
「まっこと大人しゅうして、研鑽に励むんじゃっど」
 泰蔵の真似をした鷹が、鈴から思いっきり腰を蹴られて海面すれすれまで落とされた。
 やがて、島原の聖霊達と戦っている平家の水軍が視界に入ってきた。勇壮絢爛に復活した水軍は徐々に、祈る以外反撃する術を持たない聖霊達を江田島の方へ向けて追い詰めている。
《鷹さん、浄化を始めます。平家納経を海上に広げてください》
 四郎の声を合図に芭蕉扇を一振りした鷹がまず飛び出した。
 鷹以外はそれぞれ数人の聖霊が翼と化し、天使の羽のように合力すると海上の飛行を助けた。鷹等は夥しい矢を避けながら空中を駆け巡り三十二本の納経を紐解いていく。最大限に広げ潮風に棚引かせると、広げられた納経はまるで意思をもったかのように空中を漂い下り、迷い出た平家の怨念を徐々に浄化してゆっくりと海面に浮かんだ。中国南宋にも渡ることの出来る大型の唐船が再び海藻や富士壺に覆われ朽ちていく。三十本使ったところで五百艘近い船が兵ごと波間に呑まれるように消えて行った。納経が放つ浄化の淡い光と、上空から成り行きを見守り祈る一万五千の聖霊が放射する淡いガラサの光が、真夜中だというのに夜明け前ほどの明るさで海上を照らしている。
 最後まで抵抗を見せる御座船の内侍所から五尺近い大男が血の涙を流し、苦しみながら這い出してきた。右手に固く携えているのは鏡のようである。直径二尺ほどの円鏡であるが、古い時代のものであるはずなのに男の着ている朽ちた大鎧とは大違いに美しく、海上を漂う平家納経の放つ淡い光を眩しいほど照り映えている不思議な鏡であった。
「八咫鏡………やはり義経が取り戻せなかったのは神剣だけではなかったようじゃな。神鏡は安徳天皇とともに沈んでいたに違いない」
 嘉昭がまさかという顔で伊織を振り返った。
 伊織の考えは仮説の域をでなかったが、あの摩訶不思議な輝き方を見て、今ある三種の神器が古来より連綿と続いてきたものと同じであるはずもないと、嘉昭は思わずにいられなかった。
 そして、茅葺の屋根の上には弓を構えて伊織と嘉昭の遣り取りを鋭い眼光で睨む若武者がいた。
 瀕死の状態で苦しむ武者と、対照的に鮮やかな赤地錦の直垂に唐綾威の鎧で仁王のような形相で立つ若武者。平知盛と平教経の二人に間違いなかった。
「知盛公らしく思ゆっが、ひどく辛そうじゃ。それに引き換えもう一人の武者は何ごとじゃ。平家納経の結界も効かんごとある」
 泰蔵が若武者の技量の高さを見切り、困却した悲鳴を上げた。教経の計り知れない技量の高さが体中から放散され青白い炎を放っている。傀儡の術をかけられて能力以上の力を発揮する神谷忠左衛門どころではなかった。理由はわからないが、誰にも操られず自分の意志で立っているに違いなかった。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介