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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 胸を撫で下ろした嘉昭が救いを求めるような目で鷹を見た。
「そうじゃ、鷹殿。前にそれがしを城内の座敷牢から連れ出してくれた時、数多の見張りを術で眠らせたではないか! あの技が使えぬか?」
 菊之介が鷹を訝しい目で睨んだ。おそらく催眠術のようなものを菊之介は想像したようだが、三百近い人数に対して瞬時に施術することなど考えられないという顔を泰蔵に向けた。だが、仲間の右京が真面目に考えていることに驚きは隠せなかった。
「それは良い考えじゃ。だが、厳島神社の結界は、術の妨げにならぬか?」
 今は誰もが知っている鷹の弱点である。右京の抱いた懸念に嘉昭も頭を抱えたが、鷹は涼しい顔をして状況の読めない菊之介の肩を軽く叩いた。
「大丈夫みたいだよ。悪霊が結界を程よく打ち消してくれている。それにあいつらまだ目覚めたばかりで、体の機能が本調子じゃないから一度寝たら朝まで起きないよ」
「そいは、半人前の天狗殿の話半分として聞いても不幸中の幸いでござったな」
 右京が嘉昭に笑い返した。右京の悠々とした涼しい顔は、気負いすぎた嘉昭の心を平静に戻してくれた。
「そいじゃったら、殿様とお鈴どんはここで待っちょりなされ。すぐに戻って来もんそ」
 泰蔵の言葉に鈴が反抗したが、右京から嘉昭をしっかりと警護せよと諭されて渋々承知した。
「半人前な術をかけるんじゃないわよ!」
 平家納経の在り処も鷹だけが感じることのできる巻物の出す霊香を頼りに探すという。英彦山越え以来、久し振りに前面に出て働く鷹が天狗になりかけていたのを見兼ねて取り残された鈴が悪口を投げかける。
「……行くよ!」
 鈴に睨まれたわけではないが、鷹は低い声で気合を入れ直すと、印契しながら社殿に向かって走り始めた。
 どこからともなく発生した大量の霧が社殿を覆うようにしてしばらく滞留した。やがてその霧の過ぎ去った後には、源平時代の戦装束で身を固めた兵士達が深い眠りに落ち、折り重なって倒れていた。
 鷹を先頭に右京、伊織、菊之介、そして最後尾に泰蔵が続き、回廊を走った。平家納経の発する霊香が頼りだった。それを鷹が感知しながら強くなる方へ皆を誘導した。
「ここだ! この中だよ」
 鷹が黒い鉄の扉を指差した。
「中には誰もいないみたいだね」
 壁に耳を当てて中の様子を窺った鷹同様、右京も扉の向こうに気配を感じなかった。まず菊之介が針金を取り出し、鍵を開けた。それでも用心深く奥の院の扉に手を掛けた途端、勢いよく内側から開け放たれ、反りのない太刀と薙刀が一斉に突き出された。右京が菊之介の襟を掴んで強く引き、間一髪で救った。すぐさま八人の巫女が飛び出してきた。厳島内侍である。
「これだけの人数の気配を感じぬとは! まっこと半人前じゃな」
「錠前を外す前はいなかったんだよ!」
 巫女の精妙で素早い太刀捌きを必死で防ぎながら泰蔵が後退した。八人の巫女は並の使い手ではなかった。本来、厳島内侍は、神事以外、厳島神社に参籠する貴人を慰めるため、今様の朗詠や舞楽などを行う。社家供僧内侍並諸役人神人之名の条には、一?から八?までの内侍の名が挙げられており、これを八乙女と称した。今、目の前で武器を操る巫女がその八乙女かどうかはわからないが、薙刀にしても剣にしてもまるで舞楽のように華麗で、鋭い刃風を巻き起こしている。
「小頭、ただの巫女ではございませぬぞ」
 菊之介が逆手に持った忍者刀を弾き飛ばされ、後ろに大きく跳躍して巫女の繰り出す太刀風から間合いを切ると、素早く苦無を取り出し身構えた。
「先刻承知じゃ、目の色が八岐大蛇ンごと赤かろうもん。人間じゃなかよ」
 泰蔵に言われるまでもなく右京も伊織も小倉城天守閣での神谷忠左衛門との戦いを厭でも思い出していた。伊織がやっとのことで巫女の太刀を掻い潜り、首を刎ねても薄い氷のような微笑を浮かべたその首は、空中を漂いながら元の体に結合されていく。鷹の紅蓮も悉く打ち消され、右京の繰り出す雲耀の剣も僅かな間合いで見切られ続けた。忠左衛門は一人だったが、忠左衛門同様の高度な技量をもつ敵が一度に八人も現れたのだ。右京と伊織が協力して一人の巫女をばらばらに斬り刻んでも、残りの巫女と刃を交える間に再生されてしまう。隙を見て鷹が平家納経の束に向かい飛び込んだが、既の所で巫女に蹴り飛ばされた。神谷忠左衛門を吹き飛ばした宮本伊織が放つ二天一流奥義の剣勢も巫女舞で軽く躱されてしまった。強すぎるのだ。おそらく豊全から人間の能力以上のものを引き出されているのだろう。まるで、勝機はなかった。
「こいじゃどうにもならん。一旦引きもんそ!」
 その泰蔵の叫びを聞いたのか、三人の巫女が鷹等の頭上を跳び越え、退路を断った。八人の巫女は、まるで甚振るように囲む輪をゆっくりと狭めてくる。無言のまま能面のように変わらぬ表情が、鷹の背を凍らせた。
「どうしても我等を生かして帰さぬつもりらしい」
「おいら諦めるつもりはないぜ」
 伊織の言葉に鷹が怒鳴った。
「そげなこつ、言われんでも百も承知じゃ。おいどんらが巫女さんを引き付けるけん、そん隙に鷹どんは巻物持って逃げらんや」
「泰蔵のおっちゃん、馬鹿なこと言うなよ! おいらに平家納経を持って行かせてみんな死ぬ気だろ? そんな恰好いいことさせられないぜ」
「鷹殿、それより道はなさそうでござる。我等が体を張って食い止めるゆえ、後のことは頼んだぞ」
 右京も念を押す。巫女を牽制しながら死ぬ覚悟を決めているらしい。
「おいらだけ生き残っても、平知盛は止められないよ!」
 鷹の叫びが夜空に木霊した時だった。風が吹き抜けたかと思った瞬間に、一人の巫女が阿鼻叫喚の絶叫とともに繊塵となって消えた。塵が磯風に吹き飛ばされた後ろには、刀身から赤緑色の淡い光を放つ剣を高らかに構える鈴がいた。
 鈴は、さらに鳥影の速さで示現流燕飛を左右の巫女に繰り出した。
 傀儡にされた厳島内侍に動揺が走った。さすがに微小の塵になれば、再生はできないようだ。すでに三人の巫女が塵となって消えている。しかし、一度に集中力を爆発させ構えの乱れた鈴に向かって薙刀が振り落とされた。すかさず伊織が二刀を交差させて鈴の頭上で受け止める。一閃、気を取り直した鈴がその巫女の胴を薙刀の柄ごと抜いた。すぐさま三人の巫女が同時に鈴の前に立ちはだかり攻める機を探った。鈴の構えた刀がさらに光輝を増し鈴の力を漲らせる。しかし、気が鈴だけに集中していたためか後方から鷹の放った紅蓮が打ち消されることもなく見事に命中した。不意を突かれて焦熱に悶える巫女に対し、鈴が五月雨の斬撃で塵灰に変えた。最後の一人はすでに右京と泰蔵の剣でずたずたに切り裂かれていた。空中に漂う巫女の頭に向かって鈴は最後の力を振り絞り、龍尾の撥ねる如き渾身の剣を撃ち込んだ。
「お鈴………」
 口々に鈴の名を呼びながらみんなが周りを囲むと、鈴は力尽きたのかその場にへたり込んでしまった。
「四郎様には見えたの。右京さん達が危ないって教えてくれて…………あたしが刀を抜いて、行こうとした時…………この刀に力をくれた」
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介