小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」
小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
新規ユーザー登録
E-MAIL
PASSWORD
次回から自動でログイン

 

作品詳細に戻る

 

金色の鷲子

INDEX|22ページ/59ページ|

次のページ前のページ
 

「おそらく生き返ってはおらぬはずだ。我等が小倉城で戦った相手も既に死んでおるようであったわ。傀儡の術と申すらしい。おぬしは、見たままのことを速やかに大目付様へ御報告せよ。小倉城でのあらましはすでに書状に認め隠密便で送った。淀殿の怨霊の仕業よ…………と言うても俄かには信じられぬか」
「ありえませぬ! そのようなことは………」
 菊之介が絶句した時であった。突如、海岸から大きな火柱が上がり、一瞬昼のような明るさになった。
「宮島の方角だ」
 伊織の言葉に皆が目を凝らした。そこに大軍の船団が見えた。絶え間なく海から上がる火柱に風に靡く白い旗が浮かび上がった。
 突然、美しい赤緑色の極光が鷹に降って来た。それは優しい温もりがあった。
《鷹さん! 早く、宮島へ渡ってください。私が皆さんを運びます》
 天から声だけが聞こえる。鷹にとっては聞き覚えのある声音であった。鷹等は、合流した菊之介も含めて淡い優しい極光に引き揚げられ夜空に舞い上がった。
《平知盛が淀殿によって覚醒しました。平氏の怨念を取り込み、さらに自軍を強化しようと企んでいるのでしょう》
「四郎の兄ちゃん、どうしてそれを?」
 瀬戸内の潮風が鷹の鼻孔を刺激した。鷹等は天草四郎の法力に守られて、夜の海上を飛行して行く。
《実は、私もあの女に覚醒されたのです。我等の恨みを取り込もうとしたのでしょう。しかし、すんでの所で我等の神がお許しにならなかった》
 四郎が弁解ぎみに鷹へ謝罪した。しかし、天草四郎が淀君によって目覚めされた話は鷹等に衝撃を与えた。この世に恨みを抱いて命を落とし、まだ成仏できずに彷徨っている魂魄が後どれほどあるのだろう。それらすべてあの二人は覚醒するつもりなのだろうか。
《我等は、あの女の霊力に対し、防御壁を作るのが精一杯なのです。戦う力がありません》
「それはおいら達も同じだよ。手も足も出ない」
 鷹が自嘲気味に力なく笑った。
「今、豊全と化け物は萩のはず。平氏の亡霊と行動を共にしておらぬのか?」
 鷹の隣を飛ぶ右京が四郎に訊いた。今、淀君の怨霊と対峙しても勝算のないことは自明であった。
《長州で兵を増強しましたが、大人数に術を掛けたまま陸路を進むのに往生している様子。いくら法術に長けた豊全といえども兵の中心に護摩壇を築き、絶えず進軍星の秘符を燃やし続けておらねば何十万という死者の兵を動かせません。おそらく今頃は津和野城に向けて兵を進めておる最中のはず》
「亀井豊前守殿の城か」
 死人の軍勢を止められぬことに伊織が改めて苦悶の表情を浮かべた。初代津和野藩主亀井政矩は幕府の信任が厚かった。政矩の父は関ヶ原の折り東軍に与し最前衛で戦っている。
 しかし、いまだに津和野とは、誰もが予想していなかった土御門豊全とその行軍の遅さである。小倉城攻めの寸前まで傀儡の術を使わず、鍵になる人物を操りその者の力で九州中の兵を動かしていたのは、小倉城を包囲する迅速さを優先させたのであろう。そして用の無くなった衛藤陣太夫や神谷忠左衛門も殺されて、豊全の傀儡とさせられた。豊全に仲間など要らぬのであろう。嘉昭は背筋に冷水を浴びせられたような気がして震えた。
「豊全の企みは徳川を倒すことだと思っていたが、政権を取る気はない。ただ破壊だけを繰り返しておる。何としても食い止めねば」
 焦る嘉昭の心を静める穏やかな声が届いた。
《今は、平知盛を壇ノ浦の海の底へ帰すことに力を注ぎましょう。これ以上淀君の力をつけては誰も斃せなくなります》
「如何にすれば?」
 嘉昭の気が急いてきたのか語気が鋭くなっている。眼下に灯りが見えるのは宇品港のようだ。
《うまい具合に平清盛殿が淀君の目論見を快く思っておりません。ここは平家の総帥の力をお借りしましょう》
「して?」
 焦った嘉昭が話の先を急いだ。眼下に白い旗を翻した平家の水軍が一斉に淡い光の壁に向かって矢を放っていた。東に向かおうとする船団を数多の聖霊が一歩も譲らず祈りで押し返そうとしている。矢は光の壁に跳ね返されて次々と海に落ちている。聖霊達の力はそれが精一杯なのだろう。ただ海藻や富士壺が所構わず付着し朽ち損じていた船が徐々に勇壮な戦船として甦りつつある。急がねばならないと鷹は思った。
《清盛公が一族の繁栄を願い厳島神社に奉納した平家納経を使います。その巻物の力で海底に帰すことができるはずです。私は異教の経典に触れることができません。あなた方にお願いするしかないのです》
 宮島の上空に到着した。古代より島全体が神の島と崇められている所である。海上に浮かぶ豪壮で華麗な寝殿造の厳島神社は平家の氏神であり、清盛が積極的に推進していた日宋貿易航路の守護神でもあった。天草四郎は、知盛の仮本陣と化した神社の周辺を避け、包が浦に鷹等を降ろした。そこはかつて毛利元就が、宮島へ誘引した陶晴賢の軍を殲滅するために本隊を上陸させた場所でもあった。その戦闘は壮絶なもので、戦後元就は血で汚れた厳島神社の社殿を洗い清め、さらに島内の血が染み込んだ部分の土を削り取らせたという。
 鷹等は徒歩で厳島神社の裏手に回った。
《知盛は二万の兵を引き連れ五百艘の船で、四国の高松城を攻めに向かう途中です》
 天空からみんなの心の中に天草四郎の声が届いた。
「高松藩十二万石藩主は水戸徳川家から出た御連枝じゃっど。どっちみち四国全土を滅ぼすつもりじゃろうが、その皮切りに高松を選んだのかい」
 長年の薩摩暮らしに泰蔵の薩摩弁が消えない。西から江戸へ進軍する彼等は徹底的に破壊殲滅して行くつもりであることは全員容易に想像できた。
「厳島神社の守りは?」
 社殿を照らす篝火の灯りに大勢の人影を見た嘉昭が、高ぶる気持ちを抑えて天空の四郎に訊いた。
《………およそ三……びゃ……く》
 四郎の放つ薄光が彼の心の中で起きた激しい動揺で震えた。自分の言ったことに気づき、絶句してしまったようだ。
《申し訳ございません。このような危険な場所とは確かめず、あなた方をお連れしてしまいました。気が急いていたためにそこまで考えが及ばず、迂闊でした》
 躊躇いながら言い添える四郎の声を心で聞きながら、右京は視線を廻し社殿を見詰めたまま無口になった。みんなも右京の後ろから神社を眺めた。大鳥居が海の上に浮かんで見える。
 しばらくして右京がいつもと変わらぬ笑顔で振り返った。
「天草四郎殿も無茶を命ずるものよ。我等だけで正面突破できる敵の数ではござらんな。今は潮が満ちておる。海から社殿の下に潜り込むか。しかし、平家納経がどこにあるのかもわからぬ。やはり斬り合いは避けられぬに違いない。誰にも気づかれず探し出せる手立てがあろうか…………」
 右京の内心はわからぬが、それほど深刻な声音ではなかった。
「甲賀流忍術でも難しゅうござるようじゃな。覚悟を決め敵陣めがけ吶喊いたすか? 右京殿に泰蔵殿、それに拙者がそれぞれ百人斬り伏せれば終わる。菊之介殿にも手伝ってもらおうかの」
 四郎の動転した気持ちがみんなの心に伝わった。嘉昭も同様に震慄したが、真面目な顔をした伊織の冗談であった。本気でそう考えているわけではない。しかし、いざとなったらその覚悟はできているという態様である。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介