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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 彦島に着いた一行は伊織が懇意にしていた庄屋の家で濡れた着物を着替えた。右京も泰蔵も修験者の扮装を捨て黒の筒袖に同色の野袴、それに陣羽織という武芸者の身なりに整えた。嘉昭も伊織もそれに倣った。ただ鈴が刀を差すからと言い張って町娘に合う薄紅色の地に可憐な花柄を染めた着物を厭がり、同じ格好をせがんだ。
「おいらもそのお侍の恰好がいいな」
 鷹ひとり海に落ちなかったので着衣は濡れていない。猟師姿のままである。
「あんたはそのままでいいのよ。何百年も着替えてないんでしょ。お風呂にも入ってないんじゃないの?」
「馬鹿なこというんじゃないよ。おいら綺麗好きなんだ。三日と同じ物は着ないぜ」
「今日で何日目?」
「二日目………」
「じゃ、いいじゃない。それともその牡丹の着物を着る? 女物だけど似合ってるかもよ」
 取り澄ました鈴は、誇らしく鷹に見せびらかしながら朱鞘の出羽守を腰に差した。右京や泰蔵同様鞘止めの革紐で鍔と鞘が固定されている。さらにこの家の酔狂な主が、鈴の凛々しい形振りを見て脇差を用意してくれた。その家に伝わる備前祐定の名刀であった。それも大刀と揃いの朱鞘にしてくれた。しかし、その二本の重さに鈴は顔を顰め、大刀の出羽守は背に負うことにした。最初右肩から柄を出すように括り付けたのだが、伊織から逆であると窘められた。
「そいじゃ、抜けんよ」
 泰蔵からも言われて、鈴は意地になって抜いてみようとしたが、どんなに頑張っても抜けない。腕が伸びきっても切っ先が鞘から出ないのだ。
「背負う時は、左肩から右下に襷掛けになっようにの。刃は左に向けるもんじゃ。抜く時は胸のあたりの紐を左手で下に引き、背の鞘を少し上に上げもうす。そいから右手で柄も持ち、右下に向けて、素早く抜く。よかな?」
 泰蔵がまるで我が子に教えるように叱りながらも丁寧に鈴の背に大刀を佩かせた。
 きりりとして立つ鈴に、錫杖や木刀を失くした今は護身用として鈴が差していてもいいかと鷹は考えを改め、鈴の美剣士振りについうっとりと見惚れてしまった。紺色の紐で髪を後頭部の上の方で縛り、馬の尻尾のように垂らした横顔は、大好きだった両親を亡くしたことの悲しみに憂いが色濃く刻まれていたが、そのせいか急に大人びて見え、抱き締めてしまいたくなるほど綺麗だった。
「鷹、涎が零れておるぞ」
 密書を隠密飛脚に託した右京が戻って来た。どのように渡したのかは、伊織にも嘉昭にも一切知られないままである。密書が江戸に到着するのが五日後、果たして小倉城の二の丸の時のように壱岐守から一笑に付されてしまうのではないかという危惧もあったが、小倉藩の惨事を他の隠密によって江戸へ伝えられているはずだ。西国を監視している隠密の数は数え切れないほどいる。
「ここは、あまり長居できない。取り敢えず京か大坂に向かおう」
「まさに、取り敢えずでござるな」
 焦る嘉昭に伊織も「取り敢えず」と、遣る瀬無い溜息を被せた。不思議がる鷹に右京が教えてくれた。
「毛利は、関ヶ原では西軍の総大将であったろう。豊全に取り込まれる可能性が高い。我等にとってここは安全とは言えぬ」
 しかし、それは答えになっておらず、鷹はもどかしさを感じた。訊きたかったことはそんなことではなかった。本当に訊きたいことに対して右京も上っ面だけで答えているようにしか思えなかった。鈴が鷹を「余計なことを聞くな」という蔑んだ目で睨んでいる。
「じゃっどん、その後徳川に恭順した態度は、豊臣を裏切ったと言われても仕方んなか。淀殿の恨みで小倉城の二の舞になるかもしれん」
 泰蔵が薄笑いを浮かべた。時を稼げるため、それを半分期待している口振りであった。いつもは人命を軽んじることのない泰蔵であったが、無慈悲な隠密の顔が垣間見えた。
「どちらにしても一度離れて奴らの様子を見ることとしよう。敵を知らねば話にならぬ。何か策が思い浮かぶかもしれぬ。………今の我等には何の手の施しようもない」
 敵を知り、己を知れば百戦危うからずと孫子を引用した伊織であったが、言い淀んでいる。それが言い訳に過ぎないことをやっと鷹にも理解できた。あれほど強い伊織や右京が、鷹と同じ気持ちでいたのだ。それは信じたくないことであった。口には出さないが、多少二人に憧れている鷹が、自分と同じ感情でいることに言いようのない不安を覚えた。
 まさかあの大軍の中に僅かな人数で攻め込んでもどうなるものでもない。まして、豊全や淀君の怨霊まで辿り着けたとしても全く勝ち目はないのだ。その二人を斃さないかぎり、ただ血気に逸っても何ら解決しない。勝利するためには剣以外のものが必要だ。そしてそれが何なのかわからない。だが、大規模な殺戮と破壊がこれからも拡がって行こうが、今は逃げるしかない。豊全の占いに出た彼等を阻止する者が自分等であることを信じて、一時的にこの場所を離れるのだ。今、東に向かっても当てはないが、彼等と同じ方向に向かって、今はそうするしかない。
 伊織が庄屋に世話になった礼を述べ、さらに路銀と握り飯を提供して貰った。伊織の人徳と剛毅な庄屋のお陰で江戸まで到達できるほどの十分な路銀であった。
 二日後、広島に入った鷹等であったが、小倉から兵士を大量に載せた船団が本土へ上陸して来たという噂が山陽道を駆け巡った。
 

厳島神社の死闘


 西国街道で廿日市を過ぎ、広島城下に入ると太田川の向こうに鯉城が見えてきた。
 すっかり夜になりここで宿を探すか、それともさらに足を延ばすか嘉昭は迷った。既に相当の距離を歩いている。
「急ごう! 奴等は、外様かどうかは問題でないのかもしれぬ。このまま侵略しながら江戸へ向かうのではないか。取り敢えず我藩の京屋敷には家臣も残っておる。態勢を整えよう」
 伊織が最悪の事態を想定し、皆の意見を求めた。そこへ編み笠を被った女太夫が足音を消して泰蔵に近づいてくる。手にした三味線と杖には仕込み刀の細工があることを伊織は見逃さなかった。すっと鯉口に指を忍ばせた伊織を右京が制した。
「小頭、萩が落ちましてございます………」
 鳥追い女は男の低い声でそこまで言うと泰蔵の顔を窺う素振りを見せて口を噤んだ。明らかに逡巡が見えた。
「よい、我等も小倉城にて世にも不可思議な目に合うた。何を聞いても驚かぬ。女郎蜘蛛の菊之介が見た通りに話せ」
 泰蔵の言に菊之介と呼ばれた隠密は安心したのか、それでも幾分真偽のほどに自信がないのか細い声で続けた。菊之介は萩に潜入していた変装を特技とする隠密である。
「我が目を疑い申しましたが、死んだ長州藩士等が生き返り敵に組み込まれました。そんなことがあるのでしょうか?」
 我が目を疑ったのは鷹の方であった。男の恰好をした鈴が女で、妖艶な柳腰の鳥追い女が男である。ふっと鈴を振りかえって見た途端、心を読まれた鷹は、鈴に背中を殴られた。
「組み込まれた兵の数は?」
「およそ二万強………むくむくと起き上り、いまだに信じられませぬが」
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介