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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「お鈴どん、反対はせんよ。じゃが見っがよか。おいどんも、右京どんもほれこの通り、鞘止めをしとるじゃろ。お鈴どんも我が示現流の弟子じゃ。弟子なら示現流の教えを守らんとならん。よかな」
 右京も鈴に向かって頷いた。
「刀は抜くべからざるもん。我等はそう教わりもうした」
「じゃいつ刀を抜くの?」
 鈴が不思議そうに首を傾げた。
「そいは、おいおい教えてしんぜるで、我等を信じて毎日精進することにいたそう」
 右京が風呂敷と荒縄を借りてきて、危なくないように刀の刃を包んでやった。
「右京殿、これから如何する?」
 嘉昭がいつもの飄々とした雰囲気に戻った右京へ尋ねた。
「拙者も宮本殿も後ろ盾となるものがなくなった。後は幕府隠密である貴公等に縋る他はない」
 伊織が幕府隠密という言葉に眉を寄せた。だが、豊前小倉藩は九州の諸藩を監視する役目を帯びた藩であり幕府の敵ではない。
「とにかく一刻も早よう早馬を飛ばして大目付様に御知らせする他ないじゃろ。のう右京どん」
「おぬし等は、中根壱岐守殿の配下か」
 伊織が右京に尋ねた。今更身分を隠すこともないと右京が頷く。
 大目付中根壱岐守正盛は家光から深く寵愛され、老中・諸大名の監察を任としており、公儀隠密の総元締めであった。島原の乱の際、甲賀忍者の一隊が一揆軍の立てこもった原城内に潜入したのも中根の指令であった。
「面白いのう。甲賀者が示現流の達人とは」
「甲賀流も達者なもんでござる。忍術と示現流、二刀流じゃ。いや二刀流は宮本伊織殿でござったな」
 泰蔵が薩摩訛りを消して笑った。
「じゃが泰蔵様、下関に着き次第隠密飛脚を使いたい。今、それがしでも泰蔵様でもここから欠けるわけにはいかん」
 鷹が驚いた。てっきり右京の身分が上だと思っていた右京と泰蔵の関係が逆であったようだ。
「そうじゃな。隠密飛脚なら五日で壱岐守様に事の詳細を届けられよう」
 泰蔵が得心した。江戸から京坂まで通常の飛脚便「並便り」で三十日ほどかかった。昼間だけの運行であったためだが、急を要する場合、十日限、六日限の早便り制度もある。江戸上方を六日間で走る飛脚を定六と呼んだ。下関江戸間が五日とすれば、隠密飛脚はそれよりもずっと早いことになる。
「しかし、我等だけではどうにもならぬ。鷹殿をいれても五人だ。また、それがしは剣の腕もない。豊全そして淀殿の怨霊と戦えるものであろうか」
 嘉昭が沈痛な面持ちで船の縁に手をついた。数に入れられなかった鈴が口を尖らせて嘉昭を睨んだが、そのことは鷹以外誰も気づかなかった。
「殿様、実は、豊全がこぼしていたんだ。どうして殿様を狙うのかって聞かれてね」
 鷹が嘉昭の隣に並んだ。嘉昭が怪訝な顔を向けた。みんなの視線が鷹に集中する中で、鷹は慎重に言葉を選んだ。
「陣太夫から殿様ごとき若造を恐れることもありますまいって言われてね。その時豊全が言ったんだ。豊全の企みを阻止する者が殿様の周りに集まると………彼等にとって悪卦が出たんだって。それでしつこく命を狙われていたんだよ。豊全が衛藤陣太夫に近づいたのも殿様を葬るためだったんだ」
 言葉を失った嘉昭から鷹は視線を右京や泰蔵、そして伊織に移した。彼等が豊全の野望を阻止する者達に違いない。
「最初は何のことかわからなかったし、殿様のことそれほどだと思っていなかったから黙っていたんだけど、右京の小父さん達を見ていると、そういうことなのかもしれないって思い始めた」
「余のどこにそんな力があるのだ? 豊全の軍勢を目の当たりにして、鈴のように敵を追い散らすこともできず、ただ震えていただけの無能な男ぞ………」
 信じられないといった態で嘉昭が絶句する。
 しばらく沈黙が続いた。顎を擦りながら甲板を歩き回る泰蔵が嘉昭の前で足を止めた。
「お殿様はちっとも逃げちょらん。戦おうとしておらっしゃるよ。そんな御仁は、なかなかおりもうさんぞ。じゃっどん、話を聞けば、おいどん等がその企みを阻止する者でござろうか? まっことそうなら、嬉しか占いじゃな。確かに新しゅう加わった宮本伊織どんの腕も相当なもんじゃ」
 泰蔵が肩を揺すって哄笑して見せたが、目は笑っていない。淀君の怨霊にどう立ち向かえばよいのかわからないと泰蔵の顔に書いてある。
 突如、破顔した嘉昭が鷹の肩を強く揺すった。
「鷹殿の父上にご加勢いただけぬものか。迦楼羅焔の秘法をもってすれば、やつらと互角に戦えるのではないか? なんとなれば天狗の世界へ連れて行ってくれ」
「だから何度も言ったはずさ。まだ目を覚まさないんだ。医者も祈祷も役に立たない」
 鷹が唇を噛んで目を逸らした。鷹自身、そのことを考えないわけではなかったが、父親の容体が変わったという兆しを感じ取れない上に、人間と接触してはならぬという規律を破り、あまつさえ天狗界の総帥を窮地に追い込んだとして天狗界へ足を踏み入れることも固く禁じられている。鬼と化した宮本武蔵と戦い、鷹の危急を助けてくれたのは、父親としての愛情であるが、そんなことなど、ずっと父親の身近で世話をしていた烏天狗さえ認めてくれない。
「それでは、おぬしが迦楼羅焔を身につけることはできぬのか!」
 嘉昭は諦めなかった。
「そんなもんができたら、おいらこんな所に居なくて天狗界にいるよ」
「何とか頑張ってみよ。修業の手伝いならいくらでもするぞ」
 いつしか右京や泰蔵も嘉昭を援護するように鷹を囲んでいた。伊織と鈴もその後ろに立った。思わず鷹は怒鳴った。
「そんなこと言ったって、紅蓮を習得するのに一体何年掛かったと思っているんだよ。百二十年だよ。百二十年! 紅蓮から迦楼羅まで何段階もあるんだ。今から迦楼羅焔の修業をしていたら、この世は完全にあの小母さんと豊全に乗っ取られてしまうよ」
 執拗に食い下がっていた嘉昭が乗っ取られると叫んだ鷹の言葉に黙った。そしてそのまま暗い顔で腰から落ちるように座り込んでしまった。
「今まで何の修業をしていたのよ! ずっと線香花火で満足していればいいんだ。情けないったらありゃしない」
 眉を吊り上げた鈴が背中を向け、小さな声で吐き捨てるのが聞こえて、鷹が少し冷静に戻った。
「おいら足利尊氏に信長、秀吉、家康ってずっと頂辺が変わるのを見て来た。でも誰が上に立っても下々の暮らしまではそんなに変わらないんだ。徳川が潰されようがそんなのおいらには関係ない。どうだっていいんだ。誰が頂辺だって春が来たら田んぼに水を入れて苗を植える。夏の間に雑草から稲を守り、そして秋になったら収穫する。みんな逞しく生きて来たんだ。でも今度は違う。小倉城を襲った傀儡の兵士を見ただろ。みんな心を殺されていた。豊全が天下を治めると何かとんでもないことが起こりそうな気がして怖いんだ。最悪、生きた人間がいなくなっちまうかもしれない」
「杞憂ではないかもしれぬな」
 伊織が鷹の話を真摯に受け止めてくれたようだ。だがこの状況を打開できる策が浮かばぬことも確かであった。伊織が鷹の肩を掴むと横に並んで小倉城のあった方をじっと見詰めた。
 鷹も伊織と同じ方向に目を凝らしたが、小倉城のあった上空には暗澹とした腫れぼったい雲がじっと動かないで浮かんでいるだけであった。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介