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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 すぐに頭上で龍の鳴き叫ぶ声に似た轟音がして、それとともに天守閣の屋根が木っ端微塵に吹き飛ばされた。雷雲轟く重苦しい黒雲に覆われた空が間近に迫る。
 時を移さず大笑する忠左衛門が槍を振り回しながら空から舞い戻り、壊れた天井の梁に降り立った。勢いよく投げられた十文字槍は、唸りを上げ伊織の剣と右京の錫杖を弾き飛ばすと、真っ直ぐ忠真の胸を貫いた。即死であった。駆け寄った嘉昭は敬愛する忠真が既に絶命していることを知ると愕然と膝をついた。
「悲しむことはない。次は、嘉昭、おぬしの番だ!」
 忠真の胸に突き刺さっていた十文字槍が引き寄せられるようにして忠左衛門の手に戻る。
 すぐさま右京、泰蔵、伊織が嘉昭を庇うように構えた。ついに右京も泰蔵も封印を解いて真剣を抜いた。だが今までの忠左衛門とは見違える動きで、変幻自在に槍を操る。まるで一本の槍が三本にも五本に見えた。三対一、あるいは鷹も加えて四対一でも忠左衛門の力が圧倒している。泰蔵と鷹が振り抜かれた槍に弾かれ宙に飛ばされた。すぐに鷹が泰蔵を捕まえ、辛うじて残っている階下の庇の上に飛び下りた。最上階では伊織の小刀が弾き飛ばされ、右京と伊織の大刀が同時に忠左衛門の十文字槍で押さえ込まれた。刃と十文字槍の長い穂先が激しくぶつかり刃鉄の焼ける臭いが漂い散った。忠左衛門の人間とは思えぬ力に、額に汗を滲ませた右京も伊織の合力を受けてさえ撥ね返せないでいるのだ。泰蔵とともに這い上がってきた鷹が紅蓮を撃とうと構えたが、忠左衛門の眼から発せられた怪しい光で封じられた。手を合わせたくとも金縛りにあったように印を結べないのだ。身を捩じらせて何とか両手を合わせようともがいている横で、鈴が走った。既に死んでいる太刀持ちの握りしめていた主君の刀を引き抜くと蜻蛉に構えたまま駆けた。同時に鈴が首から下げた形見のクルスが光り、鈴の周りに防護壁を作る。
「敵っ!」
 絶叫した鈴は、忠左衛門の首へ向け鳥影の速さで刀を振り落とした。
「見事!」
 思わず伊織が唸った。
 鈴の起こした刃風がさらに忠左衛門の十文字槍を吹き飛ばす。
 伊織が称賛するほど刀の重さに逆らわない鮮やかな太刀筋であった。
 だが、安堵する猶予もなく空中に飛んだ忠左衛門の首はゆらゆらと胴体に舞い戻り再生を始めている。すかさず伊織がもう一度首を刎ね飛ばした。右京も両手両足を斬り離す。今度は再生に時間がかかりそうであったが、それでも切り裂かれた部位が空中をゆらゆらと浮遊しながらそれぞれの相手を見つけて結合を始めている。不敵な笑いを浮かべた忠左衛門の頭が始めに漂う上半身を捜しあてた。
「みんな! おいらに掴ってくれ。離すんじゃないよ」
 鷹は原城脱出以来の鳳凰烈風印を結んだ。これ以上の切羽詰まった状況はない。大技だがきっとできると強く念じて真言を唱える。
 忠左衛門の体が九分通り結合した。時間がない。最後に天草四郎から貰ったクルスを握りしめた。雷鳴とともに天から黒雲を払い除け白い竜巻が降りてきた。
「ようしっ、みんな、飛ぶよ!」
 鷹が叫ぶと同時に、再度忠左衛門の体をばらばらに吹き飛ばした竜巻は、鷹等を乗せて大空高く舞い上がった。
 淀君の怨霊が派手に地獄の火焔珠を放ちながら追いかけて来たが、鈴と鷹のクルスが共鳴するや光の球に覆われ防護された。加えて中空に天草四郎と二万近い島原の殉教者と思しき聖霊が出現し、「オラショ」を唱和し行く手を阻んだ。進路を妨害された淀君は内掛けを翻し強大な地獄焔を放って、三千人近い聖霊と陣中旗を吹き飛ばし意趣返しするも、それにより霊力を消耗したらしく雷雲棚引く天空へ消えて行った。

「キャーッ、どこに落とすのよ」
 鈴が悲鳴を上げて海に沈んだ。山育ちの鈴は泳げない。泰蔵と右京が鈴の両側から支えて浮かび上がってきた。伊織が嘉昭を支えた。
 鷹等は関門海峡を渡り切れずに下関の手前の海に落ちたようだ。まさに彦島の手前だった。
「もう少しで陸地だったじゃない。半人前!」
 鈴が海水を吐き出しながら咳込んで鷹を詰った。
「あ、ああ………待ってな、すぐに舟、探してくるよ」
 どうしても鈴から浴びせられる悪態口に鷹の心が折れてしまう。思わず集中力を失い海面に落ちそうになった。
「なるべく早く頼み申す」
 泰蔵が、芭蕉扇を操って空中を不格好に飛ぶ鷹に手を振った。しかし、舟はすぐに見つけることができた。小倉の砂津港をから逃げてきた漁船が大挙して後を追ってくる。どの船も大勢の避難民が乗っていた。
「何と、板櫃から堺町まで火の海だと申すか!」
 船団の長が乗る一際大きな船に引き揚げられた伊織は、悔しさに何度も拳を腿に打ちつけた。筆頭家老の顔を知る者から、小倉城は既に見る影もなく町は侵略者に暴行や略奪の限りを尽くされ無法地帯と化していることを深刻に訴えられたが、今の伊織にはどうすることもできない。嘉昭が右京や泰蔵の力を借りて伊織から人を遠ざけ庇ったが、さっきまで小倉藩筆頭家老だった伊織は、まだ現実を受け入れたくないようだった。
 その隣で、涙目の鈴が懸命に握った刀の指を解こうとしている。忠真の刀を握った右手がずっと外れないでいるようだ。
「おぬしは、娘であったのか。いくつじゃ?」
 伊織が少し驚いた顔で男装の鈴の傍に寄った。
「……十四」
「そうか、十四か。拙者の十四の頃よりずっと良い太刀筋であったぞ。見事であった。ほれ、貸してみよ」
 伊織が刀を握ったままの手を取ると優しく揉み解した。やがて鈴の手から刀が離れた。
「拙者も初めて戦で人を斬った時はおぬしのように力が抜けずこのように腕が固くなっておった」
 吃驚した顔で鈴が伊織を見た。伊織の強さを目の当たりにした鈴である。自分と同じ経験をしたなどと考えられなかったのだ。
「あの時は、おっ父とおっ母の敵だと思って、無我夢中だったんです。だけど………」
「見事な敵討ちであった。侍でもなかなか持てぬ心映えだぞ。父御も母御もきっと草葉の陰で喜んでおられよう」
 伊織が鈴を労ったが、あの何度斬られても再生する忠左衛門があのまま死んだとは考えられなかった。
「でもこの刀………初めて触った気がしなかったんです。とても手にしっくり馴染んだっていうか、毎日振っていた木刀より使いやすかった」
 鈴はいとおしむようにもう一度その刀を手に取り、淡く映り立つ刀身に心を寄せた。
「これは肥前国の名刀出羽守行広である。確かに太刀筋を見た限りでは、よほどおぬしと相性が良いようじゃの。これも何かの縁じゃ。元の主はこの世になく、おぬしが新しい主だ。大事にいたせ。下関に行けば存じよりの刀工に頼みおぬしに合った鞘を拵えて進ぜよう」
 二人の遣り取りをぼんやり見ていた鷹が慌てた。
「だめだ! お鈴ちゃんはそんなもの持っちゃいけないよ」
 刀を取り上げようとした鷹の手を鈴は強く払い除けて睨んだ。
「私の刀よ。触らないで! 私の身は私で守るんだから」
 鷹の動きが止まるほどの拒絶であった。鷹は救いを求めるように右京と泰蔵を見た。
 刀を抱き込み、意固地になりかけた鈴に泰蔵がしゃがみ込んで声を掛けた。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介