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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 それでもまだ嘉昭の言うことを信じられぬ忠真は、言葉に窮して落ち着きなく目を動かしている。その目は宿老の上座に泰然と座る筆頭家老に救いを求めて止まった。苦笑いの筆頭家老は顎を擦りながらゆっくりと鷹へ顔を向けた。
「小天狗、島原の乱以来じゃの。まるであの時のままではないか」
 筆頭家老は嘉昭の後ろに立つ鷹に向かって静かな口調で語りかけた。
「あん時は、おいら達を見逃してくれて、ありがと。お陰で無事逃げることができたよ。伊織の兄ちゃんはだいぶ老けたね」
「戯けたことを……何年前の話をしておる。父上は息災か?」
 宮本伊織が島原の乱の時、侍大将として参戦し鷹と接触していたことは嘉昭も聞いていたが、そんな経緯があることは知らなかった。
「あんたのお師匠さんとの戦いがもとで気力を使い果たしてまだ眠ったまんまだ。お陰でおいら天狗界から追い出されちまった」
「さようか……それは災難であったな」
 忠真をはじめ多くの宿老が伊織と鷹の遣り取りを訝しく眺めている中で、宿老の一人がおずおずと声を掛けてきた。
「宮本殿、小天狗と申したが、あの若者をご存じか?」
「ああ、こやつは、天狗界を束ねる大天狗のご子息殿じゃ。親御殿はもっと破壊力のある……そうだの、この城が跡形もなく吹き飛ぶほどの火焔を見せてくれますぞ」
 伊織がうっすらと笑みを浮かべ、立ち上がると鷹に近づいてきた。
「嘉昭殿の申されたこと、誠に信じてよいのか?」
 鷹が頷くのを見て伊織は深いため息を吐いた。既に右京も泰蔵も伊織に対し畏まって膝をついている。二人の後ろで鈴も真似をして神妙に膝をついていた。広間に居る誰もが娘と解らない颯爽とした物腰である。
 伊織が右京に気がついて声を掛けた。
「その方等は?」
「旅の修験者でござる」
 右京の恍けた応答に伊織が小さく口の端を曲げて笑った時であった。
 血相を変えた近侍が広間へ掛け込んできた。
「何者かに攻められております!」
 伝令が言い終わらない内に二の丸が衝撃を受けて激しく揺れた。立っていられないほどの揺れに驚き飛び出した者が熱風に煽られて火達磨になり、消失した。襖を開くと熱風が吹き込んでくる。このままでは皆焼け死んでしまうと、鷹は紅蓮の炎を撃ち続けて熱風を吹き返した。大砲などではなく、豊全の大火焔弾に違いなかった。
「城外、敵で埋め尽くされておりまする。殿、天守の方へお急ぎくださいませ」
 武装した藩士がなだれ込み、忠真へ避難するよう進言した。それほど差し迫った状況のようだ。忠真は慌てふためく宿老達を叱咤し、名君らしく落ち着いた確かな支持を与えて側近の小姓達と天守閣へ向かった。鷹達も嘉昭に従って天守閣へ急ぐ。途中で城下を見下ろした小倉藩の宿老の中には、城を取り囲む兵の多さに腰を抜かす者もいた。町が見えないほど敵で埋まっており、数十万人とも思えるほどの兵が潮の満ちるように小倉城へ向かってくる。
 また大きな揺れがあった。大門が破壊されたようだ。
 天空を見上げた者が驚愕に腰を抜かした。
「淀の方であるのか?」
 傍で慄く宿老に対して嘉昭は黙って頷いた。
「たとえ信じてもらえたとしても、遅かったか……」
 嘉昭は唇を噛んで雷雲の下を飛び回っている女人を睨んだ。内掛けが翻るたびに巨大な火焔が城を目掛けて降って来る。そのたびに小倉城は悲鳴を上げて損壊して行った。
 応戦する藩士が次々と蹂躙されて殺戮の海へ呑み込まれていくのが見下ろせた。まるで一つの巨大な黒い生き物が蠢くように小倉城を侵食する。南蛮造りの名城と崇敬された小倉城が礎石から崩壊し始めた。
「誰じゃ、大勢に術を掛け続けることなどはできぬと申したのは! 奴らの眼は尋常じゃなか。まさに血眼になっちょるよ、鷹どん」
 いくら撲り倒しても起き上がり、後から後から押し掛けてくる喪心した表情の敵兵に泰蔵の顔からいつもの剽軽さが消えている。
「ああ、完全に傀儡の術を掛けられている。いや、それだけじゃない。痛みの感覚まで失わせている。おっちゃん、刀を抜かないんだったら足の骨を折るぐらいのことをしなきゃ、止められないよ」
 死を恐れない敵兵の動きに鷹は身震いがしてきた。まるで人形が攻めてきているようである。そして、これだけの大人数に術を掛けるなど鷹の想定を超えていた。
「まさか、おいら達小倉城に誘い込まれてきたんじゃないか」
「そんごとある。豊全の掌中で泳がされておったとよ。悔しかぁ!」
 泰蔵が錫杖を思いっきり傀儡の兵に向けて打ち下ろした。
 機転を利かせた若い藩士が天守の階段を外したが、小倉藩士の屍を積み上げ、その山を乗り越えて敵は階上へ登ってきた。
 放心していた鷹は、右京に強く肩を叩かれ現実に戻された。周りを見渡すと忠真を守る若干の近侍と肩衣を後ろにはねた筆頭家老宮本伊織以外味方の藩士は見当たらない。嘉昭も鈴も無事なことが確認された。黒塗りの五層六階で破風がなく唐作りと呼ばれた特徴ある小倉城の天守閣もすでに安全な場所ではなくなったようだ。鷹等は最上階まで追いつめられていった。鈴も死人のような敵兵に必死で長柄の錫杖を撃ち下ろし、嘉昭を守っている。
「陣太夫…………その恰好は何じゃ? 豊全に謀られたか!」
 他の傀儡兵と同じ格好をした筆頭家老の衛藤陣太夫が、鬼の形相で嘉昭に斬りかかってきた。鈴の錫杖が陣太夫の頭を砕く。それでも襲いかかってくる陣太夫を嘉昭が蹴り倒した。陣太夫は紙屑のように軽く転がって階下へ落ちると大勢の兵に踏みつけられながら真っ赤な目で嘉昭を睨み上げている。
 茫然と立ち尽くす嘉昭を襲う敵兵をまた鈴が打ち砕いた。
 鈴が示現流の手解きを受けることを快く思っていない鷹であったが、予想外の隠れた才華を持っていたのは驚きであり今となっては幸いであった。しかし、いつまでも鈴を戦わせておくわけにはいかない。鷹は、焦った。
 突如、大音響の気合を轟かせ敵味方の区別なく突き倒し、最上階へ駆け上ってくる黒衣の武者がいた。神谷忠左衛門である。だが、今まで右京から槍を折られていた忠左衛門と様子が違っていた。白眼の部分が他の敵兵同様不気味に真っ赤に燃えている。
「薩摩者、今日こそ息の根をとめてやる。覚悟せよ」
 渾身の示現流燕飛を撃ち込んだ泰蔵が柄尻で吹き飛ばされ、間をおかず右京へ十文字槍の先端が伸びてきた。すぐさま鷹が紅蓮を撃ち込み右京を庇ったが、横薙ぎに払われた槍でいとも簡単に打ち消された。
「心まで化け物に売りもうしたかっ!」
 右京が大声で詰った。忠左衛門はそれに答えず、狂人のように笑いながら連続突きを繰り出す。その突きは右京だけでは避けきれず、泰蔵と伊織が加勢して辛うじて避けられた。
 最後に槍を受け止めた右京が鍔迫り合いで忠左衛門に圧倒されている。
 すぐさま伊織が天に向けて構えていた大刀と小刀の二刀を裂帛の気合で上段から斬り落とすと、二天一流奥義の剣勢で忠左衛門を天守の窓から外へ弾き飛ばした。鷹がほっとしたのも束の間、異変を感じた右京が鷹の頭を押さえて身を屈めた。伊織が忠真の身を庇い、泰蔵が鈴と嘉昭の上に覆い被さる。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介