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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「おそらく上が何を考えておるのか、まだ下々まで徹底しておらぬのであろう。まさか徳川を倒すために駆り出されたなどとは夢にも考えてもおらぬはず。今が豊全の野望を阻止する好機かもしれぬな。急ごう。ここまで来れば小倉城までは平坦な道じゃ」
 武者ぶるいした嘉昭が自ら先頭に立った。
 やはり今回も二人は刀を抜かずに戦っている。おそらく逃げ帰った者達により遅かれ早かれ嘉昭の居所は陣太夫側に伝わってしまうだろう。そのことがわかっていても右京等は決して刀を抜こうとはしない。鷹は心配しているが、嘉昭はそんな二人に心を許せそうな気がしていた。
「殿様、おいらわからないことがあるんだけど、聞いていいかな?」
 突然の鷹の問いに嘉昭が歩を少し緩めた。
「なんな? そん気になれば人の心の読むる鷹どんがものを尋ぬっとはめずらしかね」
 泰蔵がおどけながら鷹の顔を覗き込む。右京も泰蔵もこの一大事に関わっているとは思えないほど肩に力が入っていない。それは鷹と嘉昭にとって心強かった。
「豊全一人でも徳川なんか滅ぼせそうなのに、なぜ徒党を組もうとするんだろう? 面倒くさいどころか足手まといになっているような気がするけど。親父なら迦楼羅炎一発で終わらせちまうぜ」
 鷹の疑問に嘉昭は歩きながらもじっと考えている。
「おそらく豊臣家再興を考えているのではあるまいか。その欲がある限りすぐに無茶はすまい」
「じゃっどん嘉昭どん、集めよる人材が悪かよ。悪しき心を付け込まれるような奴ばかり集めてもなぁ〜んも役にたたんじゃろうもん。形だけ整えても無駄じゃ」
 泰蔵が笑い飛ばしたが、その笑いをすぐに消し、すぐ後ろにある竹林の一角を睨んだ。人の動く影が見える。鷹が、目で頷くと印を結んだ。
「脅かすだけじゃっど、後はおいが行くけんの」
 泰蔵が鷹の耳元で囁くと鷹が小型の紅蓮を人の気配に向けて放った。
 そこから悲鳴が聞こえたのは紅蓮に合わせて走って行った泰蔵が錫杖を撃ち下ろした後だった。ガシッと完璧に泰蔵の撃ち込みを受け止める音が届いた。初太刀を受けられた泰蔵の顔が一瞬引き攣ったが、慌てて構えを解いた。
「小父さん、危ないじゃないの!」
 紅蓮で破裂した竹で笹だらけになった鈴が怒って飛び出した。
「鈴! おまえどうして………」
 びっくりした鷹の面前につかつかと歩み寄った鈴がいきなり鷹の頬を張った。それほどの痛さではなかったが、その大きな音にいつも冷静な右京でさえ顔が引き攣った。嘉昭も口が開いたままである。
「誰よ、私をあそこに置いていくって言ったのは! 鷹、あんたね」
 嘉昭が冷静さを取り戻して鈴を宥めようと必死になった。
「いや、違うぞ。銀六の所は安全なのだ。それゆえ鈴を預かって貰おうとした。余の考えじゃ」
「勝手に決めないでよ。英彦山から離れたくなかった私を連れ出したのは、お殿様なんだからね。ちゃんと最後まで責任取ってよ。まったく、目を離せないんだから」
 鈴が背中から風呂敷包みを下ろすと手頃な平たい岩の上にそれを広げた。
「さ、お腹空いたでしょ。お菊小母さん達が握り飯を作ってくれたから食べましょ。重かったんだから、さっさと食べてよね。何、ぼ〜っと突っ立ってるの? 座って、座って」
「おお………」
 顔を見合わせた男どもは鈴の調子にはからずも従ってしまった。気が強いとは思っていたが、鈴に大人達を従わせるそんな器量が見えた。
「殿様、養女にするのは考え直した方がいいみたいだよ」
 鷹が小声で嘉昭に耳打ちすると、嘉昭も曖昧に頷き返した。
「先に頂きもうしたが、こりゃあおいしゅうござるよ。糠漬けも旨い」
 既に右京は鈴の隣に座って握り飯を頬張っている。いつもは真っ先に泰蔵が仕切るところだが、やけに意気消沈している泰蔵に気を使ったらしく、右京が無理にはしゃいでいる。全身全霊を込めた初太刀を受け止められた泰蔵の受けた衝撃が同じ示現流を扱う者として理解できたのだろう。
「悔しかあ! 渾身の燕飛を鈴どんに受け止められてしまいもうした」
「師匠の教え方がよかったのでござるな。青は藍より出て藍より青し、出藍の誉れというもの。喜びなされ、泰蔵殿」
「これからは嘉昭公の小姓として警護をお任せいたそう」
 嘉昭に続いて右京も冗談を言った。泰蔵を除いた笑い声が竹林に木霊した。

 しかし、小笠原忠真の前に座った嘉昭は笑いごとではなかった。
「山伏の扮装で罷り越し、言うに事欠き淀殿の怨霊が討幕を企んでおるとは、ここをどこと心得る、嘉昭殿! 聞けば重臣らより座敷牢に押し込められたと聞き申した。藩主としての器量が問われましょうぞ。世迷い言や愚にもつかぬ夢物語を聞くために伯父君が豊前茂林藩の藩主として貴殿を推挙されたのではありませぬぞ。歪んだ藩政をそなたなら革新できると期待して送り込まれたのじゃ!」
 横に居並ぶ宿老の一人から嘉昭は叱責罵倒され続けた。現実離れした話にこの場に居るすべての者が嘉昭の妄言としか捉えていなかった。二の丸の大広間には失笑が渦巻いている。襖に描かれた猛虎の絵まで嘲り笑っているようであった。
「しかれども……今ならまだ敵方……の、軍勢の士気が……整っておらず、ここで……先手を打って早々に叩く……ことが……肝要……かと………」
 嘉昭の口から出る言葉が最初の覇気を失ってきた。
 六十を迎えた忠真も無言のまま、沈痛な面持ちで嘉昭を見つめている。大事をいち早く伝えようと必死で来た嘉昭であったが、今この耐え難い針の筵に座らされている現実を打開する方策を思い付かなかった。冷静になってみれば、嘉昭も鷹の言うことだけを聞いたならここに座している藩庁の重臣同様の態度をとっていたであろう。しかし、天空で荒れ狂う巨大な淀君を見てしまったのである。何としても事実として理解して貰わねばならない。しかし、焦れば焦るほど嘉昭を取り囲む宿老の面々は、まるで勇壮な小倉城の石垣ように分厚い壁となって嘉昭に圧し掛かってくる。
 思いあぐねていた嘉昭の後ろが俄かに騒がしくなった。襖が開いて控えの間に居るはずの鷹等が飛び込んできたのだ。右京や泰蔵だけでなく鈴も錫杖を構えて警護の侍達を牽制している。
「控えまで大きな声が聞こえ申した。案の定、信じてもらっておらんようじゃ。鷹どん、一発お見舞いして見せては、もらえんかのう。百聞は一見に如かずじゃっど」
 泰蔵が怒鳴ると同時に鈴が素早く嘉昭のもとへ駆け寄り、戸惑う嘉昭の手を引いて後ろに下げた。大胆に広間を睨みまわした鷹は大袈裟に印を結ぶと、座敷の中央に置かれている嘉昭の座っていた座布団目がけて紅蓮を放った。凄まじい火炎で座布団が跡形もなく灰になって消えた。その下の畳も黒焦げになりぽっかり大きな穴が開いている。壁際まで届いた紅蓮の熱さに広間に席を連なる者達の呼吸が一瞬にして止まったようだ。嘉昭は、恐れ慄き言葉を失った広間の中央に進み出て再度忠真に向かい土下座した。
「土御門豊全の使う焔は、この程度ではござりませぬ。拙者も昨夜この目でしかと見ておりまする。何卒信じてくださいませ。今、小倉城を攻めようとこっちへ向かっておりまする!」
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介