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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 さらに苦虫を噛み潰した顔で嘉昭が腕を組み替え、苛立ちを抑えようと歩き回っている。
「馬鹿なことを申すな。本当にそのようなことになれば、島原の乱どころではすまぬ。また関ヶ原の再来じゃ」
 嘉昭の口振りに寝入り端を起こされた怒りの色が見え隠れする。鷹は内心、本当に豊全が恐れているのはこの男なのか疑問に思った。
「じゃっどんあの十文字槍使いは、操られておるようではなく、正気のごとく見えもうしたが? 他の家来達も同様じゃ」
 右京が重い口を開いて、鷹の言うことを暗に否定してきた。ただ、気持ちが優しいせいか泰蔵のようにあからさまな侮蔑の方法は取らない。鷹が冷やかに笑った。
「いくら豊全が術達者だとしても何千人、何万人にずっと術を掛け続けることはできないよ。藩の実権を握った者の心の弱みに付け込むんだ。お侍は上の言うことは大抵何でも聞くだろう」
「それで藩政を我がものにしようとする筆頭家老衛藤陣太夫が付け込まれたというのか」
 豊全が茂林藩に目を付けたのはそれだけではないと鷹は、嘉昭に告げそうになった。鷹が逡巡している間に、嘉昭から両肩を掴まれ強く揺すられた。
「ならば、豊全を斃せば危難は回避できるというのじゃな!」
「そうとも言えないかもしれない。相手は豊全一人じゃないんだ。豊全のやつももっと大きな力で操られているかもしれない。あいつの後ろに怖い顔した小母さんの顔も見えた。その小母さんの怨念が土御門豊全の術を強くしているに違いないんだ」
「怖い顔の小母さんやっち? 女かいな」
 さらに新たな敵の出現を思わせる発言に泰蔵があからさまに伸びをして、大欠伸を憚らなかった。
「付き合いきれん。もう寝っがよか。やっぱ殿様も一緒に連れチ行くべきじゃったのう」
「実はその小母さんから福智山の麓まで追いかけられた。まだ、目覚めたばかりで術も本調子じゃなかったから助かったけど。おいらのクルスが光り始めた途端に引き返して行ったんだ」
 鷹が言い淀んだその時、また胸の十字架が青白く光り輝いた。突然上空で大きな爆発があり火柱が走った。青白い火焔はさらに蛇のようにうねり銀六の家を襲おうと夜空を這い巡ったが、はるか上空で悉く跳ね返されている。
 何事かと、見上げた嘉昭が腰を抜かしてその場に転んだ。
「ありえぬ! このようなことは………」
 右京も泰蔵も腰の刀に手をかけたままじっと夜空を睨む。その視線の先には夜空の半分を覆うほどの巨大な女の幻影が、髪を逆立て火焔珠を飛ばしながら浮遊していた。箔で装飾された辻が花を夜空に翻らせ、四半刻ほど暴れていたが、最後に特大の火焔を浴びせ、それも弾かれると無念の表情を浮かべて香春村の方向へ飛んで行った。
 右京でさえもなす術を失って幾分顔が蒼褪めている。一斉に皆長い溜息を吐いた。
「本当であったのか……」
 震えて顎が噛み合わぬ嘉昭が、もう一度詳しく話を聞かせてくれと鷹にせがんだ。
「大丈夫じゃろうか? ここの家族が心配じゃ。迷惑を掛けとうはなか」
 泰蔵の懸念に嘉昭と右京が頷く。
「おそらく心配ないよ。ここは異国の神に守られてすぐには豊全も手が出せないと言っていた。きっと天草四郎の兄ちゃんや島原で死んだ銀六達の親が一緒になって皆のために結界を張っているんだ」
「見えたぞ、火焔が光るたびに、夜空に夥しい祈り人の影が! 切支丹の旗も見えた」
 嘉昭が興奮して口から泡を飛ばしながら鷹の肩を強く揺らした。右京と泰蔵も同じ光景を夜空に見ていたようである。今までに見せたことのない不安な顔で心做しか震えているようにも見えた。
 鷹は胸の十字架を握りしめ、四郎の残してくれた愛念の深さに心の中で感謝した。
「怖いほど綺麗な小母さんだけど、きっとあれは豊全のお祖母さんで、その祖母さんの残存遺恨がとてつもなく強すぎるのさ」
「祖母と申せば………あの妖怪は、淀殿」
 嘉昭の言葉に右京も泰蔵も顔を見合わせた。
「刀や鉄砲ではどうにもならんごつある。はて? どうしたもんじゃろうか」
「第六天魔王の血を引いているからね、あの小母さんは。手強いよ、四郎の兄ちゃんでも結界を張って侵入を防ぐことぐらいまでしかできないみたいだ。それに豊全は烏枢瑟摩明王炎なんて言っているけれど、そんな淨炎じゃない。あいつの独鈷鈴が出す火は、きっと大阪城を焼き尽くした焦熱地獄の炎」
 上空に淀君の怨霊が現れたのは、鷹にとって結果的に都合がよかった。やっと三人が鷹の話に、聞く耳を持ってくれたようだ。
「………どえらいもんと戦うこつになったもんじゃ」
 考え込んでいた泰蔵であったが、突如、何か閃いたのか庭石から飛び降りた。
「小倉城を攻撃するいうこっは、豊全が付け込む相手がおらんちゅうことかいな」
「そういうことになるのかな。九州と本州を結ぶ要のような場所だから幕府も信頼の置ける人物を配したのかもしれないね」
「義兄小笠原忠真公は、神君家康公の曾孫であり、家老のひとりは宮本伊織殿じゃ。学ぶことも多く余はずっと藩政の鏡と思っておった………」
 小笠原左近将監忠真は、徳川家光から九州諸大名監視という特命を受けていた。嘉昭が鷹の言葉を継いでいかに小倉藩が善政を布いているか言葉を尽くしている最中、その話を遮るようにして泰蔵が声を潜めた。
「今の内に小倉城へ入りもんそ。天草四郎どんの法力で守られておるなら、お鈴坊をここに置いて行った方が安心じゃろ」
「それがよい」
 誰も泰蔵の考えに異存はない。すぐに支度を終えると嘉昭は銀六宛てにお鈴を託す手紙を残して出立した。

 昼を過ぎた。六間先に待ち伏せする小隊を見つけた。合馬の竹林の陰に身を隠している右京が目で鷹へ合図を送り、鷹は阿吽の呼吸で紅蓮の印を結んだ。突然静かだった竹林の孟宗竹が小焔で一瞬の内に弾け飛んだ。そのけたたましい音が止まぬ間に、混乱した雑兵の群れの中へ、右京と泰蔵が錫杖を振り上げて撃ち込んでいく。肩の骨や腕を折られた者達が悲鳴を上げて合馬川へ転がり落ちた。すぐに十人近い陣太夫の配下は、仲間のことも打ち捨て這這の体で退散して行った。
 鷹等にとっては朝から三度目の小競り合いである。鷹の紅蓮が放たれるたびに精度と威力が上がっていった。撃てば撃つたびにそうなることはわかっていたが、鷹の怠慢のせいで術の験力が停滞していたのだ。どこかで天狗として生きることから逃げていたのかもしれない。しかし、今は違う。右京や泰蔵に鷹の紅蓮が期待されているのだ。せめて今ぐらいの威力で紅蓮が撃てたならば、鈴の両親を助けられたかもしれないと後悔の念が生まれてきた。
「あん待ち伏せどもチきたら、あんまり統率が取れちょらんごつあるのう。弱すぎじゃっど。もっと骨のある奴が出てこんかねぇ」
 腕が鈍ると愚痴を洩らしながら泰蔵は木刀代わりの錫杖を豪快に振り回した。長柄の錫杖が体に当りそうで鷹も嘉昭同様に顔を顰める。蟻の這い出る隙間のないほど警戒厳重な布陣をされていたが、確かに三度とも鷹等にとってはあまりにも楽勝すぎるほど相手は弱かった。もっとも右京と泰蔵の示現流の冴えが尋常でないと考えられないこともない。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介