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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「千丈の堤も蟻の一穴から崩壊す。この企てに立ちはだかるのが小笠原嘉昭よ。もっとも本人はそのことを未だ自覚しておらぬがな。奴は寛永九年壬申の年壬子の月、癸亥の日の生まれ。水剋火なりと、烏枢瑟摩明王を奉ずる我にとって、疑いようのない悪卦が出ておる。我らの障害になるのは明白。あやつの周りに我等を阻む者達が集まり、我等を滅するとな」
「しかし、それほどの器量の男とは思えませぬが」
 訝しんで傾げた主席家老の首を睨む豊全の細い目が奥で光った。
「御家老殿、儂はそなたの孫を養子に迎えてもよいと思っておる。そうすれば、天下は御家老殿、そなたのものも同然でござる。そのためにも邪魔立てするものは早いうちにその芽を摘み取らねばなりませぬぞ」
「まさか徳川を倒すとは、夢にも考えておりませんでしたぞ。豊全殿の信じられぬ類稀な力を見るまでは」
 乾いた笑いでその場を誤魔化そうとする家老の陣太夫は、豊全のどのような力を見たのであろう。どんな力を見て討幕が可能だと納得できたのであろう。鷹には想像がつかない。
 討幕、それに水剋火という言葉が理解できず不審に思った鷹は、主席家老衛藤陣太夫の心を読もうと、印を結んだ。最初は豊全の心に侵入しようとしたのだが、強い障壁に跳ね返された。姿は見えないが豊全の後ろにもう一つの、そして誰だとは思い出せないが確かに見覚えのある魂魄を感じる。その魂魄の発する霊力は、たった今目覚めたばかりのようだが、背筋が凍るほど強い。
 鷹の心が屋根裏から偵察するサシバの眼を通じて陣太夫の頭の中に飛び込んで行った。
 家老屋敷の縁側で孫をあやす陣太夫とその隣に座す豊全の姿が見えた。鷹は陣太夫の心を必死で読んだ。陣太夫の心に霧が掛かって見えづらいのは、誰かに操られている証左である。それでも陣太夫の心を読み終えた鷹は、愕然とした。
「豊臣秀頼の遺児………土御門豊全が秀頼の子だというのか!」
 慶長二十年(一六一五年)五月八日の大阪城落城の際、秀頼は母の淀殿や大野治長等とともに自害したといわれている。ただ誰もその現場を見た者はおらず、また遺体も発見されていない。折も折、鷹は燃え盛る大阪城の天守閣の最上層にいた。そして、そこから山里丸に逃れる秀頼親子を目撃していたのだ。父天狗より火炎術道の訓練を受けている最中であった。芭蕉扇で風を起こし、火を自在に扱う紅蓮を完成させるための基礎鍛錬である。炎上する天守閣は築城した太閤の無念が火に勢いをつけ、格好の練習場になっていたのだ。鷹にとっては本能寺以来である。あの時は調子に乗って芭蕉扇を扇ぎ過ぎ、志半ばで斃れた憤恨で成仏のできない信長の魂と遺体を灰にして木端微塵に飛ばしてしまった。
 ちょうど鍛錬に飽きた鷹が金の溶け始めた鯱鉾に腰かけ下界の騒ぎを覗き込んだ時である。家臣に囲まれ激しく抗う淀君から発せられた怨念の力によって遙か上空にいた鷹まで吹き飛ばされてしまった。頭に血の上った鷹が報復しようと芭蕉扇を振り上げたが、人間と接触することを固く戒めている父から頭を殴られ、傍観者であることを余儀なくされた。あの時、あの感情を制御できず激しく興奮した母親とともにてっきり秀頼は死んだと思っていたのだ。
 しかし、陣太夫が豊全から伝え聞いた話を辿り探れば、秀頼は再挙を謀るため自害せず息子国松とともに九州豊後国へ落ち延びたようである。大坂城の抜け穴を手引きしたのは、真田幸村の命を帯びた霧隠才蔵であった。秀頼親子は、そのまま太閤秀吉の正室高台院の兄である木下家定の三男木下延俊の居城で隠匿された。木下延俊は慶長五年(一六〇〇年)、関ヶ原の戦いの功績により徳川家康から豊後国日出藩三万石を与えられている。城は暘谷城と名付けられ、義兄であった細川忠興の支援を受け築城された。小藩にしては堅固な平山城で、船の接続も考慮され別府湾の直近に臨んでいる。
――ならば、土御門豊全は、豊臣国松。それとも別の子がいたのだろうか。もし国松であれば、六条河原で斬首されたのは贋者? 生きていれば、四十九か五十になるはず。確かに豊全もその位の歳頃だが、それにしてもあれほどの霊力を身に付けるとは、どこで修業したのだろう。
 それを探るために鷹は陣太夫の心の中をもっと深く潜った。陣太夫の心象風景にぽっかりと小さな島が見え始めた。豊全の修業話を聞いて陣太夫が思い浮かべたものらしかった。偶さか陣太夫が訪れたことのある島であったために鮮明な風景が浮かんだようだ。陣太夫は国東半島の北端、伊美が浜から船に乗り込んだ。船頭は、その沖に霞む姫島に向かって漕ぎ出す。姫島は、かつて伊邪那岐命、伊邪那美命の二神が国生みに際し、四番目に生んだ女島である。そのためか、大蛇の怒りで浮いているように揺れるという浮田、比売語曽姫が柳の楊枝を土中に逆さまに挿したため枝が垂れていないという逆柳、高潮や大時化に遭っても浸かることのない浮洲など姫島の七不思議と呼ばれる霊妙な現象が至る所に見られる神秘の島であった。
 おそらく秀頼は秀吉に改易された守護大名大友氏の水軍であった浦辺衆の残党に再挙の支援を取り付けようと島に渡ったのだろう。
――支援どころか息子がとんでもないものを会得しやがったわけだ。それにしても小笠原嘉昭が豊全の障害になるとは、どういう意味だろう。「周りに我等を阻む者達がやがて集まる」とは、何だ。阻む者とは、自分等のことだろうか。ならば、鈴の両親が殺されたことも、薩摩飛脚である右京や泰蔵と知り合ったことや鷹が嘉昭を座敷牢から連れ出したことも、豊全に反する者による計画された偶然であったのか。
 ふっと自分の考えに囚われて無防備になった瞬間、鷹は偵察に送ったサシバの悲鳴を聞いた。
「まずい!」
 門戸が開いて槍を携えた忠左衛門が飛び出すのを見た鷹は、豊全が清祀殿の上空に障壁を張る寸前、光になった。

「豊臣の遺児のよる討幕じゃっと?」
 鷹の話に泰蔵が鷹の額に手を当てて、熱のないことを確かめた。夜も更けたので眠っている銀六達を憚り、少々寒いが外へ出てもらったのだが、星明かりの中で呼び出された三人は、鷹の報告を聞きながら呆れた溜息を洩らしている。
「もう薩摩も肥後も、それに日向もあいつの術に落ちたんだと。小倉城を攻め取って九州を制圧次第、江戸へ軍勢を向けるらしい………よ」
 鷹は、目も合わせてくれない三人の表情を窺うように上目遣いで見まわした。
 拳骨のような庭石に腰を下ろしていた泰蔵が、はたと大袈裟に膝を打つ。なかなか信じてもらえず悲壮感さえ漂い始めた鷹の話に、乗るとみせた彼一流の愚弄の仕方であることが顕然としている。
「なるほど、それで話が繋がりもうした。我らが江戸へ帰るのも実は薩摩藩の一部が急な戦支度を始めたからでごわす。理由は一家老の謀反にござれば、まだ残っちょる隠密にその探索を任せ、第一陣として我等が先に出立しもうした。そうすっと、肥後を抜ける時もおかしな動きが見えもうす。まったく同じことが肥後でも起きちょりもうした。そいは全て討幕のためじゃったとな。こいは、まっことたいへんなことでござるな」
 半分は嘉昭さえまだ知らない本当のことであったが、泰蔵自身本気で、それが討幕につながると信じてはいない。含み笑いをする泰蔵を鷹は睨んだ。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介