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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「鷹さん一人に任せていた方がいいんじゃねぇのか。嘉昭様は、鷹さんを信じて待っていなさることだ」
 銀六が口を挟んだ。
「いや、ちょっと気になることがあってな。それを確かめたいのじゃ」
「教えてくれれば、そいつもおいらが調べてくるぜ」
「実はな、泰蔵殿の探索によれば、鉄砲隊の数が百人を超えていたという。確かに豊前茂林藩は武門の誉れ高き気概を備えてはおるが、所詮小藩にすぎぬ。弓槍ならともかく、それほどの鉄砲隊などおらぬはず。これは推測であるが、藩庁からの増援があったのではないかと………あるいは、あり得ぬが他藩が陣太夫と何か企んでおるやもしれん」
「筆頭家老衛藤陣太夫と通じちょる者がどっかにおるというのでごわすか?」
 嘉昭はさらに顔を歪めた。僅かに躊躇したが、「信じてはもらえぬであろうが……」と前置きして、頼りなげに口を開いた。
「それに一緒に居たという祈祷師のことが、気になるのだ。実は、土御門豊全という拝み屋が城内で話題になったことがある。衛藤陣太夫の屋敷にしばらく逗留していたというが、烈火の術を自在に操り、ちょうど陣太夫の息子の嫁が孕んだ時、祈祷で腹の中の赤子を女子から男児に変えたと評判であった」
「鷹さんや鷹さんの親父様じゃあるまいし、口の達者な手妻師じゃねぇのかい?」
 惣太が嘉昭の話に茶々を入れた。
「そうじゃ、その通り。初めは余もありえない眉唾物だと全く信じてはおらなんだが、鷹殿の起こす不思議を目の当たりにして、あながち、そうとも言っていられなくなった。杞憂であればよいのだが………」
「胎内にいる女児を男児に変化させるんだね。それが本当にできたとすると烏枢沙摩明王変化男児法だ。大威力烏枢瑟摩明王経…………火頭金剛か」
「鷹殿は知っておるのか?」
 嘉昭が目を丸くして驚いた。密教に詳しくないために大威力烏枢瑟摩明王経と聞いても今一つ理解できない泰蔵や嘉昭に、烈火で不浄を清浄と化す功徳を持つ仏だと鷹が誇らしげに解説してみせる。
「まさかそんな拝み屋がいるとは思わなかったぜ。わかった。でもやっぱり、一人の方がいい。そいつが本物かどうかも探ってくるさ。くれぐれも用心するよ」
 鷹が微笑すると、家の中に風が吹きこんでその姿を消した。外で示現流の稽古をしていた右京と鈴は、快音を響かせ東の空へ流れていく眩い光を見上げた。


新たなる敵


 空から香春村を眺めると、他よりも多くの篝火に囲まれている個所が採銅所近くにあった。そこは清祀殿と呼ばれる場所で、その起源は遙かに古く香春岳の三ノ岳から採掘した銅を神事用の銅鏡にし、皇室第二の宗廟であり八幡社の総本宮宇佐神宮へ納めるための製造所だった。かつては奈良の大仏造営の際も多くの銅を提供したこともある。衛藤陣太夫はそこを陣屋としたようだ。槍を構えた神谷忠左衛門の門弟が大勢で警護している館が本陣のようである。しかし、鷹がここまで辿り着く間に見た兵士は、百人や二百人の数ではなかった。優に千人は超えている。最近聞きなれた薩摩地方の方言だけでなく、肥前、肥後、そして日向地方の方言までも聞こえてくる。九州全土の兵が集まっているようだ。
「おかしい、全く何を考えているんだい? ほんと異常だぜ。たった五人を片づけるために、こんなに兵隊を集めなくてもいいだろう? それほどおいらの術が怖いのかねぇ」
 鷹は木の上から肩に乗せたサシバに語りかけた。サシバはオオタカより翼が細長く、全長一尺三寸ほどの鳥で、急降下して、地上のカエルやヘビを捕る。鷹は自分の心の眼と耳をその鳥に憑依させた。サシバは本陣の館の中へ向かって飛んでいった。サシバが見る景色や聞く音が椎の木の枝に腰かけた鷹へ届く。
「…………して、豊全殿、小笠原嘉昭の行方は、まだ見えもうさぬか?」
 部屋の中央に衛藤陣太夫が座っていた。膝元に置かれた膳は、既に食事が終わっているようだ。陣太夫から少し下がって神谷忠左衛門と用人とおぼしき初老の侍が列座していた。そして、陣太夫の前方に、豊全と呼ばれた祈祷師が座す。豊全は護摩を焚く手を休め、ゆっくりと陣太夫に向き直った。
「朝の内に鏡神社の近くまで来たのは見えたのじゃが、福智山に向かってからは、異国の神に障壁を作られてしもうたわ」
「異国の神! 小天狗は異国の神なのか?」
「いや、天狗の小童ではない。切支丹の神じゃよ。しかし、思いも寄らぬ所でいろいろ不可思議なものが出てくるものじゃ。それほどあやつは、引き付ける力を持っておるのか」
 椎の木の高い所に陣取った鷹にも、豊全の吐いた「引き付ける力を持った者」という言葉が届いた。それとなく嘉昭のことだと思われたが、その意味が判然としなかった。
「忠左衛門、大丈夫か? 小天狗などと侮ってはおるが、この前はそやつの放つ火炎に尾を巻いたらしいの」
 用人の侍が眉間に憂慮の皺を浮かべて、忠左衛門を睨む。
「これはしたり、予想外の術にいささか肝を抜かれ申したが、既に見切り申した。二度目はない。次は、我が宝蔵院流奥義の槍で吹き飛ばして御覧にいれる。所詮は目くらましよ」
 鼻で笑う豊全が右手に持つ独鈷鈴を忠左衛門に向かって軽く振った。
「これくらいでござったか?」
 飛んできた火炎を忠左衛門は慌てず体を捻っただけで避けてみせた。鷹が放った紅蓮よりも些か太い火炎であった。
「戯れ事が過ぎましょうぞ。豊全殿に比べるものではござらぬ」
 世辞ではない忠左衛門の物言いに豊全は、気を良くしたのか冷やかに笑った。
「屋内ゆえ遠慮させていただいたが、我が烏枢瑟摩明王炎はこんなものではないぞ。万物を焼き尽くす灼熱地獄を味わってみなさるか? なぁに苦しみはせぬ。一瞬の内に灰になるでな」
 豊全が忠左衛門等に不敵な視線を送った。主席家老と忠左衛門は泰然と姿勢を崩さなかったが、用人が大きな音を立てて唾を飲み込んだ。その光景を心の眼で見ていた鷹も用人同様体中に粟立ちを覚えた。思わず椎の木の幹にしがみついたほどである。独鈷鈴から放たれた炎は、鷹の紅蓮よりも大きく、そして術者の万分の一の力も使っていないことに鷹は戦慄した。鷹の会得した紅蓮の上に橙蓮、白蓮、青蓮へと進む発達段階があり、さらに上位の朱雀、迦楼羅へと続く。豊全の示した火焔は、天狗流に当てはめるならば白蓮級のものであり、鷹の放つ紅蓮の二段階上級にあたる。
 土御門豊全の力を推し量った。烏枢瑟摩明王炎と聞いて、大天狗の父が龍蛇神との戦いで会得した迦楼羅炎の威力と思い比べる。嘆かわしいことであるが鷹自身の放つ技は、切羽詰まった土壇場の時にしか威力を発揮できない。父親のように自然体のまま出せるわけではないのだ。しかし、全身全霊を傾注したとしても、鷹に何段階も上級の迦楼羅炎が発動できるとは思えなかった。
「小童と異国の神はそれがしに任せよ。少しは、忠左衛門殿にも手柄を残しておかねば、小倉城を攻め落とし九州を束ねた後、江戸へ進軍する折、肩身が狭かろう。示現流の二人は頼みましたぞ」
「じゃが、豊全殿、これほどまでに嘉昭ごとき若造に固執する必要があるのでござろうか? 既に薩摩、肥後、日向と豊全殿に賛同し、我らが小倉を攻め取るのを合図に討幕に立ち上がる手はず」
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介