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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「いくら仙吉とお絹の娘でも鷹さんを悪く言うのは許せねェ。あん時、あのまま城に残っていたら、おいら達もおめぇの親もみんな殺されて頭を割られて晒されていたんだ。ここで笑いながら飯なんか食っていられねぇんだ」
 酔ってはいたが銀六は、気持を抑えて穏やかに鈴を諭した。
「そうだよ。それにお絹ちゃんが殺されたのも鷹さんにはちっとも関係ないじゃないか。ここまで守って来てくれたんだろ?」
 お菊が宥めるように言ったが、鈴は乱暴に箸を置くと菊を睨んだ。その振る舞いに今まで子供の相手をしていたお里が手を止めて声を荒げた。
「お鈴ちゃん、あんた心得違いをしているよ。仙吉兄さんもお絹姉さんも、そりゃあ、いつも皆のこと考えて、優しくて穏やかな人だったよ。二人が手狭になったこの家を出て行ったのもそうだよ。たまたま寄った鷹さんに頼んで新しい土地を世話してもらったんだ。なのに何だい! ちっとも似てないね。ほんとにあんた、お絹姉さんの子供かい!」
「どうせ! あたいは、おっ母さんにもお父っつあんにも似ていません!」
 鈴は荒々しく立ち上がると木刀を手に表へ飛び出して行った。
「一度に目の前で両親が殺されたもんじゃっで、気持ちの整理がついておらんごとある。すまんこってござる。根は悪い子じゃないんじゃけんどのう」
 泰蔵が、後を追おうとした鷹を制して右京に行けと目で合図を送った。右京の言うことは鈴も素直に聞くことを今回の道行で気づいている。嘉昭も同意するように頷いた。顔を顰めた右京が、鈴と同じように木刀を掴んで立ち上がった。
「お鈴も心の中じゃ理不尽なことじゃっと知っとるんじゃが、誰かを恨んでおらんと気が折れるんじゃ。鷹どん、しばらくは我慢してくだされ。旅が終わるまでには何とかしもんそ」
 鷹が唇を噛みながらも頷くのを見て右京は鈴の後を追った。
「お鈴ちゃんのこと、ほおっておけないんだね。鷹さんも面倒見がいいって言うか、相変わらずじゃねぇ」
 お佳代が鷹の湯呑に焼酎を注いだ。それを鷹は一息で飲むと咽て咳込んだ。子供達と一緒に惣太が腹を抱えて笑い転げる。
「お佳代も町へ出るのは、いい人ができたからだって聞いたよ」
 涙目になった鷹の問いにお佳代がはにかんで俯いた。
「昔は鷹さんのお嫁さんになろうと思っていたんだけどね。いつの間にかあたいの方が姉さんになっちまった。やっぱ鷹さんの嫁さんは天狗の娘じゃなけりゃいけんのじゃねぇ」
「鷹殿の一年は、われらの何年にあたるのであろう?」
 ふと嘉昭がずっと胸に秘めていた疑問を口にした。そこに居る者達の視線が鷹に集中した。鷹は狼狽の色を隠せずに黙ってしまった。しばらくの沈黙が続いた。
「………わからないんだよ」
「わからないだって!」
 力ない鷹の返事に取り囲んだ者が大声を上げた。
「十六になる位までは普通に、一年でひとつ歳を取っていた。天狗の子としちゃあそれもおかしなことなんだけど。でも十六になった時におっ母さんが死んでから、変なんだ。まるっきり止まっちまった」
「止まったままでござるか? 静御前がいつ亡くなられたか存ぜぬが、鎌倉に源頼朝が幕府を開いた頃のことなれば、今から四百数十年前のことでござろう!」
 歴史好きの嘉昭がその永さを計算した後で、改めて他の者達もその年月に驚いた。
「天狗も歳を取る。でもとてもゆっくりなんだけどね。親父もおっ母さんが死んだ頃は二十九だったけど、やっと四十を越えたところだ。五十年で一つ歳を取るとしても、おいら二十五はとっくに越えてもいいはずなんだ。いくら考えても、わからん」
 自分は天狗でも人でもない、それは鷹を苦しめていることの一つである。父親の大天狗さえも解らず、ならば誰も答えを知る者などいない。
「きっと御袋さんも鷹殿には人として生きて欲しかと考えたんやっどなぁ」
 泰蔵が独り決めして感慨深げに頷いている。泰蔵の早合点に鷹は、はっとした。
「考えたことがなかったよ、おっちゃん。そうかもしれない。おっ母さんはおいらを人間にしたかったんだ。思い当たることはたくさんある。そうだったのか、ありがとう、おっちゃん。永い間、気になっていたことが解決できたよ」
「そ、そうでござろう。そげなことではなかかと思うちょったよ」
 鷹が感激に泰蔵の手を握ると、照れ笑いにしては豪快に泰蔵が笑った。
「けんど、これから鷹さんが歳を取るという話ではないわね」
 感激して手を取り合う二人を横に、お里が冷やかな笑いで嘉昭に酌をする。嘉昭もその通りだとお里に愛想笑いを返している。鷹が白けて自分の座布団に戻った。
「どうりでお鈴ちゃんに言われなくても半人前だ」
 捨て鉢に吐き捨てた鷹へ向かって、銀六が笑い飛ばした。
「鷹さんは、歳を取らなくていいよ。このままずっとおいら達の子供とその孫とずっとずっと、守ってやってくれよ。おいら達は、みんな鷹さんの味方なんだからよ」
「何、馬鹿なこと言ってんのさ。いつまで鷹さんに面倒見てもらうつもりだね」
 お菊が銀六の酔いを咎めるように叱った。口数の少ない静淑なお菊であったが、どうも銀六は菊に頭が上がらないのか、口を尖らせて黙った。
「私らのことは私らでしっかりやればいいのさ。鷹さんには、もっと他にやることがあるよ。いますぐじゃなくても、これから先、またどっかで島原の時のようなことがあるかもしれないじゃないか」
「厭だ! また、どっかで一揆が起こるってことかい?」
 あの時のことを思い出したのか、浅吉が不安な声を出した。そんな心に傷を負ったままの浅吉に謝りながらも菊が優しく笑う。
「ずうっと先の話だよ。先のことは誰にもわからないよ。徳川様だってまた世が変わるかもしれないし、浅吉の玄孫が将軍様になっているかもしれない」
 お里から震える背中を擦られながら蒼褪めた浅吉が、お菊の話に相槌を打つ。
「おいらの玄孫が将軍様かい? おいら、そん時まで生きちゃいねぇな。鷹さんだけだよ。頼むぜ、そん時ァよう」
 阿るような目で鷹を見上げる浅吉に何故か背中が震えた。もう、これ以上自分の話題に触れて欲しくなかった。
「ああ…………でもおいらにそんな力はないよ。期待しないで……」
 必死な浅吉におざなりな返事をすると、鷹は浅吉の思いを振り切るように立ち上がった。
「小便かいな?」
 赤みを帯びた顔でのんびりと泰蔵が聞いた。鷹が浅吉のことをゆるがせにした皮肉も込められている。泰蔵に睨まれて鷹は少したじろいだ。
「いや、ちょっと、あいつらの様子を探ってくるだけだよ。ちょうどいい頃合だと思うんだ」
「こんな夜更けに一人で、大丈夫な?」
 泰蔵が目を丸くして驚くが、それでも鷹を止めようとした。
「一人の方が身軽でよかよ、おっちゃん。飛燕でひとっ飛びだから。一刻もかからず戻ってくるよ。あいつらが明日どこで待ち伏せしているか調べてくるぜ。小倉へ行く安全な道を探さなきゃ」
「余も一緒に行くことはできぬか?」
 余と自分のことを指して言った嘉昭にその場に居る者たちが驚いてざわついた。嘉昭の身分は明かされていなかったが、やはり身から漂う育ちの良さは隠せないでいる。銀六達も只者ではないと薄々感じていた。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介