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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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「木枯らしが吹く夜、風の音が怖くて眠れないあたいにおっ母さんはよく天狗の話をしてくれた。英彦山には天狗様が住んでいて、天狗様が空を飛ぶ音だから、怖くないんだよ。天狗様は私達を守ってくれているんだからって………」
 手を合わせたまま、鈴がふっと鷹を睨んだ。
「それって、あたいのこと躾けるための作り話だと思っていたんだ。でも本当に人間じゃない妖術使いにも会った。小母さん、おっ母さんとお父っつあんのこと教えてくれませんか。私の知らないこと、教えてください」
「さっきも言ったろ。お絹ちゃんとは姉妹みたいなもんだったって。おいで、おばちゃんと中に入ろう」
 菊がまるで母親のように鈴の背を押して家の中へ入って行った。
「人間じゃないって、どういう意味だよ。おいら………人じゃないのか」
 鈴の言葉を鷹は言いようのない淋しさで呟いた。
「あん時は今のお鈴ちゃんよりみんな小さかった」
 二人を見送りながら鷹はあの最後の日を思い浮かべた。
――もう逃げよう! こんな所にいちゃ危ない!
 籠城の構成員は切支丹農民だけではなかった。旧有馬氏の家臣、および小西行長や佐々成政、あるいは加藤忠広の改易により生じた数多の浪人が加わり、扇動している部分もあり、武器は鍬や鎌だけではない。戦をするのに十分な武器弾薬もそれなりに確保していた。当初は代官を殺害したり島原藩勢を退けたりして意気が揚がっており、九州諸藩による討伐軍から原城を包囲され再三攻められても一揆軍の団結の強さでことごとく敗走させていた。しかし、事態を重く見た幕府から、知恵伊豆と呼ばれた老中松平伊豆守信綱が派遣され、一揆軍の三倍である十二万以上の討伐軍で海と陸から包囲されると状況が変わる。兵糧攻めに加え、松平信綱が潜入させた甲賀忍者群が城内の僅かに残っていた食料を捨ててしまった。そして、疲弊した一揆軍は、寛永十五年(一六三八年)二月二十八日、一斉攻撃を受けた。
「もういいだろ? 四郎の兄ちゃん、逃げよう!」
 三の丸も落ち、抵抗虚しく逃げ込んだ二の丸も危難が迫っていた。天草四郎は陣中旗に向かって祈りを捧げたまま何を考えているのか動かないでいる。陣中旗には中央に大聖杯、左右に合掌する天使が描かれていた。
――あんな絵に祈ったって、助けてくれるもんか
 鷹がそう叫びそうになった時、強い力で袖を引かれた。
「天狗様っ、おらの子を連れて逃げてくれ!」
 必死の形相でお菊の母親が、自分の娘とそれに手を繋いでいた絹を鷹の前に差し出した。火がついたように泣く絹を菊が必死に抱きしめている。途方に暮れる暇がなかった。すぐに他の親から惣吉を預けられた。そこにいた親達は鷹の天狗の力に一縷の望みを託したのかもしれない。我も我もと十人近い子が躊躇する鷹の周りを取り囲んだ。
「鷹さん、早く神の子を連れて逃げてください!」
 徐に立ち上がった天草四郎が素早く胸の前で十字を切ると、自分のクルスを外し、鷹へ投げた。
「早く!」
 四郎の泣き叫ぶような甲高い声に急き立てられて鷹はその場にいた子供等を連れて駆け出した。どこをどう走ったのか思い出せない。撃ち込まれる砲弾や燃え落ちる梁を、九字を切って弾き飛ばしながら、途中で泣き叫ぶ子を見つけては、走った。いつの間にかその数は十六人に増えていた。もっとたくさんの子供がいたのだが、戦火の中で鷹が守れる精一杯の人数だった。
 なんとか南の城壁に辿り着いた鷹は、皆の腰を荒縄できつく結わえ、目を閉じさせた。鷹はすぐに印を切るや鳳凰烈風を起こす術に挑んだ。初めて挑戦する大技であったが、四郎のくれたクルスから力を与えられたのか、俄かに起こった大竜巻に身を任せることができた。鷹と子供達は空を舞いながら有明海を渡り対岸に辿り着いた。だがそこにも幕府方の陣がある。鷹は風を起こしながら突き進んで行った。
――あん時に比べれば、今回は楽だ。右京の兄ちゃんや泰蔵のおっちゃんもいるし……殿様はちょっと頼りないけど、お鈴ちゃんを何とか養女にしてもらわなくっちゃいけないし………
 中へ戻ると、浅吉と惣太が子供達を連れて戻っていた。お里もお佳代も畑仕事から帰って来ていた。入れ違いに右京と泰蔵、それに鈴が夕方の稽古に出かけていた。嘉昭も一緒について行ったようだ。かなり離れた場所で木刀を振り回しているのだが、絶え間なく聞こえてくる示現流の掛け声に子供たちがそわそわしている。見に行きたいのを銀六が止めていた。一番年嵩の銀六が家長の役割を担っている。銀六とお菊、浅吉とお里がそれぞれ夫婦になっており、それぞれ二人の子供がいた。どちらも一男一女であった。そして、惣太とお佳代は独り身である。その内、ここから出ていくつもりだと惣太が笑った。お佳代も町で住込みの仕事が決まり、来年の春には山を降りるという。
「猪ぬきの猪鍋だが、野菜と米はたくさんあるから遠慮せず食ってくれ」
 銀六が鷹と鈴以外の者達を詮索しないので助かった。嘉昭も藩主であることを態度に表さず、気さくに接してくれている。もっとも根が明るい泰蔵がすぐにこの家の子供達と打ち解け、薩摩の話を面白おかしくして場を沸かせるので、嘉昭も余計な気苦労は必要なかったのだろう。
「まっことうまか猪鍋じゃっど。どこぃにも肉がありもうさんが」
 泰蔵がくるくると撥ねるような独特の抑揚で薩摩弁を喋るたびに子供達が大声で笑った。
「おっちゃんが喋ると体がふわふわ浮いてくるみてぇだ」
 銀六のまだ小さい男の子が泰蔵の膝に乗って跳ねた。年長のお里の娘が泰蔵の邪魔になるとその子を退かせた。
「でも、おっとう等は鷹の兄ちゃんと本当に空を飛んだことがあるって言ってたよね」
 お里の娘が遠慮がちな小さな声で浅吉に訊ねた。右京等は嘉昭から武蔵と鷹の戦いを聞いていたので驚く風はない。銀六達がその時原城から逃げてきた子供達だと薄々気づいている。
「おっとうだけじゃなくおっかあもおばさんもみぃんな飛んだことがあるんだぜ」
 浅吉の息子が立ち上がって自慢した。
「そんなこと知らない者に言うんじゃないよ」
 お里と菊が叱ったが、泰蔵の持参した焼酎に少し酔ったのか惣吉が子供達を庇った。
「おめぇらも飛びてぇか? せっかく鷹さんが来たんだ。今なら暗ぇから誰も見ちゃいねぇ」
「ほんとか!」
 子供達が鷹の周りに集まった。キラキラと輝いた目に囲まれて、鷹はたじろいた。
「駄目だよ。あん時ァ気持ちが張っていたから、あんな鳳凰烈風なんて大技ができたんだ。あれから試してみたけど、一人で飛ぶ飛燕はできるんだが………」
 それでも子供達は不満を爆発させて鷹を非難する。鷹は頭を抱えて恨めしそうに銀六を睨むが赤ら顔の銀六は笑うばかりで子供達は少しも騒ぎを止めなかった。
「飛燕だって怪しいもんよ。ドングリしか飛ばせないくせに! 半人前の天狗さんはね、何百年も生きていたって何にもできやしない。おっ母さんもお父っつあんも助けられなかったじゃない。何にもできやしないのよ!」
 険のある鈴の叫び声にその場が一瞬で静まり返った。すっかり白けた子供達は自分の場所に戻って行った。鈴を怖がって涙目の子もいる。しかし、鈴は素知らぬ顔で小皿に盛った野菜をかき込んでいる。その不貞腐れた態度を銀六が窘めた。
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介