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小石 勝介
小石 勝介
novelistID. 28815
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金色の鷲子

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 右京の鷹を見る目が優しく笑っていた。
「この山の中、鷹どんだけが頼りじゃ。待ち人の裏をかく道、教えてたもんせ」
 嘉昭の安堵の息と共に、一行は今来た道を引き返し始めた。
 鷹等は、途中から金辺川に沿って西へ進み、糒を超え、福智山の中腹に差し掛かった。北九州北端の皿倉山から南端の香春岳へ続く山岳のほぼ中間にある福智山は一番高く、見晴らしも良い。見事なほどのススキの原が拡がっている。振り返れば英彦山が見えた。頂上に登れば小倉の町も玄界灘も見えるはずである。
「鷹どん、こりゃススキを枕に野宿かいの?」
 道のないところを、分け入っていく鷹に泰蔵が心もとない声で聞いてくる。
「心配せんでんよか」
 鷹が泰蔵の口真似で答えた。確かに鷹の進路には目的が見える。やがて切り開かれた畑と造作が雑だが大きな農家が見えてきた。ちゃんと茅葺の母屋と別棟に納屋もある。庭で刈り取った稲を天日に干している若い男女が見えた。その二人が鷹に気づいて懐かしそうに手を振った。
「今日はお客さんが多いね」
 人懐っこい笑顔で女が鷹に声をかけてきた。殺された鈴の母親より少し年上のようだ。鈴はその女の首にかかった紐を見逃さなかった。おそらくその先にクルスがぶら下がっているに違いないと思った。
「銀六、お菊、久し振り。浅吉と惣太は?」
「子供達と山へ猪狩りに行った。うまく仕留められればいいんだが」
 無愛想な銀六が鷹等と目を合わせずに答えた。やはり首から下げた十字架が見えた。
「あ、そうだ。仙吉とお絹ちゃんの娘でお鈴ちゃんだよ」
 鷹が鈴の背中を押して前に押し出した。
「へぇ、子供ができたんだねぇ。お絹ちゃんと別れたのは子供の時だったけど、おばちゃんとは仲が良かったんだ。妹みたいに思っていたよ。それで元気かい?」
 菊が懐かしそうに鈴の傍によって矯めつ眇めつ顔を覗き込んだ。まるでお絹の面影を探しているようでもあった。
「実は、殺さ…………死んじまったんだ。お鈴ちゃんは一人きりになった」
 俯いて唇をかむ鈴に代わって鷹が答えた。銀六が作業の手を休めて、溜息を吐いた。
「仙吉も死んじまったのかい? こっちも去年と一昨年に喜一と代ねが病気で立て続けに死んじまった。裏に墓があるから鷹さんも花をあげてくれよ。せっかくここまで逃げてきたんだが、寿命だったんだな。鷹さんと違って人間は、あっけねぇもんだ。俺達ぁすっかり大人になっちまったが、鷹さんは、あん時のまんまだ」
「喜一に代ねが………」
 言葉を失った鷹の肩を右京が軽く抱いた。
「あ、そうだった。修験者と猟師の子供って鷹さん達のことかい? 香春の留蔵が知らせてくれた。鷹さんだったらきっとこっちに来るかもしれないってな」
 銀六の口に上った香春の留蔵も鷹が二十年前原城から連れ出した子供の一人である。
「またあん時のように人助けをしてるんだね」
 銀六に続いて菊が心配そうに鷹等を見た。
――人助け…………
 お菊に言われて鷹はぎくりとした。今回は誰を助けているのだろう。別に小笠原嘉昭のことを助けているつもりはない。ふと鈴のことが心の奥に浮かんだ。そして助けられなかった仙吉とお絹のことを思った。
「銀六さん、悪いけど一日でいいんだ。納屋で構わないから使わせてくれないか。迷惑はかけないよ」
「水臭ぇこと、言わねぇでくれよ。鷹さんには一生掛っても返せねぇ恩があるんだ。今夜は猪鍋だ。浅吉がうまく仕留めてくればの話だけどな」
 色々詮索したいであろう銀六が何も聞かずに母屋へ案内してくれた。かつて鷹や銀六達が力を合わせて普請したものだ。土間に足を踏み入れた鷹は声には出さなかったが仰天した。あの時から比べればだいぶ家らしくなったと鷹は思った。
「広くなったろう。子供達も増えたからな。建て増ししたんだ。上手くできただろう。おいら達もあれから腕を上げた。いつまでもガキじゃねぇ」
 腕組みした銀六が誇らしげに日焼けした顔で笑う。そんな銀六が眩しくて鷹は喜一と代ねの墓参りをすると言うと再び表に出た。菊が案内してくれたその場所は、二つの土塊に花が添えられている簡単なものだった。
「迷ったんだよ。おっ母さん達は皆洗礼を受けた切支丹だったけど、あんなことのあった私達はデウスなんて信じちゃいない。でも南無阿弥陀仏ってのも、なんだかねぇ………」
 菊は、摘み取ったばかりの花をそれぞれの墓に供えた。紫が鮮やかな竜胆であった。
 墓標にはそれぞれ喜一と代ねの名前が書いてあるだけだった。鷹は二人の墓に手を合わせた。
「あん時逃げきれなかった姉ちゃんや近所に住んでいた小さな子供もみんな攻め込んできた侍に殺されたんだってね。後で聞いて力が抜けてしもうた。ほんとに酷いことするわ。みんなパライソに行けたのかねぇ」
「四郎の兄ちゃんが傍に居たんだ。みんなパライソに連れて行ってくれたよ」
「おや、天狗のお兄さんもデウス様を信じているのかい?」
「まさか、宗旨が違う」
 手に付いた土を払って立ち上がった菊は遠い雲を睨んだ。雲は島原の方向へ流れている。菊の体が憤りで小刻みに震え始めた。
「行けるもんか! パライソなんかに………。だって、あいつが海の上を歩いたり、飲み水がなくて雨を降らせたり、空から鳩を呼び寄せたりしたのも全部陰で鷹の兄ちゃんがやっていたこと、知っていたよ。だから城に残らずに天狗の兄ちゃんを信じてついて行ったのさ。みんなもそうだよ」
「おいら弱い者を大勢で取り囲むやり方が我慢できなかっただけなんだ。でも力が足りなかった。みんなを助けられなかった」
「しょうがないよ。戦が本職のお侍がごまんといたんだから。でもあたいら何にも知らずに大人達に連れられて城に入っただけだよ。何をしたっていうのよ。今でも時々みんなで話をするの。もしあの戦で勝っていたらって…………でもどうなったなら勝ったっていうの? おっ父達は、何をしたって勝てなかったんだよ。何にも知らないあたいらまで巻き込んで」
 菊が自分のクルスを握りしめて怒りに体を震わせ続けた。
「年貢の取り立てが厳しくて、もう我慢できないところまで追い込まれていたんだ。お菊達のことを考えて蜂起したんじゃないか」
 鷹はそれ以上かける言葉を見つけられずに胸が痛んだ。後ろで鈴がずっと二人のやり取りを見ていたことにさえ気付かなかった。
「私もお参りしてもいい?」
 遠慮がちな鈴の声に鷹は現実に戻された。鈴はもう一度菊に尋ねた。
「いいよ、おまえさんも身内みたいなもんだからね。きっと喜んでくれるよ」
 しばらく手を合わせていた鈴であったが、土塊に刺してあった十字架に手を伸ばした。そして両親の形見である自分の十字架と比べて眺めた。
「私、何も知らない。おっ母さんから何も聞いていない。私がまだ子供だったからかしら………」
 淋しそうに呟く鈴の横に菊が並んだ。
「幸せな暮らしをしていたんだね、お鈴ちゃんは……きっとそうだ。お絹ちゃんは大人しくて優しい娘だったけど泣き虫でねぇ、二つ上の仙吉さんは、そんなお絹ちゃんをいつも守っていた」
作品名:金色の鷲子 作家名:小石 勝介