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送り狼にご注意を

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 いつの間にか、少年の手に鈍い光を帯びた筒が握られていた。少年が腕を一振りすると、それは一本の長い棍棒になった。流れるような無駄ひとつない動作に目を奪われている間に、凶器はフェンの顔面に直撃した。
「いったあああああぁ」
床に膝をついたフェンは患部を押さえながら身悶えた。
隣では深いため息をついた少年が手慣れた様子で棍を肩に担ぐ。
「×××強打されなかっただけマシと思えよ、この変態」
トールは空いている腕の袖で、強く唇を擦った。まだ床に座り込んだ状態のフェンはへにゃりと笑った。
「なになに? もしかしてハジメテのちゅー奪っちゃったとか? ねえねえ、どうなの?」
「黙らないとマジで潰すぞ、イカレポンチ」
眉間の皺を倍に増やしたトールは棍先でフェンの身体をつついた。立ち上がったフェンは傍にあった寝具の上に身を横たえて、枕に頬をうずめる。絶妙な流し目をくれながら、甘い声で笑う。
「いたくしないで、ほしいなぁ。 そうゆうやり方は、ちょっと苦手で。やさしくしてほしいなぁ、なんて」
ご丁寧に内股までして見せたフェンの頬横に凶器が突き刺された。顔面筋肉痛にでもなったように表情筋をひくひくと痙攣させながら、トールはフェンを見下ろす。
「だ ま れ と言ってる」
「じゃあ塞いで」
伸ばされた腕がトールの首を拘束した。体勢を崩したトールを受け止めるようにフェンは唇を重ねた。
フェンの肩を押さえこみ、トールが力の限り相手を睨みつける。フェンの唾液に濡れた唇は微笑をかたどる。
くすくすくすくすくすくすくすくすく・・・
喉が掠れて漏れたような笑みが部屋に反響する。トールは手を払いのけて立ち上がる。身を起こしたフェンはまだ笑いながら、わざとらしく首を傾げた。
「キミ可笑しいね。ちゅーくらいでそんなに真剣に怒ることないじゃない」
距離をおいて隣に座ったトールは頭を振るった。
「その基準が既におかしいんだよ、おまえ」
「そうかなぁ」
「そうだよ! さっき声かけられて、出会ったばっかりの奴についていって、部屋に入ったらすぐにキスとかどうなってんだよ」
トールが力説するとフェンはつまらなさそうに唇を尖らせて髪を梳いた。
「なーんだ。声をかけて簡単にひっかかったからウリか、暗に承諾してくれているのかと思ったよ」
ウリ!? と悲鳴に近い声を上げたトールは僅かに項垂れた。
「なあ、ここの秩序ってどうなっているんだよ。あとあんまり俺にツッコミを入れさせないでくれ。結構疲れるんだよ」
「キミの声が大きいだけだろう。あと秩序ってなに。そんなのもの、ここにはないよ。弱肉強食が世の理なんだから」
本当に疲れたらしいトールは心底うんざりしながらフェンを見る。
「・・・なにそれ」
「なにそれって、そんな今更決まりきったこと聞かれても困るんだけど」
逆に目を瞬いたフェンはじっとトールを見つめた。目を逸らしたくなかったトールが眼を飛ばすとフェンは変な顔と言って噴き出した。
「周知の事実の通り、ここは数段階に階級制度がある。そして最上級、支配階級にある僕達は特別な食事が必要で、狩りを行ったりする」
トールは怪訝そうに眉をひそめた。
「食事、それってまさか、人が相手なのか」
いつも笑っているフェンの口元が吊り上がると、鋭い犬歯が露わになり、怪しく光っていた。
「食事の方法は様々だ。もちろん殺してもいい、飼ったっていい。自分にあった食事方法があり、選択を行うんだ」
伸ばされた手がトールの手に触れて表面をつっとなぞる。肌が粟立ったトールはフェンの手を払う。フェンは気にした風もなく己の髪をくるくると指に巻きつける。
「まあすごく簡単な説明だけどね。キミ、変だね。まるで本当に何もしらないみたいだ」
トールは僅かに口先を尖らせる。
「・・・知らないだよ」
「はあ。それはなぜ?」
「ここじゃない、ずっと遠くからやってきたんだ」
フェンはしげしげとトールの頭のてっぺんからつま先までを眺めた。
「別段変わっているところは身請けられないね。そこらへんにいる可愛らしい坊ちゃんって感じだけど」
「坊ちゃんはやめてくれ」
「故にキミが言っていることは信じられないね。夜行花の幻光にやられたのってところが一番妥当っぽい」
トールはおおげさに腕を広げて肩を竦めた。
「好きに解釈してくれ。俺にだってあまりわからないんだから」
棍を元の筒の大きさに畳んだトールは立ち上がった。部屋の隅に安置されていた布包みの上で、トールが連れていた真っ黒のケモノが丸まっている。トールは包みを抱えて扉へと向かう。フェンはくすりと笑う。
「いままでの話を振り返ると、キミには帰る場所も、こんな夜更けに身をよせる場所もないって聞こえたけど」
「おまえの話を聞く限り、ここじゃあ見知らぬ他人にホイホイついていくとどーんだけ危ないか、身に沁みて分かったんだが?」
フェンは可笑しそうに笑う。
「たかが唇。教育料にしては格安過ぎないかな」
「既にこちらは尊厳の冒涜レベルだっつーの」
拗ねて部屋から出て行こうとすると、身動きがとれなくなった。ある程度の場数を踏んでいるトールは人の敵意や殺意に敏感な性質である。もしも今、後ろから抱きしめているフェンがそれらの感情を抱いていたなら、トールに触れることは決して叶わなかっただろう。
「おい」
背後に温かみのある身体。首筋に寄せられる顔。身体に伸ばされたフェンの腕の力はないに等しい。まるで羽のような軽さで、そっと抱きとめている。
「おい、離せよ」
「独りに、しないでほしい」
抑揚のない静かな声が言った。僅かに手の力が込められる。
「独りだと、うまく寝れない癖があるんだ。だからね、傍にいて」
トールは盛大にため息をついた。
「俺は今までアンタの発言、言動を見てきた。結果ここでああいいですよって言えるような要素が、一つでもあったか?」
「なにもしないから。キミが望まないのなら、なにもしない。でも本当に困るんだよ。これが僕の本当の食事の形でもあるんだ」
トールは後ろを振り返り、項垂れたフェンの顔を見る。いつも浮かべている意味の捉えにくい笑みは消えており、フェンは静かに目を閉じていた。
「同情でもいい、憐れみでもいい、憎しみでさえいいんだ。このままだと今日の夜、とっても困ってしまう。だから、傍にいてほしい。傍にいるだけでいいから」
真摯的な声に耳を傾けながら、トールは片眉を上げる。
「そんな理屈がアンタのいう弱肉強食の理に通じるのかい?」
フェンは満足そうに頷いて見せた。
「その通り、通じない。だから、キミに言っている」
伸ばされた指先がトールの頬をくすぐり、消え入りそうな微笑を浮かべた。すぐに消えてしまいそうな儚さ。
「甘々な考えをもつ、ここの理に従っていない君に、僕はお願いしているのさ」
馴れ馴れしい手に顔を顰めたトールはフェンの手を払いのけた。まるで親の仇のように睨む。
「それってなんか小馬鹿にされている気しかしない」
「今から持ち上げても意味はなんてないでしょう。それこそ嫌味だ」
「傍にいるってなにさせる気だよ」
急に近づいた顔にトールは危うく蹴りを食らわせるところだったが、気づいたフェンが先に身をひいた。
「あ、うん。ごめん」
フェンは寝具の上に座り、すっと手を差し出した。
作品名:送り狼にご注意を 作家名:ヨル