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送り狼にご注意を

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穢れのない白い花は、夜の闇の中で自ら発光するように咲いていた。
見渡す限り一面に広がった光の河のような花畑の風景に、旅人は淡く微笑む。
この地域にだけ存在する光る花は、夢心地に眺めるに相応しい花であるが、見物客は一人佇む旅人以外に見当たらない。
夜行花の見た目は確かに美しいが、その光には視覚障害、幻覚、眩惑作用があり、地元の人間でも夜には滅多に近づかない場所になっている。そんな場所に近づくのはへらへらと笑った不気味な旅人や、途方にくれた迷い人くらいかもしれない。


旅人は花畑の隅に座り込んでいる少年に気がついた。
まるで酔ったような頼りない足取りで近づいていく。
夜光花の光を帯びた銀色の髪、黒のシルクハットを被り同色の礼服を着ている。ぶつぶつと小声で「ジャックのやろう」だの「また面倒なことを」と独り言を繰り返し呟いている。しかし肩は気落ちしているのか僅かに下がっている。
「ねえ、キミ」
俯いていた少年が振り返った。座った少年の膝の上には小さな黒いケモノが鎮座していた。ぐったりと横たわった様子からして、この少年が困っているのはこの動物が原因のようだ。座っている少年を見下ろした旅人はにっこりと微笑んだ。
「こんなところでどうしたの?」
愛想よく尋ねると銀髪の少年は眉を顰めた。
愛想を良くした結果、逆に警戒されてしまったようだ。しかし特に気にせず旅人は続ける。懐を探った旅人は棒付き飴をとりだして、少年に差し出した。
「はい、どうぞー」
笑いながら差し出すと相手の眉間の皺は一層深まった。
「いらない」
「えーなんで」
「知らない人から物は恵んで貰うほど困っていない」
「ああ。ボク、フェンっていうんだ。これで知らない人じゃなくなったね」
「そういう意味じゃねえよ」
「キミ、結構あたま固いね」
「放っておいてくれ」
「ところでどうしたの、この子」
「人の話きいてないな。まあいいか。ちょっと道に迷ってな、一緒に出口を探していたんだよ。けど先にコイツの方がバテてて」
少年はゆっくりとケモノの毛並みを整えた。しぐさから気遣いが伝わってきた。
フェンは腰に手を当てて頷く。
「そうなんだ。でもここに居続けるのは正直おススメできないね」
「なに?」
「この珍しい光の花たちはね、確かにとてもきれいだけど、あんまり見続けると身体に害を及ぼすんだよ。見たものを狂気に掻き立てる花って言われている」
「ふぅん」
 少年は気にした風もなく応えた。フェンはふふっと笑う。
「キミにとって害がなくとも、弱った子にはよくないかも」
 撫で肩がぴくりと揺れたように見えた。
「困っているみたいだし、一度ボクが泊まっている宿に来たらどうだろう。ここから近いんだ。そこで身体を休めて、そのケモノちゃんの容体を見るのもいいかもね」
 黒曜石色の瞳が、フェンを見上げた。精悍さを秘めた真っ直ぐな瞳には、確かな迷いが宿っていた。フェンは優しくおいでと手招いて見せた。逡巡するように身体を揺らしていた少年はゆっくりと立ち上がった。それを確認したフェンは歩きはじめた。
「キミ、名前は?」
相手は何度か躊躇しながら、トールとそっぽを向きながら呟いた。
そう、とフェンは頷く。
「キミ、迷子なんだね」
「まあ、そうかな」
 あまり腕を揺らさないように抱えてついてくる少年に聞こえてない声でフェンは囁く。
「不安な迷子は大好きだよ。楽しい食事ができるからね」
 愉快でしょうがないと、旅人は笑い続けていた。


ご機嫌な送り狼がエモノを食べようとして、殴り飛ばされるのは、また別の話になる。

作品名:送り狼にご注意を 作家名:ヨル