猫遊戯 -オセロ・黒-
泣く時は、哀しい時。
嬉しい時の涙とは、ちょっと違う。
明らかに、違う。
その人の口から紡ぎだされる言葉は、「声の主」の嫌な言葉を呼び覚ますものだった。
「お前達は、その出来事の一部。既に、お前達は道を選んだ。本を開きなさい。世界の果て、その出来事の向こうにお前達の生れてきた意味が存在するのだから」
-又逢う事になるよ-
声が、僕の頭に鳴り響く。
「次に目覚めるは、それぞれに道を歩く時。さぁ、お休み。出来事の歯車であっても、私は…」
体に今まで以上の重力が加わる。
踏ん張っていても、そのまま地上に溶け込まされるような勢いだ。
-なんでしょ、これ…-
ここまでしないといけない理由があるのか、そんな思いが頭に浮かぶ。
その人を見上げてみると、やはり泣いていた。
-泣くくらいなら…-
泣くくらいならば、そんなこと止めればいいのに。
僕の中の当たり前の答え。
必死に抵抗している時に、ふと君の事が気になった。
隣にいたはずの君に、視線を向ける。
君の必死にもがく姿が見える。
その姿が痛々しくて。
僕は、上がらない腕を。
最後の力を振り絞って、君に伸ばす。
-あと、ちょっと…。-
伸ばしているはずなのに、距離はどんどん遠くなるのが感覚的に分かる。
-少しくらい、さーびすしなさいって。-
独りごちながらも、僕は伸ばし続ける。
少しでも君に触れられるように。
そして僕の指先が、君に触れた。
それが、意識があった最後の、君の記憶。
目が覚めると、僕は焼けた街の片隅にいた。
大きな争いでもあったのか。
気が遠くなるような昔ではなく、つい最近あったことが分かる。
黒い煙、命を落とした影たち。
それらが目に、生々しく映し出されていた。
胸には、あの人から受け取った本があった。
渡された時よりも、何故か重みが増している気がする。
半分興味、半分諦めで本を開いてみる。
一ページ目。
そこには、たった一言。
「こんな事をいっている暇があったら、もっと別のことすれば良いのに」
悪態をつきながら僕は本を閉じる。
さて、これからどうするか、と考えてみたが浮かぶはずもないので。
とりあえず歩き出す事にした。
歩いていけば、いつか何処かで君と会えるだろう。
この本に書いてあった言葉を口にしないように。
胸を張って君に逢えるように、と。
心に誓いながら。
-ごめん、なんて…ねぇ。お別れの時に伝える言葉じゃないでしょ。
作品名:猫遊戯 -オセロ・黒- 作家名:くぼくろ