願い石 叶い石
「ぶひひ、ぶひぶひ」
ルーシェが照れたように視線をそらし、ブリリアントははにかんでうつむいた。どうやら相思相愛のようである。ひとの趣味はそれぞれだというから、ディンはそうかとうなずくだけにとどめた。
締めあげた包帯をゆるめながら、ふとルーシェがくすくすと笑いだした。なにがおかしいのかわからず、ディンは目の前の繊細な美貌を見る。
「おまえって……っとに、いくつなんだか。ジジくさい」
「一〇になった。子どもらしくないとは、よくいわれる。その逆もよくいわれるが」
「その逆? ――ほら、できた」
包帯の上を軽くたたき、ルーシェは立ちあがる。
「まあ、いいか。気にいった、ディン。家まで送ってあげよう――いいよね、ブヒコさん?」
「ぶひ」
「ホラ、ブヒコさんもいいって。家、どこ?」
本当に言葉がわかっているのか、単に名を呼ばれたから反応しただけか、おりよく仔ブタが鳴いた。
それを都合よく解釈して笑いかけるルーシェに、ディンは返答につまった。
「ルーシェ、せっかくだが……遠慮する」
「ばぁか。おまえが僧侶だってことぐらい、見ればわかる。どこの寺院からきたって?」
「――……ゴートだ」
「総本山か。へぇ……」
気にしないと口にしながら、ルーシェが向けてくる視線にはふくみがあった。幻妖と寺院の関係を考えれば当然だろう。
居心地の悪い視線から目をそらし、服を着直し薬をしまいこむと、ディンは立ちあがって外套をはおる。
最後に、鞘から抜くことさえできなかった剣を背中に負う。ずしりとした重みがひどくこたえる。
「ゴートに帰るつもりはない」
ディンは惨劇のあとを振り返る。
赤黒く染まった大地。そこに倒れ伏した遺骸には、一つとして五体満足のものはない。
少しでも遠ざかろうと土をかく指、恐怖に引きつった顔、うつろに天をにらむ者、また深い恨みや激しい痛みを刻んだ者もいる。見ているだけで、彼らの覚えた苦痛が伝わってくるようで、胸が痛い。
騎士の大半は、幻妖に親しいひとを奪われた者たちだ。復讐を誓う者、大切なひとを守ろうとする者、同じ悲しみを増やすまいと願う者。理由はさまざまだが、打倒幻妖を誓う者は寺院の門をくぐる。
なのに彼らは志半ばに、自分の命までも幻妖に奪われた。
くせで無意識に胸元をさぐった指先を、ディンは気がついてとめた。祈りのための石を手の中に握りこまないまま、指を組んで黙祷する。
彼らをこのままにしておくのはしのびない。だが今のディンにはどうしようもない。今できることといえば、一刻も早く近くの寺院に彼らのことを伝え、迎えをよこしてもらうことだけだ。
祈る者すべてしあわせへと導くという神の教え。
証である、祈りをすべて聞きとどけるという紫煌石《しこうせき》。
もし教えが本当だというのなら、どうして世界にはこうも、心を引きさく悲しみに満ちているんだろう。
いくら神に祈り、紫煌石にすがったところで、さいわいは訪れない。
だから進むしかない。
無理でも、待ちうけるのが困難だけだとしても、自分でつかみとるしかない。
指をほどいて、ディンはもう一度惨劇の場を見まわした。目の前の惨状を目に焼きつける。
こんな惨事を、これ以上くり返させはしない。
必ず終わらせてみせる。
「おまえたちの志は俺が継ごう。安息の地にて、安らかであれ」
「どこに……行くつもり?」
荷物を背負いあげるディンに、ルーシェが問いかける。
「幻妖の王を倒しに行く」
顔をしかめるルーシェをしり目に、ディンはきびすをかえした。