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リミット―クリスマスの贈り物

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雪降る夜の町を俺は走る。
早くしなければ―最愛の妹のために。
立ち並ぶ高層ビルの群れの中を飛ぶ。
風に吹かれて顔に大量に雪が張り付いた。
バイザーを熱して雪を溶かすが、雪の勢いは凄まじく一向に視界がクリアになることはなかった。
視界が見えなければ事故だって起こる。
俺の体は横から突っ込んできたホバークラフトに撥ね飛ばされた。
体中を痛みが襲い、俺の体は真っ逆さまに落ちて行った。
くそ……ここで死ぬわけにはいかないんだ。
俺が薬を届けないとあいつは……あいつは。
俺の体は勢いよく水の中に落ちた。
周囲を見回すと底の方にルビー色に輝く柱が見える。
それを見て俺はここが公園の噴水であることに気付いた。
ふぅ……命拾いしたみたいだな。
落ちたのがこの噴水じゃなかったら俺は今頃地面に体を打ちつけミートパイになっていたことだろう。
そして俺の体は『処理班』によって片付けられ、周囲の人々は何事もなかったかのようにそこを通り過ぎる。
想像しただけで身震いした。
今の時代、クローン技術が普及しているため人が一人死んだとしても何の問題にもならない。
すぐに同じ人間を作り出せば良いのだから。
この技術が普及していなかった昔は人一人が殺されただけでニュースになり、警察も必死で犯人を捜しまわったらしい。
俺は人の命がティッシュペーパーよりも軽いこの時代に反感を持っている。
だから人の命がまだとても重かった時代に、俺は強い憧れを持っていた。
……っと。
そろそろ行動を再開しないとな。
俺は深く息を吸い込むと(この時代の水の中には空気がある)水を強く蹴った。
すると反動で水が湧きあがり、俺の体は噴水の外に飛び出した。
水しぶきを上げながら着地する俺をレーザーガン(もちろんおもちゃの)を持った子供達が見つめていた。
「おにーちゃんすげー! それ最新のパワー・スーツ!?」
一人の少年がそう言ったのを合図に子供達が一斉に騒ぎだした。
わらわらと俺の周りに子供たちが集まる。
「すげーよ。これ最新型だ!」
「本当だ!しかもこれシャイニー社製じゃないか」
「お兄ちゃんこれどこで買ったの?」
「ねぇお兄ちゃん。私にちょっとそれ着させて」
「僕にも着させて!」
「俺にも!」
俺は周囲を囲む子供たちを見つめてため息をついた。
「悪いけど今お兄ちゃん時間ないんだ。また今度会ったらな」
そう言うと俺は子供たちを振り切って走りだす。
丁度目の前に低空飛行で飛ぶホバー・クラフトが現れた。
足に力を込めてジャンプし、ホバー・クラフトに接近する。
操縦する中年男性は向かってくる俺を見て目を丸くした。
「な、何だいっ!?」
「ごめんオッサン!」
俺はホバークラフトの屋根を踏みつけてさらに高くまで飛んだ。
そして最寄のビルの屋上に着地する。
手すりから町を見渡すと再び強い雪が顔に吹き付けた。
今度は気をつけなくちゃダメだな。
なるべく安全な方法で行かないと……。
そう思って周囲を見回した俺の目にタイミング良く友人のブライアンが乗るホバー・クラフトが目に入った。
よし、あれに乗せてもらおう。
俺はポケットから信号銃を取り出すとスイッチを押してレーザーをブライアンのホバークラフトに当てた。
それに気付いたブライアンがこちらに顔を向ける。
「おーいブライアン!こっちだ!」
ブライアンに向けて俺は大きく手を振った。
「何だトーマスそんなところで何してる!」
ブライアンの声が拡声器で俺の元まで聞こえてきた。
「ちょっと手を貸してほしいんだ!俺をそれに乗せてくれ!」
俺は精いっぱいの大声で叫んだ。
その瞬間強い強風が吹いて俺の声はかき消されてしまったが、それでも俺と長年の付き合いのブライアンには俺の言葉は伝わったようだった。
「オーケイ!とりあえずそっちに行くから待ってろ」
そう言うなりブライアンは俺の方まで猛スピードでホバークラフトを飛ばしてきた。
おいおいこんなスピード出して大丈夫か!?ひょっとして俺に当たるんじゃ……。
しかしそんな心配は御無用だった。
ブライアンの運転技術は大したもので、正確に俺の鼻先でホバー・クラフトを止めることに成功したんだから。
「ようトーマス。大丈夫か!?」
運転席からブライアンが顔を出した。
俺は冷や汗を拭いながら答える。
「ああ、何とかな」
「そりゃ良かった。まあとりあえず乗ってくれよ」
そう言ってブライアンがロックを解除してドアを開ける
「まったく、無茶するぜ」
俺は呟きながらホバー・クラフトに乗り込んだ。
氷点下の外とは違い、暖房の効いた機内は相当温かかった。
ブライアンが俺にココアの入ったボトルを差し出してくる。
「飲めよ。外寒かっただろ」
「おお、サンキュー」
俺はそれを受け取ってゴクゴクと飲んだ。
喉の渇きと体の冷えが同時に癒されていく。
「それにしても一体どうしたんだ?」
ブライアンが俺に尋ねる。
ボトルに蓋をしながら俺は答えた。
「ちょっと俺の家まで向かってほしいんだ」
それを聞いたブライアンは顔をほころばせる。
「ってことは手に入れたのか?薬」
「ああ」
俺は苦労して入手した薬をケースから取り出して見せた。
「おおっ!良かったじゃないか。お前相当資金集めに苦労していたもんな」
妹の患っている病気は世界でも患者が3人しかいない大変珍しい病気だった。
だからどこの医者に行っても解決策は見つからない。
しかしどんな病でも社会の裏には政府が秘密裏に作ったワクチンが出回っているものである。
この町にワクチンの商人がいると聞いた俺は必死で商人を探し当て、大量の資金を集め、なんとかワクチンの入手に成功したのだ。
かかった期間は実に半年。
本当のところ妹がまだ生きているのか心配だった。
「いつ死んでもおかしくありませんな。非常に珍しい病です。諦めなさい」
あの冷酷な医者の言葉が頭の中で再生される。
医者の野郎どもはどいつもこいつも同じことばかり言う。
「自分には無理だ。他を当たってくれ」
妹はいつ死んでもおかしくない。
だから俺は出来るだけ早くあいつの元に戻ってやりたかった。
たとえわずかでも希望があるなら俺はそれを無駄にしたくない。
「それじゃあ、さっそくアレッサちゃんのところに戻りますか!」
そう言ってブライアンは勢いよくホバー・クラフトを発進させた。
頼む―生きててくれよアレッサ。
俺は空で輝く月に向かって祈った。