表と裏の狭間には 一話―光坂学園入学―
まあ、今更どうにかなるものでもないか。
食後は雫の部屋で本を読んだ。
大抵一緒にいる俺たちだが、居間、俺の部屋、雫の部屋のどこで何をするかは気分次第のアトランダムである。
………妹が必至に隠している(つもりになっている)とある物品(赤き棘のある花に例えられる品)を発見してしまった事は、黙っていたほうが円満にして安定した生活を送るに当たって有益なようだ。
翌日。
俺は朝食を食って登校する。
その前のひとコマ。
以下回想。
「お兄ちゃん、今日は帰りどれくらい?」
「うーん、どうなんだろうな……ちょっと遅くなるかも。お前はすぐ終わるんだろ?」
「うん。そうだよ?」
だから今日は一人きりなんだよー、と、頬を膨らませる。
はっきり言おう。かなり可愛い。
オイ今シスコンとか思った奴、表に出ろ。
俺はシスコンじゃない。
そもそもシスター・コンプレックスの定義っつーのは、簡単に言えば性の対象に妹を選ぶ人間のことだ。
俺はそんな事はしない………つーか出来ない。
故に俺はシスコンではない。
何事も理論的に考えればどうにかなるものだ。
「まあ、分かった。帰ったら遊んでやるから、ちょっと待ってろ。」
「うん!」
途端に顔を綻ばせる雫。
こういう素直な反応は、かなり嬉しい。
腹の底に悪意を潜ませた上辺だけの豪華な善意や好意よりも、こういう素直で素朴な好意のほうが断然嬉しい。
俺が妹を唯一信頼する理由はそこにある。
人間は必ず相手を利用しようとする。だが、雫は無条件で俺を慕ってくれる。
それこそが、俺が雫を信頼する理由。
だけど。
俺はそんな雫を利用している。
雫の好意を逆手にとって、自分の都合のいいように扱っている。
家事をしてもらっているのも、弁当を作ってもらっているのも。
こいつは、俺が望めば、自分に出来る事はやってくれるだろう。
今そこにそうしているのだって、俺がそう望んでいるからなのかもしれない。
俺はこいつを、自身の精神安定に利用している。
人間の醜いところ。
俺は、そんな自分が嫌いだった。
嫌いでもどうしようもない。
俺が雫にしてやれる事は、こいつの望むことを出来る範囲で実現してやることなのだから。
俺は、自己嫌悪なんてくだらない理由で死ぬわけにはいかない。
と、俺は自分の命を繋ぎ止める言い訳にも雫を使っている。
更に不覚自己嫌悪。
朝から気分が悪い。
「お兄ちゃん。」
と、唐突に雫が腕を組んで、体を摺り寄せてきた。
………は!?
「おま、何!?」
雫は俺の顔を真下から見上げて、囁く。
「お兄ちゃんは私を好きにしていいんだよ。それが私の望みなんだから。」
その瞳。
純粋で、無垢で、悪意の欠片も宿っていない瞳。
正の感情のみがそこに映っており、それ故に澄んで、深い、引き込まれそうな瞳。
「………いきなりどうしたんだ?そんな大胆なこと言って。」
「お兄ちゃんまた暗い顔してるよ?どうせ『私の好意を利用している』とかって自己嫌悪してたんでしょ?まったく。お兄ちゃんのそういう癖は直さないとね。私が好きで慕ってるんだし、私がしたいことをしてるんだからそれでいいの。お兄ちゃんはただ自分の欲望の赴くままに私を使ってくれればそれでいいの。私がそう言ってるんだから。」
何気なくとんでもないことを口走っている気がするが、こいつの場合その純粋さ故にその言葉の示す深いほうの意味を知らないで言っている。
故に、先ほどの雫の言葉の意味は、『お兄ちゃんは私をこき使って自分だけ楽をして構わない』という意味になる。決してエロい意味は無い。
あってたまるか。
俺の日常にそんな要素は必要ない。
断じて。
「じゃあな。」
「うん。頑張ってね。」
以上。回想終了。
さあ今日も頑張ろう!
………なんですか?その白い視線。
だからさっきの回想で一緒に説明したはずだ!俺はシスコンじゃない!
言えば言うほど疑いが深まっていく気がしてならない……。
まあそんな事はさておき。
今日の内容はオリエンテーリング、つまり学校のことを説明するようだ。
まあこれだけ広大な校舎と膨大な教科を抱えているんだ。一通り説明するだけでかなり時間がかかるだろう。
さて。そろそろ四月半ばだが。
……何があったか分からない?
そりゃそうだろう。時間飛ばしたし。
特に語るべきこともなかったので、そのままスキップし、四月半ば。
今日から授業開始である。
その前に、説明されたことをまとめておこう。
この学校の校舎は、各学級の集まる本校舎。
二階~四階は学級が集まっていて、五階には資料室などがある。
一階は応接室やロビーになっている。
実験棟には各種実験室や実習室が集まっている。
職員棟には各職員室が集まっている。
図書館棟もある。
第一専門科棟には機械、建築関係の教室。
情報棟には多数のパソコン室があり、更に学園のインターネット環境を司るサーバーが置いてあるらしい。
第二専門科棟には医療、美容関係の資料や器具、実習室などがある。
体育館もあるが、プールは無いらしい。
グラウンドはサッカーグラウンド一面ちょいの広さ。
これがこの学校の施設である。
次に教科の説明。
一年次は普通科目(国語総合、数学Ⅰ&A、理科総合、地理、英語Ⅰ、体育、保険を学ぶ。
二年次から情報が追加され、更に国語が古典になり、数学はⅡ&B、理科は物理と化学の選択制、地理は歴史になり日本史と世界史の選択、英語はⅡになる。そして希望者は機械か建築、医療か美容で選択した専門授業を受けることが出来る。
学校行事の説明はまた追々。
授業を受け、昼休み。
……授業の様子なんか一々説明するわけないだろ。
昼休みである。
最近学校では常につるんでいる真壁と蓮華の二人一緒に、三人で食事にする。
「そうそう、私昨日散歩してて見つけたんですけど、いい食事場所があるんですよ。良かったらどうですか?」
ということなので、移動する。
本館の廊下は広々としていて、人が溢れてもあまり狭くない。
廊下の左右に教室がずらりと並ぶ。
そんな校舎を抜け出し、敷地の北へ。
そこには雑木林がある。
そこへ踏み入り、奥へ進むと、広場があった。
石畳の広場に石造りのベンチなどが設置されていて、周囲には緑が茂る。
石は使い古された感じがして、しかしボロいというわけではない。
よく手入れされている。
「うわぁ、こんな場所があったんだ。」
「ここ、だ~れも知らないんですよ?」
などと蓮華と真壁が話しこんでいる。
「結構いいところだな……。」
かくいう俺も、すっかり魅了されてしまっていた。
「それでは、食事を始めるとしましょうか。」
ベンチに腰掛け、弁当を食い始める。
「お近づきの印にあげます。どうぞ。」
雅さんがくれたのはサンドイッチだった。
パンの白い部分だけを使って具を挟み込んでいる。
具もシャキシャキのレタスにジューシー且つスパイシーなローストチキンという、最高の組み合わせだった。
「ん、美味しい。すごいね。これ、雅さんが作ったの?」
「はい。一応自分で。お口に合いましたか?」
「うん。すげえ美味い。」
これは冗談抜きで美味しい。
雫に匹敵するぞ、これ。
そんな風に食事を楽しんでいた。
付き合っててわかったけど。
作品名:表と裏の狭間には 一話―光坂学園入学― 作家名:零崎