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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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 まず口を開いたのは怪訝そうな慶子だった。
「誰?」
 鋭い口調は相手を殺すほどの鬼気を孕んでいた。
 そこに立っていた少女は巫女装束を着ており、歳は十歳くらいだろうか。長い黒髪、その瞳、その顔立ち、誰かに似ている。
 したりと克哉が笑った。
「この家の当主はまだ決まっちゃいけない。彼女こそがこの家の長女、静枝の本当の娘だ」
 衝撃が走った。
「嘘よ!」
 叫んだのは慶子だった。
「子供なんているわけがないわ!」
 美咲も追随する。
「そうよ、私たちを生む前に子供いるなんて、そんなことありえないわ! 何者なのこの女!」
 澄ました顔で少女は優しく微笑んだ。
「鬼頭静枝の第一子、花咲[かえ]と申します」
 その声も誰かに似ている。そうだ、美咲に、美花に似ているのだ。その姿も声も、物腰も双子の姉妹に似ているのだ。
 しかし、美咲の見た目は十四歳程度、花咲と名乗った少女は明らかにそれよりも年下だ。
 慶子は猛獣が咆えるように立ち上がって花咲を睨んだ。
「これのどこが長女なの、美咲よりも若いじゃないの! それに子供なんて……ッ!?」
 慶子はハッと眼を剥いた。なにかに気づいたのだ。
 克哉は花咲の真横に立った。
「この子が本当に静枝の娘だと証明するのは難しい。だが証言ならできる。なぜなら俺が父親だからだ」
 衝撃の連続に美咲は髪を振り乱した。
「ありえないわ、お母様とあなたが!? 馬鹿なこと言わないで!」
 けれど、美咲は二人を見て息を呑んだ。並んだ克哉と花咲が似ているのだ。
 克哉は少し哀しげな表情をした。
「君のお母さんじゃない」
 その言葉を美咲は理解できる黙した。
 克哉が続ける。
「君のお母さんは静香……だ。この屋敷の当主は、姉の振りをし続けていた静香だった。本物の静枝は俺の元でしばらく暮らし、子を産み、それからしばらくして、ある事情で命を落としたんだ」
 絶句した美咲は声も出せなかった。慶子も同様だ。菊乃だけが表情を崩さず、自らの意思で黙していた。
 衝撃の連続だった。
 克哉は煙草に火を点けた。微かに聞こえる咳き込む音。口を押さえているのは慶子だ。
 構わず克哉は煙草を吸いながら話しはじめる。
「どうして命を落としたのか、それは一族の呪いに関係する話だ。老化と寿命、その要因。君たち双子を蘇らせるために、静枝は命を捧げたんだ。静枝だけじゃない、歴代の当主たちはみんなそうしてきた」
「私は嫌よ」
 すぐに美咲が口を挟んできた。
「美咲お嬢さんは静香の子だが、その性格は静枝によく似ている。でも静枝は命を捧げた。静香の子のために、自分の命を捧げたんだ」
 克哉は吸いはじめたばかりの煙草を、縁側に出て庭先に投げ捨てると、当主の間に戻ってきた。
「生まれる子供は死産と決まっている。当主である母は、自分の魂を分割して双子を蘇らせるんだ。類魂の概念という奴で、魂は分割することができる。問題は別にあるがゆえに、呪いが発生するわけだが。
 静枝と静香の代では、二人とも生きているという特別な状況が生まれ、静枝は静香を生かすために、自分の魂を君たち双子に捧げた。本来ならば、命を捧げた当主は、鬼にその肉体を乗っ取られ、死人として生かされることになるんだが、鬼はそのときいなかった。静香は命を捧げず、鬼にも乗っ取られず、双子の肝を喰らうこともせず、一族の流れを確実に変えた。しかし、それだけでは一族の呪いの根本的な解決にはならない。この子は俺たちの希望だ」
 ――花咲。
 克哉は花咲の頭を撫でた。
「この子は七つになる。美咲お嬢さんと同じだ。しかし、花咲のほうが若く見えるだろう?」
 美咲の見た目は十四歳ほど。花咲の見た目は十歳ほど。
 一族が抱えていた急速な老化が軽減されているのだ。
 克哉が咳払いをして一気に話す。
「類魂というのは、一つの大きな魂の塊と考えてくれ。たとえば、静枝、静香、美咲、美花、個別の人格を備えた魂を持っているが、元は一つの大きな魂の塊から切り離された存在で、同じ集まりに属している。集まりは一つだけではなく、たとえば俺の魂が属している集まりや、女先生の属している集まりがあるわけだ。
 次に魂魄の概念だ。魂[こん]とは魂[たましい]のことだ。魄[ぱく]は躰の設計図だと思ってくれ。一族が欠落してたのは、この設計図のほうなんだ。双子ふたりを合わせて二十歳までの設計図しか持っていないがゆえに、急速な老化と早死にを招いてしまった。
 歴代の当主たちは、ある日突然懐妊した。本当に相手が存在していないのか、それはわからないが、相手の魂魄や遺伝子、それらを受け継がず自立して子供を産んだ。二十までの設計図が延々と受け継がれていたわけなんだ」
 気持ちよさそうに慶子が笑った。
「素晴らしい着目点だわ。花咲さんはあなたと静枝、二人の要素を受け継いだ子だから、呪いが薄れたわけね。双子の一人が生き残り、その一人が双子を懐妊していた状況では、絶対に生まれなかった状況ね。まさか双子が二人とも子供を産む自体が起きるなんて、一族の歴史の中では、永い長い歴史の中ではありえなかったことだもの」
 新たな分岐が生まれた。
 しかし、美咲はどうする?
「ねえ、私も妊娠するのかしら? 双子を死産するのかしら? あと六年で死ぬんでしょう? 私の問題は解決してないわ。当主になりたいわけでもない、そんなものこの女にくれてやるわ」
 立ち上がった美咲が当主の間を出て行く。誰も止めなかった。誰もあとを追わなかった。
 慶子は微笑みながら花咲を見つめた。
「当主の問題はどうしましょうね。美咲さんと花咲さんに殺し合いをさせて、生き残って者が当主になるっていうのはどうかしら?」
「私が美咲さんと殺し合う理由なんてありません。双子の片割れを喰らわなくていけないのは、設計図の補完ためです。設計図を補わずに、自立妊娠すれば、老化はさらに倍早く、死も早く訪れることになりますから、一族の存続に関わります」
 今でも二倍の早さで老化する。それが四倍、八倍と倍掛けになれば、三年も生きられないことになる。
 菊乃が気配を発した。
「当主の選定はこれまでの歴史で一度もございませんでした。資格のある者が、一人しか生き残っていなかったからでございます。例外的に静香様の例がございますが、静枝様は死んだものとされておりましたから」
「美咲お嬢さんは放棄したんだ。なら花咲が当主で問題ないだろう。一族の問題に使用人や部外者が口を挟む余地はないだろう? 花咲と美咲お嬢さんの合意があれば問題ない」
 克哉の意見に慶子がゆったりと口を挟む。
「そうね、でも花咲さんが本当に静枝さんの娘だったらの話だわ。それが証明できない以上は、当主は美咲さんよ。そもそも静枝さんと静香さんが入れ替わっていた話だって信じがたいもの」
「それはわたくしが証明いたします」
 菊乃は二人が入れ替わっていたことを知っていた。そして、支え続けていたのだ。
 髪の毛をかき上げて慶子が立ち上がった。
「まあいいわ。当主が誰になろうと、あたくしの目的さえ果たせれば。家庭教師として、呪いのほうは解明されてしまったけれど、うふふ」
 笑いながら慶子が当主の間を出て行こうとした。が、寸前で振り返った。