あやかしの棲む家
「菊乃には伝えてあったけれど、妹の美花は一族の掟に従って、昨晩、私が殺したわ。そして、母も亡くなり、この屋敷の当主は私となった。まずはじめに、あなた方の処遇について話しましょう。とくに慶子先生は元々部外者、この屋敷に留まる理由はまだあるかしら。とは言っても、この屋敷からは出られないけれど」
「あたくしは静枝さんに呼ばれてこの屋敷に来たわ。目的は家庭教師として、真の目的は一族の呪いを調べるため。どちらの目的も静枝さんが亡くなったあとも継続するものだと思っているわ。だからあたくしはこれまで通りね」
慶子の続いて菊乃が口を開く。
「わたくしはこの屋敷に仕えるのが役目でございます」
慌てて瑶子は身を乗り出す。
「はい、あたしもがんばってお仕事させていただきます!」
美咲は三人を順番に見てから、小さく頷いた。
「次にお母様の死について。みんなは誰が殺したと思う?」
挑発するように不気味に美咲は微笑んだ。
周りは凍り付いたように口を閉ざし固まっている。
美咲は声を出して笑う。
「うふふふ、本当は興味なんてないの。むしろ狂った老害がいなくなってよかったと思っているわ。でも……私にも危害を加えるつもりなら容赦しないから」
鋭い眼をして美咲は三人を睨み、周りを見回し、天井を見上げ、この屋敷全体を睨みつけた。見えない敵への警告。
このとき慶子は誰にも悟られないように、微かな艶笑を口元に浮かべていた。
息をついて美咲は菊乃に顔を向けた。
「当主になってなにかすることがある?」
「特にはございません。当主になった者は――」
障子が開かれ、男が部屋に入ってきた。
「ちょっとその話待ってくれませんかねえ」
入ってきた克哉に瑶子は驚いた。
「だれですか!?」
「ルポライターが本業ですが、まあ今は個人的な用事で参上しました」
面識のある美咲は知らない振りをしている。瑶子はあたふたとし、慶子は口元に艶笑を浮かべている。口を開いたのは菊乃だった。
「どこのどなたが存じ上げませんが、早々に立ち去ってください。ただし、この屋敷の敷地内からは出ることができませんが」
茶番だった。
「知ってますよ」
克哉は隠し持っていた護符を刹那うちに瑶子の額に貼り付けた。
意思を失い倒れた瑶子。息はある。
「驚かせてすみませんねえ。本人の前では話しづらいもんで」
人なつっこい笑みで克哉は笑い、畳にあぐらを掻いて座った。
慶子が克哉に尋ねる。
「あなた何者ですの?」
「先ほども言いましたがルポライターです。もう見られてしまったので隠していても仕方ありませんが、裏の顔は退魔師でして。この屋敷のこともいろいろと調べさせてもらいました。この屋敷に足を踏み入れると、出られなくなる原因もすでにわかってます」
「教えて」
と、すぐに食い付いたのは美咲。
克哉は頷いた。
「美咲お嬢さんには秘密にしてあったみたいですがね。原因はそこで眠ってる瑶子です。彼女は蜘蛛の化身であり、この屋敷の狩人。夜更けに大きな気配を感じたことないですかね。大蜘蛛が屋敷を徘徊して、迷い人を食い殺してるんですよ。で、代々の当主は瑶子を使役してきた。そうですよね、菊乃さん?」
「外の方に教えることはなにひとつございません」
「なら続きも俺の口から話させてもらいますよ。たしかに普段は敷地内から外に出ることできない。けど不思議なことに、双子の一人が三歳になったとき、外に出ることができるんですよね。疑問に思っていたでしょう美咲お嬢さんも?」
「ええ、外に出られないとされながらも、本当は出る方法があると疑っていたもの。ああ、突然思い出したわ。あの日、たしか瑶子の姿を見かけなかったような気がする……なにか関係あるのかしら?」
克哉は話を少し変えることにした。
「美咲お嬢さん、もしも外に世界に出ることができたら、出たいと思いますか? この屋敷を捨て、一族の名も捨て、自由に生きてみたいと思いますか?」
「ええ、だってこの屋敷の生活なんて大嫌いですもの。いつも屋敷に火でも放ってやろうと思っているわ。なにもかも灰になってしまえばいいわ」
「そうですか、なら方法を教えたらすぐにでもやりそうですね。でも外に世界に逃げ出しても一族の呪いは解けませんよ。あなたがあと六年もしないうちに死ぬのは変えられない」
「私があと六年で死ぬですって!」
恐い顔をして美咲が腰を浮かせた。
「あなたのお祖母さんに会ったことはありますか?」
黙る美咲に克哉はさらに続ける。
「生きていれば肉体年齢的には三十くらいですかね。人間の平均寿命を考えれば、曾お祖母さんだって、曾々お祖母さんだって、さらに曾々々、何代先まで生きてることになるんですかね。なのに誰も生きちゃいません。双子を喰らって老化が通常の早さになってから、およそ六年で死ぬんですよ」
「お母様はもっと長生きしていたわ!」
「そのとおり、あなたのお母さんの場合は、魔のモノと合体することで寿命を先延ばしにすることに成功したんですよ。この方法は歴代の当主を参考して編み出した方法です。歴代の当主は美花さんのように、鬼に乗っ取られてたんですよ。静枝さんの代では、鬼に乗っ取られることはなかった。その代わりに美花さんが乗っ取られてしまったわけですがね」
「美花が死んだのはお母様のせいなのね!」
「そうとも言えますがね、それは静枝さんの意図したことでも望んだことでもない。それはわかってあげて欲しい。本当に悪いのは取り憑いた鬼、そして……」
言葉の続きが美咲の脳裏に浮かんだ。克哉が示唆していた黒幕の存在だ。
突然、屋敷全体が大きく揺れた。下から突き上げるような激震。屋敷が軋み畳が浮いた。座っていることすらできなかった。
このままでは屋敷が倒壊してしまうかもしれない。
それほどまでに恐ろしい揺れであった。
「克哉様、美咲様、早く外へ!」
菊乃が叫んだ。
しかし、激しい揺れで這いつくばって移動するのも困難だった。
そんな揺れが突然止まったのだ。
――新たな少女が現れたのと同時に。
作品名:あやかしの棲む家 作家名:秋月あきら(秋月瑛)