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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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 月が嗤っていた。
 冷たい風は異様な湿気を含んでいる。
 その女は髪を靡かせ、屋敷の屋根に立っていた。
「なにか用かしら?」
 慶子は不気味に微笑みながら振り返った。
 その先に立っていたのは、強ばった顔をした静枝。
「貴女を殺しに」
 脅迫して静枝のほうが額に汗を滲ませている。
 禍々しい。
 慶子の周りで渦巻く不穏な空気。
「あたくしたち友達でしょう?」
「わたしを孕ませたのは誰か……おぼろげな記憶、おぼろげな幻影」
「なんの話をしているのかしら?」
「人間をやめて鼻が利くようになったわ。人間でないモノを嗅ぎ分けられるようになった。そして、わたしは思い出した……悪魔の顔を!」
 にやりと慶子が嗤った。
「なんの話をしているのか、さっぱりわからないわ」
「一つだけ聞かせて頂戴。美咲と美花は誰の子?」
「――悪魔の子」
 ざわざわざわ……静枝の肌が粟立った。
 殺気。
 膨れ上がった狂気が爆発して、静枝の躰を突き破り八本の長い脚が飛び出した。
「美咲と美花はわたしとお姉さまの子よッ!」
 巨大な蜘蛛の影が月に描かれた。
「ええ、悪魔の子なんて嘘よ。あれは正真正銘、あなたの子よ」
 その言葉を聞いた静枝の動きが鈍った。
 カッと開かれた慶子の眼はまるで蛇。
 白い月を背にして飛び散った紅い血。
 ――いったいなにが起きたのか?
 口元から血を零した静枝は穏やかに微笑んでいたのだった。

「キャァァァッ!」
 甲高い女の悲鳴が早朝から響き渡った。
 場所は屋敷の外だ。おそらく玄関先。
 菊乃は足音を響かせながら廊下を駆ける。
 開かれたままになっている玄関先には、瑶子が眼を剥いて立ち尽くしていた。
 彼女はいったいなにを見て固まっているのか?
 血の気の失せた蒼い顔。瑶子ではなく、そこにあった首だ。
 静枝の生首が玄関先に置かれていたのだ。
「お母様……ッ!」
 遅れてやって来た美咲が絶句した。
 不気味なことに、生首は魔法陣の上に置かれていた。星を模様を用いる図形を日本の陰陽道にもあるが、ここに描かれたものには得体の知れない文字が描かれている。この書式は和語や漢語というよりも、洋語に見えるような気がする。
 最後にやって来たのは慶子だった。
「なんてこと、静枝……が……なにがあったの……おそろしい、おそろしいわ!」
 怯えたように慶子は喚いた。
 このとき美咲は冷静に周りの顔を確かめていた。
 取り乱し怯えた慶子。
 眼を剥いたまま固まっている瑶子。
 無表情で静かに佇む菊乃。
 そして、屋敷の物陰から視線を感じた。
 美咲がそちらに目を遣ると、逃げていくるりあの後ろ姿を見えた。
「いったいだれが……?」
 呟いて美咲はうつむいた。
 事故では決してありえない。静枝は殺されたのだ。
 美花にとって、『何者に殺されたのか?』という疑問は、以前であれば愚問であった。この屋敷は得体が知れず、なにが起きても、理由はわからずとも、それが当たり前だったからだ。過去にも人間の躰の一部が、まるで食べ残したように、廊下に落ちていたことがあった。
 しかし、静枝の死は違う。
 ずっと黙っていた菊乃が口を凜と開く。
「この屋敷の当主は美咲様でございます。この首の処分も、これからのことも、美咲様がお決めになってください」
 無情であった。
 美咲は迷うことなく、すぐに返事をする。
「首は菊乃に任せるわから適当に処分して頂戴。それから全員当主の間に集まって頂戴。私は用を済ませてから行くわ」
 この場からまず離れたのは美咲だった。皆を残して足早に歩き去る。
 用とは屋根裏にある。廊下の隠し扉を開け、美咲は屋根裏部屋の階段を静かに上がった。
 克哉は眩しそうな目で小窓の外を眺め、煙草をふかして煙で遊んでいた。
「お母様が殺されたわ」
 冷たく強ばった声音で囁くように言った。小さな声だったが、その声はとても響いた。
 灰から白い煙を深く吐き出した克哉が振り返る。
「殺された……だれに?」
「あなたでしょう?」
 決めつけた口調だ。けれど、本当に決めつけているわけではない。相手の反応を見たいのだ。
「どうしてそう思う?」
「魔法陣の上にお母様の首が置かれていたわ。あなたの使っていた短剣を私はしっかりと覚えていたわ。西洋のものでしょう? それと魔法陣の雰囲気が似ていたわ」
「俺じゃない。証明するのは難しいかもしれないが」
「そうね、私はお前のことを信用していないもの」
 信じなければ、どんな証拠も意味を成さない。
 克哉は煙草の火を机に押しつけて消した。
「現場を見せてくれないか?」
「もう菊乃に片付けさせたわ」
「どこで亡くなっていた?」
「玄関先よ」
「なるほど……見せつけるためか、それとも別の意味が、とにかく意図があるはずだ」
 ただの殺人ならば屍体を隠す。なぜならば、屍体とは犯人に繋がる証拠だからだ。
「意図?」
「それはわからない。ただ目的はどうであれ、犯人は自分の存在を誇示する結果になった。つまり、いるんだよ、存在してるんだ。何者かが実際に存在してるんだ」
「なにを言っているの?」
「もうこの屋敷に封印されていた鬼はいない。奴らがいたら、俺は真っ先にそいつらを疑っただろう。屋敷の関係者、俺も含めてな――の犯行か、それとも外から新たな存在が来たか。この屋敷に侵入するのは容易だが、生き残るのは簡単じゃない。ましてや、あの静枝さんを殺すなんて」
 まだ克哉の耳には残っている。鬼人の断末魔。骨と肉を喰らうおぞましき音。
 しばらく黙した克哉は、気持ちを切り替えるように顔を上げて、美咲を真剣な眼差しで見つめた。
「この屋敷に必要ないのはだれだと思う?」
「全員よ」
「美咲お嬢さんにとってはそうかもしれない。俺は君が新たな当主となった今、静枝さんはもう用済みだったと思ってる。必要なら、中身を殺して、外見だけを美花お嬢さんのように使うことだってできた。まあ、同じ手を使ってくるとも考えづらいが」
「しいていうなら、この屋敷に必要なのは、私と菊乃と瑶子よ。あとは部外者だもの」
「その部外者がじつは重要なのかもしれない」
 克哉と美咲では立ち位置が違う。見えているものが違えば、もっている情報も違う。
「そろそろ行くわ。全員、当主の間に集まるように言ってあるの。あなたも来る?」
 と、美咲は尋ねたが、克哉は手を振った。
「いや、俺はここから覗いてるよ」
 そして、美咲は元来た隠し階段を下りていった。
 残された克哉が静かに呟く。
「俺からしてみれば、本当の部外者はあの女先生だけだ」

 当主の間に美咲が入ると、三人が正座をしていた。
「るりあは?」
 美咲が尋ねると、すぐに返事をしたのは瑶子だった。
「探したんですけど、どこにもいなくて。やっぱりもう一度探してきたほうがいいでしょうか?」
「必要ないわ、居ても邪魔なだけだもの」
 美咲は座った。その場所は静枝がいつもいた場所。静枝の時代にはなかった座布団が敷かれていた。
 視線が美咲に集中する。
 そして、新たな当主は話しはじめた。