あやかしの棲む家
「あなたはだれなの?」
尋ねた美咲に克哉は柔和な笑みを浮かべた。
「君の遠い血縁さ。さあ早く、掃除屋がこの部屋に来る」
「どこへ?」
「この屋敷には屋根裏部屋がある」
「知らないわ、そんなもの」
大きな気配はすぐ部屋の傍まで来ていた。
二人は急いで屋根裏部屋に上がった。
ひとが住めるように家具が置いてあることに、美咲は疑問を感じずにはいられなかった。
「いつの間に?」
「ずっと昔からさ」
「わからないことだらけだわ。あなたは何者なの? 美花に成りすませていたアレはなに?」
「一族とこの屋敷の呪縛を解こうとしている者。まあ本業はルポライターなんですけど。ところでアレが美花さんじゃないっていつから気づいてたんだい?」
「ひと目見たときから。美花が死んでいるのは前から気づいていたから」
「やっぱりそうか」
美咲の行動はだれかに教えられたものではなかったのだ。
ひと目見たときから。当主の間で美花を刺し殺そうとしたのは本気だった、し損じたのだ。そのあとはすべて演技。味方のふりをしつつ美花を追い詰め、最後は美花から仕掛けてきて罠にはまった。
「あの美花の躰は本物のものでしょう。心臓の傷を見て、すべてが確信に変わったわ」
「それについてはすまないことをした。もう手遅れだったんだ、だからそうすることにした」
「私に美花を喰わせたのね」
場の空気が一気に冷え込んだ。
克哉は深く頷く。
「そうだ」
「ある日を境に美花を躰の中に感じるようになったわ。それでお母様の話を思い出したわ。姉妹で殺し合い、相手をの肝を喰らわなければ十歳で死んでしまう。だから美花を殺しなさい、殺しなさい、殺しなさいと頭が割れそうなほど普段から言われていたわ。私は信じていなかったけれど、自分の中に美花を感じたとき、本当だったのだと知ってしまった。そして、おぼろげに美花の死を悟った」
気丈な顔をしている美咲だったが、その瞳からは静かに雫が零れていた。
克哉は咥えた煙草に火を点けた。
「美花さんは三歳のときにこの屋敷を出てすぐか、その前後か詳しいことはわからないが、あの鬼に躰を乗っ取られたんだ。その鬼は代々この屋敷の各部屋に封印されていたうちの一人だ。どうやって封印を解いたのか、なんの理由があって美花さんに取り憑いたのか、俺に使役されてもそのことは口を割らなかった……というより、あの苦しみ具合を見ると、言ったら地獄に落とされるって感じだったな。つまり、本当の黒幕がいるんだろうよ」
「黒幕?」
「目星があったが違った。鬼たちのボスかと思ったんだがな。だから本当にいるかどうかわからないさ。ただ藻掻いても藻掻いても絡め取られるっていうのかな。これまで君の一族は何度も呪いを断ち切ろうとしたが無理だった。俺も含めてね」
「あなたはどんな呪いにかかっているの?」
「それは難しいな。呪いにかかることが決まってるいる呪いとでもいうのか。簡単な話が、君たち一族の呪いを解かないと、俺も呪われるんだ」
詳しい説明をしなかった。できないというほうが正しいかもしれない。
克哉の一族は代々ある目的を持っていた。はじまりは?菊乃?と名乗った少女がもたらした。退魔師の家系に育ち、先祖から口伝されてきた秘密を克哉も聞いて育った。
それでも克哉は懐疑的であった。気持ちが変わったのは、先祖から受け継がれていたとされる古い手紙を受け取ってからだ。克哉は驚いた、その手紙は自分が自分に宛てたものだったからだ。それでもにわかには信じがたい。
そして、菊乃が克哉の前に現れた。克哉が高校生のころだった。
菊乃は六歳くらいに見える少女を連れていた。
――この子を預かって欲しい。
名は静香。
引き取られた静香は克哉と分け隔てなく育てられた、つまり、退魔師として仕込まれたのだ。
七歳になった静香は菊乃に引き取られ、再び屋敷に帰っていった。それから数年後、克哉もこの屋敷に来た。
この屋敷にもう?静香?はいない。
「呪いを解く糸口はあるひとが残してくれた」
呪いが解けるとは喜ばしいことではないか。なのに克哉は哀しそうに囁いたのだ。
美花は克哉の瞳を見つめていた。その瞳になにかを感じている。
「あなたの目、美花に似ているわ……いいえ、私にも。そして、お母様も時折そんな目をしている」
「静枝さんか……そうだな、詳しい話を君にするなら、彼女には話をしてもらったほうがいいだろう」
「嫌よ、お母様は狂っているわ。あんなひととまともに話なんてできるわけがないわ!」
「君は静枝さんの目に気づいているのに?」
「…………」
「とにかく行こう」
二人は屋根裏から当主の間に向かった。
しかし、静枝はいなかった。
屋敷の中は完全に静まり返っていたのだった。
作品名:あやかしの棲む家 作家名:秋月あきら(秋月瑛)