あやかしの棲む家
3
克哉は自らの精気を燃やすように、瞳に熱を込めながら語りはじめた。
「未来の話は何度も聞かせたと思う。だがここでいうるりあは、この時代で出逢った鬼だ。鬼と云えば、凶暴で残虐な印象があるが、人間のほうがよっぽど鬼だ」
克哉の顔に浮かんでいたのは怒りだ。
ふと、柔和な顔に戻り、克哉は菊乃に手に漢字を書いた。
「瑠璃亜と書く。名前も美しかったが、その容姿は絶世の美女だった。だが、俺が瑠璃亜を初めて見たときは、見るに堪えない無残な姿だった」
また克哉の顔は怒りに染まっていた。
「人間の仕業だ。欲に駆られた人間どもが瑠璃亜に酷い仕打ちを繰り返していたんだ。相手が鬼だからというわけじゃない。もっとほかに理由があったんだ。順を追って話していこう」
怒りを静めるように克哉は呼吸を整え、再び口を開きはじめた。
「この地には元々鬼が棲んでいた。本物の鬼たちだ。彼らはこの時代の人間たちが及ばない高度な技術と、人間を鬼に変えるほどの財宝を持っていた。
あるとき、その噂を嗅ぎつけた男たちが鬼の財宝を奪おうと考えた。男たちはなにも知らない若い娘に毒入りの酒を持たせ、鬼の里に放り込んだんだ。鬼たちは高度な技術力を持ってはいるが、欲望には忠実で酒や若い人間の娘が好きだったらしい。娘がどうなったのかわからないが、想像はつく。
そして、遅効性の毒だったため、気づいたときにはもう遅い。毒入りの酒を飲んだ鬼たちは次々と死んでいった。中には男たちに命乞いをした鬼もいたそうだ。そんな鬼は男たちの中に術に長けている者がいて、そいつに魂を囚われて使役されることになった。この屋敷もそんな鬼につくらせたものらしい」
ここまでは、克哉も瑠璃亜も登場していない。
「瑠璃亜は仲間の鬼たちが殺されたとき、里にいなかったらしい。帰ってきたところを支配者になっていた男たちに捕らえられた。そのころ、瑠璃亜はまだ幼い少女だった。
はじめは男たちは瑠璃亜を殺そうと考えたらしい。だがすぐにその考えは変わった。怯えた瑠璃亜の流した涙が、世にも美しい宝石だったからだ。
それからだ、瑠璃亜はありとあらゆる拷問、辱めで枯れても枯れても涙を流すように強要された。男たちは下卑た笑いを浮かべながら、事細かく俺に話してくれたよ。はっきり言って吐き気がした。それが人間のすることかと思った。俺がこの時代に飛ばされてたときも、それは行われていたが、俺はその場には立ち会わせてもらえなかったし、俺にその気もなかった。ああ、少し話が飛んだな。
俺は未来からこの時代のこの場所に飛ばされてきた。はじめはなにがなんだかわからなかった。ここが過去で、しかも未来と同じ土地と屋敷だと気づいたのはしばらくしてからだ。
まず俺は男たちに捕まった。男たちは俺を殺す気でいた、当然だ。恥ずかしい話だが、顔がぐしゃぐしゃになるくらい泣きじゃくって命乞いをしたんだ。奴らは笑ってたよ。それでどうにか下僕として、奴らの元に置いてもらえるようになった。瑠璃亜の世話も俺がすることになった。大事な金づるだが俺に任せたのは、生かさず殺さず、世話をするのがずっと面倒だったんだろうな。
それから俺と瑠璃亜は……その辺りは割愛させてくれ、気恥ずかしい話だ」
菊乃の視線が少し鋭かった。
はっとして克哉は気づいたようだ。
「……すまない」
「なぜ謝るのですか?」
「いや、それは……」
言葉に詰まる克哉。
菊乃は無愛想にすましている。
「わかっております。わたくしがどんなに克哉様をお慕いしようと、奥様には敵わないことなどわかっておりますから、それでも良いのです」
「怒るなよ」
「怒ってなどおりません」
「なあ、俺と菊乃がはじめて出会ったときのことを覚えているか? 呉服問屋に奉公していた菊乃は、あの家の娘よりもはっきり言って美人だった」
「褒められても辛いだけでございます。克哉様に褒められても……」
「話を戻そう」
克哉は菊乃から視線を逸らしながらまた語りはじめた。
「瑠璃亜を逃がしてやりたい。そして、沸々と沸き上がる奴らへの怒り。俺は奴らを殺した。毒殺だ、奴らが鬼たちを殺した方法と同じ方法で奴らを殺した。殺すだけでは気が収まらず、鬼の道具にちょうどいい物があって、それを使って奴らの魂を捕らえて屋敷の各部屋に閉じ込めてやった。
魂を封じ込める際、奴らと一つの契約を交わした。鬼の道具を使うにはそうしなければいけなかったんだ。それが奴らを使役して、ある程度仕事をさせたら魂を開放して成仏させるというものだ。そのあたりの話はもう十分話していると思う」
「屋敷に閉じ込められている鬼は、元は人間だったのでございますか」
「俺が殺した……な。俺はこの地に留まって奴らをどうにかする義務がある。そして、もうひとつ解決するべきことがある」
克哉はゆっくりと眼を閉じた。
そうしていると、まるで死んだように見える。
思わず菊乃が声をかける。
「克哉様」
「……すまない」
「なぜ謝るのですか?」
「菊乃に多くのことを背負わせてしまって」
「わたくしは己の意思でお慕いする克哉様に仕えております」
「その好意を利用することで、心が痛み葛藤を引き起こす。まだ頼み事がいくつもあるんだ」
「なんでもおっしゃってください」
なんでもという言葉に偽りはないだろう。だからこそ、克哉は菊乃を頼り、頼ることに負い目を感じる。
「美咲と美花は死産だった」
「……そんなはずは、だったら」
「瑠璃亜が自分の命と引き替えに双子を生かしたんだ。美咲と美花が急速に生長してくのは、そのせいだと思う。これは確証のないことだが、もしかしたら娘たちは10歳で死ぬかもしれない。未来でも……おそらくそのせいだろう、瑠璃亜の命一つでは足りなかったんだ。問題はなぜこれから先、双子の姉妹だけが生まれ、娘たちと同じように急速に生長していくのか。そして、いつのごろから変なしきたりができて、姉妹で殺し合うなんてことが……」
克哉の脳裏になにかが浮かんだ。
霞の向うに人影が見える。
背筋の曲がった老人の風体。顔には能楽の翁面。怪しげな者が脳裏に浮かんだ。
「なんで今まで忘れてたんだ、忘れようにも忘れられないことなのに」
「どうかなさいましたか?」
「ああ、思い出したんだ。娘たちが死産になってすぐ、夢枕に奇妙な老人が立った。娘たちを蘇らせてやると。その夢は俺だけではなく瑠璃亜も見ていた。ただの夢ではなかった。現に娘たちは蘇ったのだから。俺は反対したんだ、悲しいことだったが瑠璃亜の命を使ってまで娘たちを蘇らせることを。だが瑠璃亜は老人の言うまま……あのとき、老人となにか約束をしたような気がするんだが、思い出せない。もしかして、それが未来に渡る呪いの原因なのか?」
克哉は頭を抱えた。
そして、ベッドからふらつきながら起き上がった。
すぐに菊乃が克哉の躰を支える。
「なにをなさるおつもりで?」
「俺が死んだら、俺の先祖を捜して渡して欲しい手紙がある。前々から書いてあったものだが、少し内容を書き換える必要が出てきた。
一通は先祖に直接渡して欲しい。これから起こる歴史的なことや、投資話なんかが書いてある。それで俺のことを信用してもらえると思う。
作品名:あやかしの棲む家 作家名:秋月あきら(秋月瑛)