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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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 慶子は息を呑んで目を丸くした。
「まあ、どこから入っていらしたの?」
「ちょっと緊急だったもんですみませんね」
 克哉はわざとらしく頭を掻いた。
「急用ですの?」
「そうなんで直球でお伺いしますが、姉妹にるりあを喰えば助かると吹き込んだのはあなたでしょう?」
「あたくしはただ研究の成果を教えただけで、吹き込むという言葉は悪意を感じますわ」
「研究の成果とおっしゃいましたが、証拠や根拠はおありで?」
 問い詰める克哉。
 本を閉じた慶子は眼鏡を直した。
「あの子は鬼ですわ」
「るりあですか?」
「ほかにいます?」
「あの子はこの屋敷でもっとも鬼らしくないと思いますがね」
「おほほほ、おもしろいことをおっしゃいますのね」
 慶子は破顔した。
 そして、慶子は妖しい笑顔で克哉を眼鏡の奥から見つめた。
「あなたは鬼をどのようなモノとお考えですの?」
「禍[わざわい]、疫病、見えざる力、死んだ人間、霊魂がそうなら、生き返った動物もすべて鬼ということになりますかね」
「あなたご職業はなんですの?」
「ただのルポライターですよ。名刺は切らせちまってるんで勘弁を」
 二人とも柔和な顔をしているが、眼の奥は少しも笑っていない。
 慶子は話の続きをする。
「鬼を喰らうのはあくまで緊急処置に過ぎませんわ。鬼の妖力を得ることによって、呪いを騙すとでも言うのでしょうか」
「つまり、美花ちゃんたちが衰えていくのは、なにかが欠けているからだと? それを補うために本来は姉妹を喰らわなければならない。しかし、今回はるりあでそれを代行しようとしていると?」
「それで足りなければ静枝さんを。もしかしたら、静枝さんを二人で分けるだけでも、平気かもしれませんわ。ただこればかりはやってみなくては、わからないのですの」
「仮説を実験で立証するわけですか。無駄死にもありえると?」
「一つの生命を生かしているのは、多くの死ですのよ。今朝の朝食には卵がありましたわね。姉妹二人の命を長らえさせるのに、一人か二人の死でいいのなら、安いと思いますわ」
 食物連鎖と死の尊厳。
 克哉は冷たい汗を拳で握った。
「あなたも信じてるんですか、美花ちゃんや美咲お嬢様が、このままなにもしなければ数年で死ぬって」
「さあ、それは立証されてませんもの。過去にそれをやったという記録は、残念ながらこの屋敷には残っておりませんでしたわ」
 そして、慶子は妖しく笑って話を続ける。
「もしかしたら、急速な老いも七歳から八歳ごろになると、自然と回復するのかもしれませんわ。姉妹で殺し合って、血肉を喰らう行為は無意味。時期的な偶然が重なり合っていると言うことも考えられますわ」
「もしもそうなら、馬鹿げた迷信に振り回されていることになりますね」
「ええ、本当に哀れな一族ですわ」
「本当なら」
「ええ、本当なら」
 ただただ残酷だ。すべてが無意味なら、なんと残酷なことをしてきたのか。取り返しのつかぬ過ちだ。
 慶子はこの上なく妖しく微笑んでいた。
「しかし、双子の女児が代々生まれ、老いが常人よりも早い怪異は事実。姉妹の肉を喰らわなくても平気という証拠もありませんのよ」
 克哉はだんだん苛立ちはじめていた。
「女先生、呪いを解明しに来たんでしょう? なんでもかんでも証拠や確証がないって言うんですか?」
「いくら理屈をこねても、実験をしなくては立証できませんの。そして、実験が行われた結果、一族の血脈が途絶えても、やり直しはできませんのよ?」
「その通りですよ、女先生。だからるりあの命も奪わせるわけにはいかないんですよ。たびたび女先生は屋敷の外に出られているそうですが、どうやって出てるか教えてくれませんかね?」
「あの子を外に連れ出すつもりですの?」
 話の流れからしてそうと思われるの当然。実際そうなのだから。
「俺としたことが感情的になっていたようで、るりあの話から切り出しちまいましたけど、そうですよ、るりあを外に連れ出して逃がします」
「あたくしが協力するとお思いですの?」
「それは難しいところですね。るりあを喰えと吹き込んだのはあなたですし」
「難しいとわかっていて聞きに来るなんて、図々しいのか、切羽詰まっていらっしゃるのかしら。あたくしの口から言えるのは、そんな方法など存在していないということ」
 言葉の真意は?
 克哉は問い詰める。
「外に出る方法は、重要な秘密なのはわかってますよ。あなたがうそをつくのも当然です。が、俺は一つの方法を知ってるんですよ」
「ならその方法をお試しになられて」
「別の方法を探してるんです」
「別の方法なんてありませんわ」
 急に慶子は克哉に背を向けた。
 克哉は慶子に手を延ばす。
「まだ話は終わって!」
「この家の氏[うじ]は鬼?」
 慶子は克哉を無視して勝手に話をはじめてしまった。
「鬼?とはつまり、平たく言えば鬼の死体安置所ですの。代々この家が鬼を使役しているのはご存じかしら?」
「さあ、知りませんね」
「うふふ」
 なぜか慶子は笑った。
 そして、また唐突に別の話をはじめる。
「洋燈[ランプ]の魔神をご存じ?」
「大抵の場合は、罪を犯した魔神がランプに閉じ込められ、次々と変わる所有者の願い事を規定数叶えないと、自由の身になれないってあれですかね」
「あなたが言う通り、死んだ人間が鬼なら、鬼?に鬼は増える一方ですわね」
「さっきからあなたはなにが言いたいんですかい?」
「かえるべき場所があるのなら、そこにかえさないと鬼は増える一方と言っておりますの」
 二人が話していると、部屋の扉が大きな音を立てた。扉を叩くというより、激しく殴っているようだった。
 扉の向こうから声が聞こえる。
「大変です! 静枝さまが静枝さまが!」
 瑶子の声だ。
 落ち着いた物腰で慶子は歩き扉を開けた。
 部屋に飛び込んで来た瑶子が慶子にぶつかった。だが、謝罪の言葉はなかった。
「静枝さまが……ッ!?」
 眼を剥いた瑶子が口から血の泡を吐いた。
 ゆっくりと倒れた瑶子。
 その背後には血のついた包丁を握る少女が立っていた。
 慶子は平然と――いや、この場合は平然ではなく冷酷といえるだろう。表情ひとつ崩さず狂気に染まる少女を見据えていた。
「どうしかしましたの、美咲さん?」
「美花は? るりあもいないわ」
「いっしょに探しましょうか? でもその前に、お口は綺麗に拭いたほうが良いですわ」
 言われて少女は真っ赤な口を袖で拭った。

「さらに不味いことになったらしい」
 克哉は屋根裏でるりあに耳打ちした。
 屋根越しの足下には、まだ慶子と美咲がいる。二人が目を離した隙を突いて克哉は屋根裏に戻ってきたのだ。
「ここも時間の問題だ。急いで逃げるぞ」
 克哉はるりあを背負おうとしたが、それを拒否してるりあは先に進んだ。
 屋根裏を降りて、美咲と出くわさないように、廊下を急ぐ。
「こっちだ」
 と、克哉はるりあを誘導しながら走った。
 二人は屋敷を出た。
 向かったのは屋敷の脇に停めてあった克哉の車だ。
 るりあは克哉によって助手席に押し込まれた。
「いや!」