あやかしの棲む家
先に痺れを切らせたのは克哉だ。
「敵じゃあないって言っても、はいそうですか、なんていうのはお人好しのすることだ。でも問題は証明する術がないってことなんだよ。とりあえず俺の言えることは、ずいぶん昔に死んだ野郎の遺言で、死んでもお前を守れって言われてるんだよ、しかもお前も死ぬなだとよ。矛盾してるだろ言ってることが。遺言は遺言なんだが、俺がお前を命張ってまで守ってやる義理はないってのは先に言っておくぞ。でもなるべく助ける」
語尾を強めて一気に言い切った。
るりあはまだ克哉を睨んで離さない。
構わず克哉は歩いた。
るりあは目で追ったが、それ以上の行動をすることはなかった。克哉がなにをするのか最後まで見守った。
椅子に腰掛けた克哉は、顎をベッドに向けてしゃくった。
「お前はそこに座れ、短剣もお前が持ってていいぞ」
言われたとおり、るりあは埃立つベッドに座った。だが、短剣は手にしなかった。
二人はなにも言わず時間が過ぎた。その間、克哉はるりあから目を離して、床を見たり天井を仰いだりしていた。
しばらくして、再び克哉はるりあに顔を向けた。
「まず、お前が狙われた理由からだな。美花ちゃんから聞いたんだが、姉妹の片方を喰らわずに助かる方法は、母親とお前を喰らえばいいと助言されたそうだ。美花ちゃんは当然それに反対だそうだ、普通はそれが当たり前だよな、外の常識なら。問題は美咲お嬢様のほうだ、あれはやるぞ、母親も殺すかもしれん」
助言をしたのは誰だ?
るりあは黙って聞いていた。
口を挟まないるりあを確認して、克哉はさらに続ける。
「殺される前に美咲お嬢様をやるか?」
「…………」
「お前がうなずいても、それをやらせるわけにはいかない。遺言でな、美花ちゃんと美咲お嬢様も頼むって言われてるんだ。最終的に選ばなきゃいけなくなったら、お前を優先しろとも言われてるんだが、俺は死人が出ることには反対だ。だからこの案は却下だ。別の方法でお前を助ける」
なぜるりあが優先させるのだろうか?
そして、遺言の主はいったい誰か?
少し克哉は黙り込んだ。また床を見たり天井を仰いだりしている。しばらくして、るりあを見て口を開けたが、その口を閉じて再び別の方向を見はじめた。
またしばらくして、克哉はるりあに顔を向けた。真剣な眼差しだ。
「俺はこの屋敷から出る方法を知っている」
さらに言葉を続ける。
「この屋敷の中にも何人かそれを知っている奴がいるはずだ。出られないんじゃない、出ないんだ。そして出さないんだ」
屋敷の敷地を覆う見えない壁というべき何か。かつてその壁を越えた者がいる――美花だ。
克哉は前に美花を預かっていた家の息子だと説明した。
「美花ちゃんがうちに来たのは彼女が三歳のときだ。美花ちゃんの話によれば、姉妹が三歳を迎えたあとの特定の日、その日に限って外に出ることができると説明されたらしい。実際は大嘘なんだがな。この屋敷の住人は、あることをすることによって外に出ることができる。例外も一人だけいるそうだが」
「あいつ姿たまに見えない」
「菊乃だろう?」
るりあは首を振った――横に。
驚いた顔をする克哉。
「違うのか?」
「もうひとり」
「それは知らなかった。もうひとりいるのか?」
「あいつ」
「あいつじゃあ、わからないだろう。それはだれなんだ?」
「女」
「この屋敷は女しかいないだろう」
静枝、美咲、美花、瑶子、菊乃、慶子。
克哉は小さく頷いた。だれかわかったのだろうか?
そして、今度は大きく頷いた。
「この話はあとにしよう。肝心な出る方法なんだが、それは……」
るりあが克哉に飛び掛かった。
「言うな!」
大の大人が押し倒された。天井に響く物音。
克哉は苦しげに顔を歪めた。掴まれた胸が肉ごと持っていかれそうだ。
「離せ、言わないから離せ! これ以上やるとガキでも承知しないぞ!」
怒号が響く。
るりあは克哉を睨みつけながら飛び退いた。
肌着に滲む血。爪の痕だとすぐにわかる。克哉は傷を押さえた。
「お前、知ってるな?」
「…………」
「わかった、この方法はなしだ。そうなると、俺もどうやって外に出るか。さっきの話に戻していいか、もうひとりって誰なんだ? そいつに話を聞けば外に出る方法がわかるかもしれない」
「せんせい」
「先生って呼ばれてるんだな? やっぱりあの女先生か。意外というか、あの先生の情報はほとんどないからな、鍵を握ってるとは……たしか美花ちゃんと美咲お嬢様が話していたな」
運命を抗う術を調べていた静枝が一人では限界を感じ、そこで呼ばれたのが慶子だった。
克哉は手帳を広げてなにかを確認した。
「女先生の部屋はあっちだな。お前も来るか?」
るりあは首を横に振った。
離れにある慶子の部屋を克哉は覗いた。
西洋風の作りになっている部屋で、眼鏡を掛けた慶子が本を読み耽っている。
克哉はるりあに耳打ちをする。
「お前は穴から覗いてろ、俺一人で話を聞いてくる」
天井裏にあるのは覗き穴だけではなかった。天井板が外れ、部屋に侵入できるようになっていたのだ。
克哉はそこから慶子の部屋へと降りた。
作品名:あやかしの棲む家 作家名:秋月あきら(秋月瑛)