あやかしの棲む家
美咲が口を開く。
「手紙は私たちがお母様のお腹にいた頃に書かれたものよ。まだそのときは狂っていなかったのでしょうね。でもお母様は自分が狂うことを予測していたわ。手紙に書いてあったのよ、私たちが生まれてすぐに自分を拘束するように指示をしたと」
「それではわたしたちが原因なのですか!?」
「少なくとも私たちの出生が関わっていることは間違いでしょうね。そして、手紙には正常な振りする可能性もあるから、自分の言葉はすべて疑って掛かりなさいですって。でもその手紙だって本当か怪しいじゃない。だから私はすべてを疑うことにしたわ、それなら間違いないもの」
姉妹が生まれた時に、いったい静枝の身になにが起きたのか?
美咲の口ぶりから、その詳細については触れられていなかったようだ。
自分を見つめる美花に美咲はこう付け加えた。
「美咲以外は」
鏡には心がない。けれど、ひとには心ある。姿形だけを映すなら、鏡にもできること。
美花は不安が拭えていなかった。
「わたしたちはこれからどうしたら?」
「私たちの家系はずっと姉妹で殺し合いをしてきたそうよ。だれも運命に抗[あらが]い逃れることができなかったのね。でも私は違う、絶対にそんな運命なんて受け入れるものですか。一〇になれば死ぬ? それが本当かどうか、今までだれか試したことがあるのかしら? なにが真実なのか、それは私にもまだわからないわ。けど流されるままに死ぬ気はないわ。美咲もよ、私と生き続けるのよ。この先、何十年もずっとずっと一緒よ」
「わたし……生きたい。美咲お姉さまとずっといっしょに」
美花は美咲に抱きついた。
「大丈夫よ美花。お母様は抗ったけど負けてしまった。けれど手紙を残してくれたわ。書かれていたことが事実とは限らないけれど、もう一人に聞けば道が開けるかもしれないわ」
「もうひとり?」
美花は顔を上げ、潤んだ瞳を美咲に向けた。
「そうよ、お母様は運命に抗い、そのために多くのことを調べていたい。けれど一人では限界だあったのね。そこで呼ばれたのが慶子先生だったのよ」
「慶子先生が? だって慶子先生はわたしたちの家庭教師として呼ばれたはずでは?」
「それは表向き。夕食のあと、慶子先生の部屋を尋ねて問い質してみるわ。美花も来るでしょう?」
「はい」
るりあが顔を上げると、克哉は階段に向かって歩き出していた。
こっちに来いと克哉が手で合図してきた。
るりあは克哉と共に屋根裏を降りた。
戻ってきた廊下に気配はない。
「あんまり姿を晦[くら]ますと不味いからな。まだ静枝さんにも挨拶してないし」
克哉はるりあの頭に手を置いて、軽くぽんぽんと叩いた。
「今見聞きしたことは俺とお前の秘密だぞ」
と、言いながら克哉は懐から出した柘榴をるりあに差し向けた。
るりあは奪うように柘榴を取った。
それを見た克哉は悪ガキのような笑みを浮かべた。
「受け取ったからには約束守れよ。なんたって、それさっき台所でくすねたもんだからな。これで俺とお前は盗みの同罪ってわけだ」
何が気に掛かったのか、るりあは柘榴を克哉に返そうと差し出した。
だが克哉は受け取らなかった。
「だいじょぶだって、盗んだの俺だよ。お前はなにも悪くない、だから受け取っておけよ」
るりあは少し考え込んだようだが、結局受け取ることにしたようだ。
また克哉はるりあの頭を軽く叩いた。
「よしよし、好[い]い児[こ]だ。俺はこれから静枝さんにあいさつしてくるから、またな」
克哉は立ち去った。
るりあは逆方向に走り出す。
足音を立てながら廊下を走り、るりあは台所に戻ってきた。
台所では瑶子が夕食の準備を忙しなくしている。
「るりあちゃん、その格好どうしたんです? 真っ黒ですよ」
瑶子に指摘されてもるりあは気にしていないようだが、その服は埃塗れになっていた。屋根裏にいたせいだろう。
辺りを見回して瑶子は首を傾げた。
「あの方はいっしょじゃないんですか? お茶冷めちゃいますよ」
「冷たい飲みたい言ってた」
「そうでしたっけ? ならいっか」
るりあは台所から駆け出した。
勝手口を飛び出して屋敷の外に出る。
鳥居が見えてきた。
この場所でるりあはこちら側に来た。
特に恐れることもなく、るりあは鳥居をくぐって細道を駆ける。
かつてこの場所で、るりあは美咲に問われたことがある。
それはいったいなんだったか?
答えはすぐそこにある。
るりあは細道を通り祠に足を踏み入れたのだ。
薄暗く冷たい祠。
入り口から奥に行くにつれ、光が失われていく。
るりあは暗い道を進み、突き当たりの手前で止まった。暗い中でも見えているのだ。
この場所には祭壇があった。何が祭られているのか、何の為に祭られているのか、それはわからないが、ここには秘密がある。
石造りの祭壇をるりあは動かした。その下から現れた空間。るりあはその中に手を突っ込み、なにかを取り出すと懐にしまった。
そして、るりあは光に向かって駆け出したのだった。
作品名:あやかしの棲む家 作家名:秋月あきら(秋月瑛)