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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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 驚いた顔をする美花。
 平然としている美咲。
 車椅子に拘束された静枝は沈痛な面持ちだった。
「しかし助かる方法はあるわ」
 その方法を静枝が口にする前に、美咲が口を挟む。
「そんな方法があるなら、なぜ叔母様はこの世にいないの?」
「その方法のために妹の静香は死んだのよ」
 かつて静枝も美咲と美花のように双子の姉妹だった。
 しかし、生き残っているのは……。
「ひとりしか生き残れないのよ」
 重く静枝は口にした。
 美咲は衝撃を隠せない。
「どうしてですか!」
「わたくしの言うことをしかと聞きなさい。生き残る方法は、双子の片割れを殺し、その肝を喰らわねばならないからなのよ」
「ッ!?」
 静枝の話に美咲は絶句した。
 まったく美咲は表情を崩さなかった。
 静かに静枝は話を続ける。
「かつてわたくしも静香と殺し合いをすることになったわ。思い出したくもない記憶。そして生き残ったのはこのわたくし。急速な老いは実際に止まり、話は本当だったのだと実感したわ」
「そんなことわたしにはできません!」
 正座をしていた美花が急に立ち上がった。我慢ならなかったのだろう。そんな辛い運命、受け入れろというほうが無理だ。
 静枝は頷いた。
「姉妹を殺し、喰らった母を軽蔑する?」
「軽蔑するわ」
 と吐き捨てたのは美咲だった。そしてさらに続けた。
「自分が生き残りたいがためにそうしたなら」
「まかさ美咲さんからそんな言葉を聞くとは思わなかったわ」
 少し静枝は驚いたようだ。そして微笑んでいた。
「過去についてわたくしは何も弁解することはないわ」
 口を閉ざす静枝に美花が身を乗り出した。
「お母様はそんなひとではありません。だってわたし覚えてます、叔母様との思い出を大切にしていることを」
 美花がこの屋敷を出る以前のこと。瞳に映っていた母――静枝との思い出。それは櫛で髪を梳いてくれる母の姿だった。髪を梳きながら母はこんなことを言ったのだ。
 ――この櫛は元々静香の物だったのよ。
 遺品。
 それを手元に残して真に理由はなにか?
 静枝の心の内はわからない。
「事実はどうあれ、わたくしは喰らったのだから。しかし、それは大きな過ちだったわ。なぜなら……」
 急に静枝の目つきが変わった。
 狂気。
 狂気。
 狂気。
 血走った狂った瞳。
 静枝は乱杭歯を剥き出しにして激しく身を乗り出した。
「姉妹の血肉を喰らえば、その先に待っているにはさらなる地獄よ!」
 躰を拘束しているベルトが軋む。
 激しく躰を揺さぶる静枝は車椅子ごと転倒した。
「キャハハハハハハ、殺し合いなさい! さあ殺し合うのよ!」
 静枝に駆け寄ろうとした美花を美咲が手を出して制止させた。
「狂人の発作になんて構う必用ないわ。行きましょう」
「でも……」
「車椅子なら外で待ってる菊乃が直すわ」
 美咲は無理矢理に美咲の腕を引っ張って部屋をあとにした。

 るりあが覗き穴から目を離すと、横で聴診器を使って聞き耳を立てていた克哉が立ち上がった。
 克哉は屋根裏部屋の奥にある椅子や机などを指差して移動を促した。
 埃だらけの椅子に腰掛けた克哉。るりあは前でじっと立っている。
 屋根裏の小窓を開けた克哉は懐から煙草を出して口に咥えた。
「ありゃ完全に狂ってるな。妹と殺し合いをした挙句、その肉を喰らったら嫌でも狂うか」
 火を付けた煙草から煙が舞う。
 るりあは嫌そうな顔をして煙を払う。
 意地悪をして克哉は煙をるりあに吹きかけた。
 るりあは逃げ出した。
 屋根裏に響く足音。
 克哉は慌てた。
「おい!」
 あまり声は張れなかった。
 それでもるりあは立ち止まってくれた。いや、克哉の声に反応したのではなく、別の声に反応したのだ。それは天井下から聞こえてくる声。
 るりあは近くにあった覗き穴を覗いた。

 そこは美咲の部屋だった。
 同じ顔を持った少女が二人、向かい合って座っている。
「お母さまの話、どこまで本当なのでしょうか?」
 この口調は美花だ。
「本当だとしたら美花は私を殺す?」
「そんなこと!」
「姿形は同じでも心の内では、私は違うことを思っているかもしれないわよ?」
「まさかっ!」
 美花の瞳に映る美咲。その瞳に映る美花。まるで映し鏡。けれど、鏡は表面しか移さない。
 怯える美花に美咲は妖しく微笑んだ。
 そして!
 伸びる繊手。
 か細い首を絞める少女の小さな手。
「お、お姉さま……みさき……う……」
 美咲によって首を絞められる美花。
 しかし美花は抵抗しなかった。
 すっと首を絞められていた手から力が抜けた。
「げほっ……うっ……」
 咳き込みながら美花は呼吸をした。
 まさか姉に殺され掛けようとは、そんな恐ろしいことが起ころうとは。
 しかし、なぜ美咲は途中で手を緩めたのか?
 美咲は眉をひそめて美花を正面から見つめた。
「どうして抵抗しないの?」
「わたしが美咲お姉さまに手を出すなんて、そんなこと絶対にできません」
「…………」
 美咲は苦しげな表情で目を伏せ視線を逸らした。そして、喉から声を絞り出す。
「私に殺されていいの?」
 しばらくの間が合った。
 真剣な面持ちで美花は美咲から目を離さない。
「それが美咲お姉さまのためになるのなら」
「馬鹿ね、美咲は本当に馬鹿者よ。でも……私は美咲を心から愛しているわ」
「ごめんなさい」
「なぜ謝るの?」
「お姉さまが本当にわたしのことを殺そうとしたのだと、少しでも疑ってしまいました」
「謝るのは私のほうよ」
 二人は沈黙した。
 見つめ合い、言葉を交わす代わりに目を交わす。
 だいぶ時間が流れ、美咲が話を切り出した。
「お母様と叔母様は殺し合いなんてしていないわ」
「姉妹を喰らわなければいけないというのは嘘なのですか?」
「いえ、その点についてはなんとも言わないわ。殺し合いはしなかった――いえ、正確に言えば形だけの殺し合いをしたそうよ。そして、最後はお母様が叔母様を喰らった。叔母様がそう仕向けたのよ、自分が殺されるように、そしてお母様が生き残るように」
「そんな話どこで……」
 驚きながら囁いた美花は、あることに気づいた。
 先ほどの出来事。なぜ美咲はあんな真似をしたのか。心から想う美花を手に掛けようとした理由。
「わたしを殺そうとしたのは……っ!」
「それはもう過ぎた事よ。ただ一つ約束して頂戴」
「なにをですか?」
「美咲は私のために命を落とさないで。私も美咲のために命を落としたりしないから」
「はい」
 美花は深く頷いた。
 そして、美咲は先ほどの問に答える。
「あの話はお母様からの手紙で知ったのよ」
「手紙? なぜ手紙で?」
「お母様がいつから狂ってしまったのか、あのような姿で拘束されるようになったのはいつか、わかる?」
「わたしたちが生まれたときには、お母さまは車椅子に縛られていました」
「でも私たちが生まれて間もない頃は、まだ今ほどは狂っていなかったわ。お母様は年々狂っているのよ、美咲が屋敷を出てからはさらに酷くなったわ」
 いつから静枝は狂いはじめた?
 克哉の言葉を借りるなら――妹と殺し合いをした挙句、その肉を喰らったら嫌でも狂う。
 姉妹殺しのその日に狂ったのか?