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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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「待ってくださいよぉ!」
 廊下を走る瑶子は息を切らせながらるりあを追っていた。
 瑶子のことなど構わずに、るりあは前も見ず駆け回っていた。
 るりあが顔面から何かに飛び込んだ。
 見上げると不機嫌そうな美咲の顔。
「前見て歩きなさいよ!」
 瑶子もるりあも、その姿形は二人が出会ったときから変わっていない。
 しかし、美咲はどうだ?
 その容貌は色艶が出てきて、外見はだいたい一五に行くか行かないかだろうか。まだ少女も色濃く残っていて、妖しい色香を纏っている。
 瑶子は美咲の上等な着物姿を見て感嘆した。
「美咲さま、本当にお似合いです。うっとりしちゃいます」
 この日、はじめて袖を通した着物だ。晴れ姿と言ってもいいだろう。美咲がこんな姿をしているのには理由がある。
 るりあの腕が急に掴まれた。
 掴んだのは菊乃だ。
「瑶子さん、しっかり見張っていてくれなくては困ります。美花様に粗相があってはなりません」
 菊乃は瑶子にるりあを預けて玄関に向かって歩き出す。
 そのあとを美咲も付いていこうとした。だが、菊乃が振り返って美咲の足を止めさせた。
「美咲様は静枝様にお部屋にいるようにと、聞いておりませんでしたか?」
「聞いたわ。お母様の言うことなんて聞く必用なんてないわ。私は一刻も早く美咲に会いたいの、悪い?」
 反抗的な態度が伺える。
 菊乃は瑶子に目を移したが、すぐに美咲に視線を戻した。
「静枝様にご報告してまります。それから美咲様を迎えに正門に向かいます」
 早足で菊乃は姿を消した。
 美咲は玄関に向かう。
 それに付いていこうとしたるりあの腕を瑶子が引っ張った。
「駄目ですってば、今日はおとなしくしてくださいって頼んだじゃないですか」
「やだ」
「そんなこと言わないでくださいよ」
「やだ」
「うぅ〜」
 困ってしまった瑶子。
 るりあは瑶子に掴まれた腕を引っ張って行こうとする。
 しばらくの間、二人はその場を動かず引張りをした。
 ここで綱引きを続けているわけにもいかない。なぜならこの廊下を美咲が通るはずだからだ。なので瑶子は折れることにした。
「ちょっとだけですよ、影からこっそり見るだけですからね?」
 譲歩した瑶子にるりあが向けた顔は、唇を尖らせた不服な態度。
 眉をハの字にして瑶子はほとほと困ってしまった。
「お願いします。今日はご家族の久しぶりの再会なんですから、邪魔をしちゃいけないんです。ご家族の対面が終わったら、それからるりあちゃんも紹介してあげますから、ね?」
「…………」
「あとで柘榴[ざくろ]をいっぱいあげますから、ね?」
「……わかった」
 返事はしたが、まだ唇は尖ったままだ。
「まだここにいたのですか」
 この場に戻ってきた菊乃に言われた。
 瑶子は慌てた。
「大丈夫です、ちゃんとるりあちゃんは大人しくできますから。ねっ、るりあちゃん?」
 同意を求めて瑶子は顔を向けたが、るりあはつんと唇を尖らせている。
 菊乃は静かな瞳で二人を見つめていた。
「言うことを聞かないのなら縄で縛ってください」
「そこまでしなくても」
 弱々しく瑶子は言った。
 隙を突いてるりあは瑶子の手を振り払い、菊乃に向かってあっかんべーをした。
 そして、るりあは逃げた。
 慌てる瑶子。
「ああっ!」
 菊乃の冷たい視線が瑶子に突き刺さる。
「早く追ってください。私はもう行きます」
 足早に菊乃は姿を消してしまった。
 瑶子は頭を抱えて重たい溜息を漏らした。

 逃げ出したるりあだったが、結局は瑶子に掴まってしまった。けれど、縄に縛られることはなかった。そして、影から見るということもできそうだ。
 屋敷の縁側から遠く正面門をるりあは見つめた。
 横にいる瑶子も懸命に目を凝らしている。
「ここからじゃ、あんまり見えませんね」
「よく見える」
「るりあちゃんは目がいいんですね。あたしは動体視力だったらいいんですけど」
 しばらく二人は正面門を見つめていたが、先にるりあが集中力を切らせてしまった。視線があちらこちらに泳ぎ回り、今にも躰が動きそうだ。だが、るりあの服はしっかりと瑶子によって握られている。
 るりあに気を配りながらも、瑶子は集中力を切らさずにじっと正面門を見つめている。
 やがて正面近くにいる美咲や菊乃に動きがあった。この位置からは垣根が邪魔して、屋敷の敷地外の状況を見ることはできないが、美咲たちの動きを見るに何かがやって来たようだ。
「美花さまが帰っていらっしゃったみたいですよ」
 瑶子に声をかけられたるりあが急に駆け出した。
「あっ!」
 急いで止めようとしたが間に合わない。るりあは虚しく伸ばされた瑶子の手の遙か先。
 一直線にるりあは正面門を向かった。
 向かってくるるりあにいち早く気づいた菊乃。
「やはりこうなりましたか」
 予想をしていたようだ。
 菊乃は素早くるりあを捕らえた。
 美咲はるりあなどに目に入っていなかった。
 山を切り開いた道を走ってくる軽自動車はスバル360だ。
 ゆっくりと走ってきたスバル360は、正面門に入る手前で止まった。
 運転席から顔を出した無精髭の克哉。
「どこに止めればいいですかねえ?」
 すぐに菊乃が応じる。
「ここまでで結構でございます」
「そんなこと言わずに、お茶の一杯でも飲ませてくださいよ。もうくたくたで、喉もからからで、美花ちゃんからもなんか言ってやってよ……あっ!」
 克哉の視線の先で美花は車を降りようとしていた。
 逸る気持ち抑えられなかったのだろう。車を降りた美花は一目散に美咲の前に行った。
「お姉さま、お久しぶりです」
「元気そうね美花。あのころとなにも変わっていない、?見慣れた顔?だわ」
 双子の姉妹は瓜二つ。服が違わなければ、まったく見分けが付かないほどだ。
 再会に浸る姉妹の横をスバル360がゆっくりと走る。菊乃が止める間もなかった。
 門をくぐったスバル360は停車して、再び克哉が窓から顔を出した。
「適当に停めさせてもらいますんで」
 断りを入れたが、強引には変わりない。
 ハンドルを握って再び顔を前に向けた克哉が眼を丸くした。
「おおっ、なんだガキか!?」
 フロントガラスにるりあがべったりと顔を付けていたのだ。驚くのは当然だ。
 また克哉が窓から顔を出した。
「どけどけ、どかないと轢[ひ]いちまうぞ」
 注意してもるりあは退こうとしなかった。
 仕方がなく菊乃がるりあを引っ張って捕まえた。そして、深々と頭を下げた。
「申しわけございません。幼い子のしたことでございます。どうか許してあげてくださいませ」
 と、顔を上げた菊乃は遠く縁側にいる瑶子に眼をやった。
 見られた瑶子は度肝を抜かれ固まった。るりあを追いかけて出るか出まいか戸惑っていたのだ。
「許すもなにも気にもしてませんよ。それじゃあ冷たいお茶でも用意していてください」
 そう言い残して克哉は車を走らせて屋敷に向かって行ってしまった。
 姉妹はなにやら話し込んでいたが、どうやら一段落したようで、美花は菊乃とるりあに顔を向けた。
「お久しぶりです菊乃さん。そちらにいる女の子は?」
「るりあ様でございます」
「るりあちゃんと言うのね」