あやかしの棲む家
静かにるりあ繭を見つめ続けている。
ときおり、繭の中で何かが動く。まるで母胎で眠っているようだ。
慶子はこの部屋の鍵をるりあに握らせた。
「差し上げますわ。これでこの部屋はあなたの自由。何をしても構わないけれど、この子たちに万が一のことがあったら、あの子がこの屋敷に帰ってこられなくなりますわ。それはそれで愉しげかもしれませんけれど」
「…………」
るりあは慶子を見つめたまま黙っている。
妖しく微笑んだ慶子はるりあに背を向けた。そして、そのまま無言で部屋を出て行ってしまった。
残されたるりあは部屋を見回し、この部屋をあとにするこにした。
部屋を出て重い扉を閉めると、錠で鍵をかける。
鍵を強く握り締めながら、再びるりあは屋敷の中を駆け出した。
廊下の向こうにいる瑶子と目が合った。
「探しちゃいました」
安心するような顔をする瑶子にるりあは飛び込んだ。
手を握る。
るりあの空いた手に鍵が握られていることに瑶子は気づいた。
「その鍵はどうしたんですか?」
尋ねられたるりあは奪われると思ったのか、恐い顔をして鍵を持った手を遠くに伸ばした。
瑶子は笑った。
「取ったりしませんよ。その大切なものなんですね。るりあちゃんの物なんですか?」
るりあは頷いた。
「そうですか、なら無くさないようにしましょうね。ほら、鍵にひもを通す穴が開いてますから、ひもを通して首からぶらさげることにしましょう。それなら無くしませんよ?」
またるりあは頷いた。
さっそく瑶子はるりあの手を引いて、自らの部屋に案内した。
部屋についてさっそく鍵にひもを通し、るりあの首から提げられた。このときに、裁縫道具を見た瑶子はあることに気づいた。
「まち針で代用できないでしょうか?」
独り言をつぶやいた。きっと虫ピンのことを言っているのだろう。
針刺しを手に持って瑶子はるりあに顔を向けた。
「美咲さまのところに行きますけど、いいですか?」
るりあは頷いた。
二人は再び美咲の部屋に向かった。
しばらく歩き、美咲の部屋まで来た瑶子は声を掛ける。
「美咲さま、失礼いたします」
少し無言で立ったままの瑶子。返事は返ってこなかった。そこで再び声を掛ける。
「美咲さま、いらっしゃいますか?」
しかし、やはり返事はない。
「美咲さま?」
念のためもう一度。だが返事はなかった。
そこで瑶子は静かに部屋の襖を開けることにした。
「美咲さま、いらっしゃいますかぁ?」
部屋の中に顔を伸ばした瑶子。そのまま辺りを見回すが人影はない。どうやら美咲は部屋にいないらしい。
「いないみたいですね」
つぶやいた瑶子の服をるりあが引っ張った。
「知ってる」
短く言ったるりあ。
「知ってる?」
瑶子は聞き返した。
るりあは小さく二度頷いた。
「美咲さまの居場所ですか?」
返事を返さずにるりあは瑶子の手を引いて駆け出した。
廊下を駆け、途中の部屋を素通りして、るりあは瑶子を屋敷の外に連れ出した。
もう空は夕暮れだ。
るりあは本当に美咲の居場所を知っているのだろうか?
どこかを探しているそぶりはない。るりあは迷わず進んでいる。
やがて前方に鳥居が見えてきた。
そして、夕日を浴びる鳥居をくぐる少女の影。
瑶子たちを目をした美咲は不機嫌そうな顔をした。
「あなたたち、こんなところでなにをしているのかしら?」
軽く尋ねたように聞こえない。問い詰めるような声音だ。
すぐさま瑶子が答える。
「美咲さまを探していたんです。これ、虫ピンの代わりになりませんか?」
差し出された針刺しを見た美咲。
「一応もらっていくわ」
「よかった」
安堵して瑶子は笑顔になった。
しかし、美咲はまだ不機嫌そうな顔だ。
「ねえ、瑶子はあの中に入ったことがあるのかしら?」
美咲が祠を見ながら尋ねてきた。
「祠ですか? なんだか恐くて近づくのもちょっと……。中はどうなってるんですか?」
「?入れない?のならそれでいいわ。ただの穴よ、奥はただの行き止まり」
「そうなんですかぁ」
瑶子はそれで納得したようだ。
さらに美咲はるりあに視線を向けた。
「お前は入れるのかしら?」
「…………」
無言のままるりあは美咲は見つめているだけ。
瑶子が口を挟む。
「それがどうかしたんですか?」
美咲は冷ややかに視線を外した。
「あなたたちには関係のないことよ。それよりもこんなところで油を売っている暇はないでしょう、瑶子?」
夕暮れに向かって美咲は顎をしゃくった。
はっとする瑶子。
「す、すみません。夕食の支度をしなきゃ!」
急に慌て出す瑶子は握っていたるりあの手を離した。
「るりあちゃん、これからあたしは夕食の準備をしなきゃいけないんです。だからまたあとでね!」
忙しくなく早口で言って瑶子は屋敷に向かって駆け出した。
美咲も鼻を鳴らしてそっぽを向き、るりあを置いて行ってしまった。
残されたるりあは鳥居の先にある祠を見つめた。
作品名:あやかしの棲む家 作家名:秋月あきら(秋月瑛)