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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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「お入りなさい」
 静枝の声に導かれ、るりあは瑶子と共に部屋に足を踏み入れた。
 床の間の中心に静枝はいた――車椅子に拘束され。
 車椅子に座る静枝はベルトで肯定され、首から下の一切の自由を奪われていた。不自由な躰は安定感に掛け、車椅子から落ちないように躰を固定することはあるが、これは違う。ベルトの数は何本にも及び、肉に食い込むほどきつく固定されているのだ。
 静枝の傍らには菊乃が立っていた。このような状況だ、誰か傍についていなければ、静枝はなにをすることもできないだろう。
 静枝はるりあを見るなり話を切り出した。
「慶子さんからすでに聞いているわ」
 その瞳はるりあよりも鋭い。
 負けじとるりあは静枝を睨み返すが、小さな躰は瑶子の後ろに隠れてしまっている。
 意にも介さず静枝は話を続ける。
「自由になさい」
「はい?」
 と、瑶子は首を傾げてしまった。
 静枝は言葉を紡ぐ。
「その子はこの屋敷で自由にすればいいわ。ただし、面倒は瑶子が見てあげなさい」
「は、はい。ですが、それでは家事や静枝さまのお世話が至らなくなりそうで……」
「手が回らなくなった分は菊乃が負担すればいいわ。常にその子の面倒を見ろと言っているのではないのよ。必用最低限の世話をすればいいわ。貴女もあまり構われたくないでしょう?」
 目を向けられたるりあは、さらに瑶子の後ろへと隠れた。
 話はこれ以上なかった。静枝もるりあを深く追求することなかった。
 菊乃に虫ピンの件を伝え終えた瑶子と共に、るりあは静枝を睨み続けながら部屋をあとにした。
 廊下に出ると瑶子が声を掛けてきた。
「これからまた美咲さまのところに行きますけど、るりあちゃんはどうします?」
 尋ねられたるりあは首を横に振った。
 しかし、るりあは瑶子の手を握ったままだ。
「困りました」
 瑶子がつぶやくと、背後から気配がした。
「あたくしが見ていてあげましょうか?」
 るりあは素早く瑶子の背に隠れた。
 現れたのは慶子だった。
「嫌われているのかしら?」
 慶子は微笑んだ。
 るりあが瑶子の顔を見上げた。
「よーこといっしょにいく」
「これから美咲さまのところに行きますよ?」
「いっしょにいく」
「だそうです」
 と瑶子は慶子に顔を向けた。
「その子がそう言うなら仕方ありませんわね。あたくしに出来ることがあったら、いつでも声をかけてくれて宜しいのですのよ」
「ありがとうございます。では失礼します」
 頭を下げて瑶子が歩き出すよりも早く、るりあが手を引いて歩き出した。
 手を引かれ、少しつまずきそうになりながら瑶子は歩き出す。
 二人は廊下を進み、再び美咲の部屋の近くまでやって来た。そこで瑶子は足を止めた。
「美咲さまのお部屋のお隣の部屋が美花さまのお部屋です。今はもう使われていないんですけど、ずっとそのままにしてあるんですよ」
 瑶子の話にるりあからの相づちもなにもなかった。
 再び少し歩き出し、隣の美咲の部屋までやって来た。
「美咲さま、失礼いたします」
 瑶子が部屋の中に声をかけると、急に襖が開いた。
「遅いじゃない!」
 いきなり美咲が凄い剣幕で出てきた。
 静枝のところにいくと伝えてあったし、美咲自身があとでもいいと言ったにもかかわらず、理不尽な怒りである。けれど、瑶子は反論せずにすぐさま頭を下げた。
「申しわけございません」
「虫ピンはちゃんと持ってきたのでしょうね?」
「それが、菊乃さんにも聞いたんですけど、もうないとのことなので、来月分の定期便で注文しておくそうです」
「それでは遅いのよ、今すぐ買い出しに行くように菊乃に言いなさい!」
 瑶子の鼻先で襖が音を立てて閉められた。言いたいことだけ言って、美咲は自室に閉じこもってしまった。
 溜息をついた瑶子をるりあを見つめた。
 自分を見つめる視線に気づいた瑶子は笑顔をつくった。
「今から菊乃さんに会いに、静枝さまのところに行かなくてはいけなくなりました」
 るりあは瑶子から手を離した。行きたくないという意思表示か?
 瑶子は膝を曲げてるりあと同じ視線に立った。
「ひとりで遊ぶなら良い子していてくださいね。無闇に物を壊さない、いたずらはしない、それから赤い札の貼ってある部屋は……あっ!」
 瑶子が話し終わる前にるりあは駆け出した。
 特に追ってくる気配はなかったが、瑶子はるりあの背が見えなくなるまで見つめていた。
 廊下を走っていたるりあの足が止まった。そこは赤い札の貼られている部屋の前。
 るりあの視線は部屋の奥を見透しているようだった。
 物音が聞こえた。部屋の奥からだ。風の悪戯だろうか――窓が開いていればの話だが。
「どんな悪さした?」
 るりあは言った。
 誰に尋ねているのか?
 るりあの顔は閉ざされた襖に向けられたまま。
 強い衝撃を受けたように激しく揺れる襖。まるでそれは?何か?が怒り狂っているようだ。
 るりあはその場から駆け出した。
 屋敷中が揺れる。
 廊下をるりあが駆け抜け赤い札の部屋を通り過ぎようとすると、屋敷が激しく揺れるのだ。
 立ち止まったるりあが叫ぶ。
「うるさい!」
 静まり返る屋敷。
 るりあは再び駆け出した。屋敷に響くのはるりあの足音のみ。
 屋敷はところどころ色が違った。
 色というのは視覚的な意味でもそうだが、建築の雰囲気も違うようだった。
 廊下の床板の色が変わる。それは増築の跡だった。
 るりあがここまで来る間にも、いくつか色が変わっていた。
 少しまた進むと、また床の色が変わった。
 先に続いている長い廊下。
 突き当たりまで走ったるりあの目の前には、木製の扉が現れた。ノブのある西洋様式だ。
 るりあは急に振り返った。
「あたくしの部屋にようこそ」
 現れた慶子を押し飛ばしてるりあは逃げた。
 背後から突き刺さる視線。慶子の視線。るりあは振り返らず走った。
 また床の色が変わった。
 長い廊下。
 まっすぐと続く廊下の途中に部屋はない。
 その先にあったの頑丈そうな扉。木製だが、縁などは金属板や鋲がつかわれている。錠も金属製だ。
 るりあは扉に耳を押し当てた。
 常人では聞き逃してしまいそうな小さな物音。
 枯れ葉が擦れ合うような音がした。
 がさがさ。
 扉の奥には何があるのか?
 るりあは鍵を持っていない。
 錠を握ったるりあ。
 そこに慶子がやって来た。
「中が見たいのなら鍵を壊さなくとも、あたくしが案内して差し上げますのに」
 今度は慶子を押し飛ばして逃げるようなことはなかった。るりあは慶子を睨みながら、扉の前の道を空けた。
 慶子はどこからか太く長い鍵を取り出し、それを錠の鍵穴に差し込んだ。
 錠が外れるとるりあは重い扉を押した。
 薄暗い室内。
 天井近くの小さな格子窓から光が漏れている。
 入ってきた扉が慶子によって閉められた。
「ここにいるのは、みんなあの子ですのよ」
 蠢くモノたち。
 部屋中に張り巡らされた白い糸。
 いくつもの巨大な繭の中で何かが蠢いている。
 繭に触れようとしたるりあの腕を慶子が掴んで止めた。
「駄目ですのよ。この状態のあの子は、とてもデリケート……いえ、虚弱ですの」
 慶子は途中で言葉を言い直した。