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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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「今朝届いたばかりの果物もありますよ?」
 食べ物で釣ろうとする瑶子。
「それとも野菜にしますか? 新鮮なお肉もありますよ」
 少女の唇が微かに動く。
「……み……」
 よく聞き取れない。
 瑶子は少女の唇に耳を傾けた。
「もう一度お願いします」
「……み……ず」
「みず……お水ですか?」
 尋ねる瑶子に少女は頷いて見せた。
 嬉しい気分を現すように瑶子は満面の笑みを浮かべた。
「喉が渇いているんですね。井戸ならすぐそこです、一緒に行きましょう」
 瑶子は少女の手を差し伸べた。
 しかし、手を繋ぐことは無視された。
 寂しそうな顔をしながら、瑶子は前を歩きはじめた。後ろからは少女が子鴨のようについてくる。
 井戸はすぐに見えてきた。すると少女は瑶子を追い抜いて駆け出した。
「あっ」
 小さく漏らしながら瑶子が手を前に出すが、少女は止まらず井戸まで駆けた。
 井戸についた少女はすぐさま滑車を回して水を汲んだ。
 地下深い水面から桶で運ばれてきた冷水を、被るようにして少女は飲んだ。口の端から溢れ、全身に掛かるが気にしていないようだ。よっぽど喉が渇いていたのだろう。
 喉を潤した少女は瑶子に顔を向けた。
「るりあ」
 短く呟いた。
 首を傾げる瑶子。
「るり……あ?」
 少女は頷いた。その瞳は依然として鋭さを持っているが、恐ろしいという感じはしない。瑶子に対する敵意はないが、まだ常に周りを警戒しているようだった。
 瑶子も頷いた。
「それがお名前ですか?」
「…………」
「ああっ、また黙らないでくださいよ。るりあちゃんでいいんですよね?」
「…………」
「ええっと、あたしの名前は瑶子です。今からるりあちゃんとあたしはお友達です。だから仲良くしましょう?」
 少女は難しい顔をした。なにを考えているのだろう?
 しばらくして、少女は握った拳を瑶子に向け、小指だけを立てた。その仕草と言えば。
 同じように瑶子も小指を立てた拳を出して、少女の小指と自らの小指を絡めた。
「指切りげんまん、うそをついたら閻魔様[えんまさま]に舌をぬ〜かれる」
「やだやだ、舌を抜かれたら餓鬼道くらい辛い」
 閻魔の裁きによって下る六道[りくどう]のひとつ餓鬼道[がきどう]。罪人が常に飢えと渇きに苦しめられる場所。
「指切った」
 強引に瑶子は指を切った。
 少しるりあは怯えているようだ。
 瑶子は笑顔を送った。
「これで絶対にお友達です。仲良くしなきゃ駄目ですよ?」
「……うぅ」
 るりあは弱った声を漏らした。
 このとき、るりあからはあの鋭さが消えていた。そこにいるのは幼い少女。警戒もいつの間にか解けたようだ。
 るりあの手が瑶子によって握られた。振り払うことはしなかった。手を繋いで歩き出す二人。
「傷の手当てしましょうね」
「平気」
「え? あっ本当だ。もう治っちゃってますね、良かった」
 滲んだ血の痕は残っていたが、傷痕は残っていない。人とは思えぬ治癒力だった。
 一目見ただけでは人と変わらぬが、すぐに角に気づくだろう。その角も動物のそれとは違い、瘤[こぶ]と言われれば瘤とも言える。ただ、二本はあまりにも綺麗に生えそろっている。
 そして、るりあいったいどこからやって来たのか?
 謎多き少女だが、瑶子はあまり気にしていないようだ。
「なにか食べます? それとも……そうだ、まずは静枝さまにご報告したほうがいいですよね。静枝さまはこの屋敷で一番偉い方です」
「釈迦よりもか?」
「お釈迦様はこのお屋敷には住んでおられませんから、お屋敷で一番は静枝さまです。あたしは屋敷でお仕事をさせてもらっていて、静枝さまの身の回りのお世話をさせていただいています」
 歩きながらしゃべり、二人は勝手口から屋敷に入った。
 台所の土間でポンプから水を汲み、履き物を履いていなかったるりあの素足を濯いだ。
 草履を脱いだ瑶子はるりあと共に床に上がった。
 冷たい廊下。
 屋敷の中は静まり返っていた。
 そこに響いた大きな声。
「だれか! 早くだれか来て頂戴!」
 幼い少女の声だ。
 瑶子はるりあの手を引いて早足で歩いた。
 開いた襖[ふすま]から廊下に顔を出しているのは、美咲だ。歳は五つだが、見た目は十[とお]ほどに見える。
 駆け寄ってきた瑶子と美咲は目が合った。だが、目はすぐにるりあに引かれた。
「だれその子?」
 不機嫌そうな声音だ。
「るりあちゃんです。さっきお友達になりました。それでご用はなんですか?」
 瑶子は尋ねた。
「虫ピンを切らしてしまったの。新しいのなかったかしら?」
「う〜ん、探してみないとわかりません。でも今はるりあちゃんを静枝さまのところへ連れていかなきゃいけないので、あとでよろしいですか?」
「あとでもいいから急いで」
 無愛想に言うと、美咲は自室に入って襖を閉めてしまった。
 閉まった襖に瑶子は声を掛ける。
「菊乃さんにも伝えておきます。それでは失礼いたします」
 軽く頭を下げた瑶子。
 再びるりあは瑶子に連れられ歩き出した。