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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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異界の少女


 それは運命の糸が辿り着いた先。
 結ばれている限り、そこで必ず出逢うのだから。
 彼[か]の面[も]のは呼ばれて此処に来た。
 屋敷の中を案内し終わった瑶子は、次に庭を案内することにした。
 遠くに見えてきた鳥居を指差す瑶子。
「あそこに見える鳥居の先には祠があります」
「どんな祠ですの?」
 と、慶子は尋ねた。
「すみません、鳥居にはあまり近づかないですし、祠にも入ったことがないので、具体的には答えられないんです」
「なら今日は一緒に祠に入ってみましょう。それがいいわ」
「そ、それは……なんだか怖いですし」
「大丈夫よ、一緒に入りましょう」
 慶子は不安そうな瑶子の背中を強引に押した。
 鳥居から続く細道の先で、祠が口を開けている。
 背中を押され、瑶子は鳥居をくぐろうとしていた。
「駄目です、これ以上は……あれっ?」
「どうなさいましたの?」
 慶子は背を押していた手を離した。
 何かを見ている瑶子。
 その何かとは?
「……糸」
 つぶやいた瑶子。
 慶子は瑶子の背で妖しく微笑んでいた。
「どこに糸なんてあるのですの?」
「えっ、見えませんか? 眩しいくらいに輝いている糸があるじゃないですか?」
 その糸に瑶子は手を伸ばした。
 細道のずっとずっと先まで伸びている糸の先。
 糸の先には何がある?
 瑶子は瞳に色を宿さず糸を手繰[たぐ]り寄せた。
 引き寄せようとすると、張り詰められる糸は、その先に何かがある証拠。
 ぐいっと瑶子の躰が逆に引っ張られた。
 向う側からも力が掛かっている。
 糸の先で空間が歪んでいる。
 その先で蠢く塊。
 あの先にいるのはいったい何か?
 慶子がつぶやく。
「まるで芥川龍之介の小説。糸が切れないように、今度こそしっかりと手繰り寄せてあげなさい」
 糸の先に群がる亡者ども。
 まるで地獄から極楽を目指す罪人たち。
 その光景は芥川龍之介の描いた蜘蛛の糸。
 糸の群がる者どもは、老人のような顔をした毛のない猿のような者ども。
 かの小説では、カンダタは己だけが助かろうと、糸にぶら下がり下から群がってきた者を落とそうとした。そして、糸は切れてしまうのだ。
 しかし、ここにカンダタはいない。
 先頭で糸を掴んでいるのは、角の生えた少女。
 少女は他の者を蹴落とすこともせず、ただ黙々と糸にしがみついている。
 不気味なものどもは、少女の服や腕や首、髪までも、掴めるところならばどこでも掴んだ。
 必死なのだ。
 こちら側にこようと必死なのだ。
 そこまで必死にさせる理由は何か?
 こちら側に来たいからか?
 それともあちら側を出たいからか?
 兎にも角にも、必死に藻掻いている。
 髪の毛を引っ張られた少女の顎が上を向く。苦痛の表情をするが、声は出さない。
 瑶子は糸を手繰り寄せ続ける。決して自ら糸の先に近づこうとはしない。境は鳥居。鳥居が隔てる境界線。
 少女の腕が鳥居をくぐり、そこに掴まっていた枯れ木のような手が崩れ落ちるように離れた。
 墜ちていく。
 次々と不気味なものどもが墜ちていく。
 少女の頭や肩が鳥居をくぐると、さらに墜ちた。
 ぼろぼろと剥がれ墜ちていくのだ。
 あと少し、あと少しで少女の足が鳥居をくぐる。
 不気味なものは執念深く少女の足首に爪を立てしがみつく。
 呻くような声が聞こえてきた。
「極楽……極楽……」
 不気味なものが念仏でも唱えるように呻いている。
 慶子は微笑んだ。
「こちら側も地獄ですのよ」
 少女は完全に鳥居をくぐり、最後に残っていた不気味なものもついに墜ちた。
 もう糸はない。
 歪んだ空間もなかった。
 はっとして我に返る瑶子。
 足下には今にも絶えてしまいそうな息づかいの少女。慌てて瑶子は少女を抱きかかえた。
「だいじょうぶですか?」
「…………」
 返事はなく、息も果てそうだが、少女の眼は業火を宿したように、瑶子を睨みつけていた。
 慶子は瑶子の肩越しに少女を覗き込んだ。
「角がありますのね、この子。まるで人を喰らう鬼のよう」
「きゃっ」
 急に少女は瑶子を押し飛ばし、髪の毛を振り乱しながら、駆け出してこの場から逃げてしまった。
 素早い動きでもう少女は影も形も無い。
 唖然とする瑶子。
 慶子が声をかける。
「早く探さなくて宜しいのですの?」
「あっ、はい! 案内の途中ですけど失礼します」
 お辞儀をして瑶子は駆け出した。
 残された慶子も瑶子が消えてしばらくしてから、ゆっくりと歩き出した。
「あたくしの手を煩わせるなんて、瑶子、あなたはなんのために此処にいるのかしら」
 呟いた慶子はなぜか愉しそうな顔をしていた。

 髑髏の丘。
 地面に掘られた大きな穴は、いつしか骨で埋まり、なにかの拍子に頭蓋骨が頂上から転がり落ちるほど、骨が積み上がっていた。
「ここにいたんですか、探しちゃいました」
 後ろから声を掛けられて少女は振り返った。
 立っていたのは瑶子。
「もう逃げないでくださいね。取って喰ったりなんてしませんから」
 冗談なのか、瑶子はにこやかに笑って見せた。
 少女は瑶子を睨んだまま動かない。警戒しているのは間違いない。
 髑髏の丘。角生えた少女。詰め寄る瑶子。
 角生えた少女は異様と言えるが、ここにあるモノたちはさらに異様だった。
 静かに瑶子が近づいてくる。
「だいじょぶですよ、だいじょぶですからねぇ〜」
 近づいてくる瑶子を前にして、少女は左右に目をやり確かめた。
 地面を蹴り上げ、一気に駆け出した少女。
 しかし、腕が掴まれた!
 逃げようとした少女の腕は、瑶子によって強く握り締められていた。
「だいじょぶですから、ね。逃げないでくれますか?」
 少女が己の姿が見えるほど、瑶子の瞳が近くにあった。
 腕を掴まれ、こんな間近まで詰め寄られても、少女はなおも逃げようとした。
 激しく腕を振り解こうとする。何度も何度も振った。思いのほか瑶子の力は強く、まったく振り解けそうになかった。
 このままでは逃げられないと知るや、少女は己の腕を掴む瑶子の手に噛み付いたのだ。
「痛っ」
 顔をしかめて短く漏らした瑶子。それでも少女の腕を放さなかった。
「だいじょぶですよ。ほら、怒ったりしませんし、あなたに危害を加えたりしませんから、ね?」
 手の甲から滲む鮮血。
 傷を負いながらも瑶子はにっこりと笑っていた。
 緊張の糸が極限まで張り詰める。
 睨む少女。
 微笑む瑶子。
 表情こそ違えど、二人はせめぎ合いた。
 しばらく二人は動かなかった。決して眼を離さず、その瞳の奥から相手の心を探るように。
 そして、勝ったのは瑶子だった。
 少女の全身から無駄な力が抜けるのがわかり、瑶子は腕を解いた。
「お名前は?」
「…………」
 腕を解いても逃げることはなかったが、警戒は解けたわけではないらしい。少女は未だに睨みを効かせている。
「傷の手当てをしてあげます。だから一緒に行きましょう?」
 瑶子の目の前にいる少女は躰中に傷を負っていた。それはあのものたちが付けた傷だ。この少女と共にこちら側へ来ようとしていた不気味なものども。彼らは肉を抉るほど強く少女にしがみついていたのだ。
 少女からの返事はなく、動こうともしない。