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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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 美花は読み終えた手紙を震える手で美咲に返した。
「信じられません」
「何がかしら?」
「全てです」
「それが外の世界で過ごしてきた美花の反応というわけね」
 美咲は艶やかに笑い言葉を続ける。
「私もよ」
「え?」
「美花とは違う意味でしょうけれど」
「どういう意味ですか?」
「何が信じられないか具体的に言ってご覧なさい」
 少し高圧的な言い方だった。
「何よりも母が物の怪だなんてそんなこと」
「私はありえないことではないと思うわ。私が疑っているのはそこでなく、手紙を書いたのが本物の母かどうかという根本的な話。母ではないのなら、誰が書き、私たちに何をさせようとしているのか。ねえ、美花は自分のことを人間だと思っているのかしら?」
「……わたしは」
「外で過ごしてきて、感じることがあったでしょう?」
「人間です」
「嘘ばっかり。そんな自信のなさそうな顔しないで頂戴。私は別に自分が何者であろうと関係ないの。もしも母が物の怪で、その腹から生まれたのが私たちだとしても、何か困ることがあるかしら?」
 生まれてからずっと美咲はこの屋敷で過ごしてきた。
 片や美花は外の世界で過ごし、この屋敷という世界に戻ってきたのだ。
 黙り込む美花。
 美咲は物悲しい顔で美花から視線を逸らした。
「私はこの屋敷での生活が嫌で嫌で堪らないわ。でもこの屋敷でずっと過ごしてきた私よりも、外の世界を知ってしまった美花のほうがずっと不幸だわ。ねえどうして戻ってきてしまったの?」
「お母様から大事な話があると手紙が届きました。とにかく実家に帰ってくるようにと。わたし嬉しかった、だってずっと想像してきたお母さまやお姉さまに初めて会えるのですもの。それがこんなことになるなんて」
 双子の姉妹の殺し合い。
「私も美咲のことを想像していたわ。双子というだけで何も知らないのに、なぜか大切に思っていたわ。きっとお母様のお陰ね」
 美咲の浮かべた笑みは苦笑と艶笑の狭間だった。
「お母さまのお陰?」
 尋ねてきた美花を鋭い視線で美咲は睨んだ。
「教えてあげるわ、お母様になんて言われて来たか。殺せ、殺せ、殺せ、双子の妹が目の前に現れた殺しなさい! 気が狂いそうになるほど、何度も何度も言われ続けてきたわ。私はその度に、洗脳されるどころか、反発心を覚えていったの」
「嘘ですそんなの!」
 あまりの美花の勢いに美咲は息を詰まらせ後退った。
 次の瞬間、美咲は急にどっと笑ったのだ。
「あはははは、なぜか安心してしまったわ」
「えっ、なぜ笑うのですか?」
「気にしないで……うふふ……本当に安心したわ。よかった、本当によかった」
 そして、表情を一変させて美咲は真顔になったのだ。
「何があろうと美花のことは私が守るわ。美花はただひとりの双子の姉妹。私の一部と言ってもいい存在だと確信したわ」
「お姉さま……」
「だから美咲は私のことを信じなさい、何があろうとも、何が起ころうともよ」
 それは?何か?をする宣言とも取れた。
「私はお母様を殺すと決めたわ」
 美咲の衝撃的な発言に美花は言葉を失ったのだった。

 静枝は臨月を迎えたお腹を摩りながら、祠の中で香を焚き、待ち人が姿を見せるのを眺めていた。
 祠にやって来たのは菊乃だった。
「お待たせいたしました。このような場所で、どのようなご用件でございますか?」
「誰にも邪魔されない場所で、あなたと向き合って見たかったのよ。この場所なら大丈夫でしょう、あなたが知っていることをすべて聞かせて頂戴」
「…………」
「黙りね。あなたはわたしが生まれた時にはすでに屋敷にいたわ。それを言うなら、瑶子も同じだけれど、あなたと瑶子は明らかに違う目的で存在していると思うのよ。この屋敷の中でもっとも異質なのはあなただと思っているわ。おそらくあなたは多くの秘密を知っている。にも関わらず、あなたは黙して語らず。でもそれを許すのも今日までよ。もう背に腹を変えられないの。どんな手段を講じようとあなたの口を割らせるわ」
「…………」
 菊乃は黙ったまま。
 静枝はそっと菊乃に近付き、その首に手をゆっくりと伸ばした。
 まったく動じない菊乃。顔色一つ変えない。
 か細い首が静枝の手によって絞められた。
 菊乃の黒瞳に映る女の顔。
「いやっ!」
 静枝は怯えて菊乃から離れた。
 蒼い顔をして脂汗を滲ませた静枝は咳き込んだ。立場が逆の反応だ。
「大丈夫でございますか静枝様?」
「うっふふ……わたしのほうが心配されるなんて。あなたが動じないことはやる前からわかっていたわ。あなたは例え躰をばらばらに切り刻まれようと、絶対に口を割らないでしょう。だからあなたから何か訊くことを諦めていたのよ。でもお願いよ、お願いだから、あなたの知っていることを聞かせて頂戴。生まれてくる娘たちのためなのよ!」
「…………」
 無機質な表情のまま菊乃は何も返さなかった。
「あなたしかもう頼れないのよ!」
 必死さは痛いほど伝わってくる。
 静枝は肩を落とした。
「あなたは何を頑[かたく]なに守っているの。なにが目的なの?」
「わたくしに与えられた使命は、生まれてくる子供たちを見守り続けることでございます」
「双子の姉妹が殺し合いをしようと、見守り続けるだけなのかしら?」
「はい、わたくしは能動的に干渉することができません」
「あなたの行動は制限されているということ? 誰の意思で?」
「…………」
 また黙ってしまった。
 静枝は考えた。
「能動的と言ったわね。とても意味深な言葉だわ。誰かの働きかけがあれば、あなたは行動することが可能ということよね? けれど、私がいくら頼んでも口を割ってくれない。わたしの命令では駄目なのね。あなたにとってわたしは仕える主人ではないということでしょう?」
「わたくしの主人は静枝様でございます」
「でも何でも言うことを聞いてくれるわけはないのでしょう。名ばかりの主人だわ」
 屋敷にいることが当たり前のように菊乃は存在していた。静枝が生まれたときにはすでにいた。いつから菊乃が屋敷にいるのかはわからないが、それはあまりに当たり前すぎる流れの中で、静枝はいつしか菊乃の主人となっていた。
 菊乃はいつ静枝を主人と認めた?
 それは智代が此の世からいなくなってからか?
「わたしはいつからあなたの主人になれたのかしら?」
「此の世に生を受けた瞬間からでございます」
「えっ」
 静枝は驚いて息を呑んだ。彼女が予想していた答えとは違ったのだろう。
「わたしはてっきり母が死んだときだと思っていたわ」
「そのとおりでございます」
「あなたの答えでは矛盾が生じるわ。けれどあなたが嘘をついているとは思えない。……母はいつ死んだの?」
 その質問は静枝にとって認識の崩壊をもたらすものだった。
 この目で見てきた母、自分を育ててくれた母、生まれた時にそこにいた母。菊乃の言葉によって、思い出したように理解してしまったのだ。あれは母ではなかったと。
 静枝は大きな誤解をしていた。
 主人となったのは母の皮を被ったアレが死んだときではなかった。
「先代の智代様は静枝様と静香様をご出産して間もなく、お亡くなりになりました」
 菊乃の答えに静枝は戦慄した。