あやかしの棲む家
「なにが原因で死んだのか言いなさい!」
出産による死亡事故と考えるのが普通だが、この屋敷で起きていたこと――母が母ではなかったことを考えると、そこに因果関係を見いだそうと考えてしまう。
答えない菊乃をさらに静枝は大声で問い詰める。
「あの化け物に殺されたのでしょう! そして母はあの化け物に取って代わられたんだわ!」
「それは断じて違います」
「だってそうでしょう、そうとしか考えられないじゃない! 何が目的なの、あなたもあの化け物の仲間なの!」
「それも断じて違います」
取り乱す静枝と、淡々とする菊乃。
あまりの温度差の違いに静枝も冷静さを取り戻そうと、顔を押さえて瞳を閉じた。
「そうね、わかっているわ。あなたがあの化け物の仲間ではないことは、化け物に殺されそうになった静香を救ってくれたことを考えれば。本当に嫌な世界だわ、なにを信じていいのかわからないわ。仇なす者と当たり前のようにいっしょに暮らしてるなんて。あなたも瑶子も、明確に仇なす者とわかったら殺しているところよ」
静枝は呼吸を置いた。
「話を戻しましょう。母がなぜ死んだのか答えて頂戴」
「自らの意思でございました」
「生んだばかりの我が子を残して死ぬなんてわたしには考えられないわ」
「そうしなければならなかったのでございます」
「なぜ?」
「…………」
「大事なところでは黙ってしまうのね。それは生まれて来た子供に関係することかしら?」
「…………」
「本当に隠そうとするのなら、黙さずに嘘をつけばいいわ。それがあなたにできる最大限の譲歩と受け取ればいいのかしら」
ふっと静枝は静かな笑みを浮かべた。
急に哀しげな表情をした静枝は自らの大きなった腹を擦った。
「わたしが生まれたばかりの我が子を残して死ぬとしたら、それは我が子のためだわ。こんなにお腹が大きくなっているのに、まったく動かないのよ……不思議よね」
「…………」
「生まれてくる娘たちが死産であることと関係があるのかしら?」
「…………」
静枝の衝撃的な発言。表情を崩さない菊乃は、知っていたのかいないのか。
懐から手紙を出した静枝はそれを菊乃に手渡した。
「母がわたしたち姉妹に残した手紙よ。この祠で見つけたわ――?香る枝?の下で」
菊乃は受け取った手紙の中身を確認しはじめた。呼んでいる最中も表情は変わらない。手紙に書かれている内容、果たして菊乃はどこまで知っているのか。
手紙を読み終えた菊乃はそれを静枝に返した。
「ここに書かれているとおり、智代様も出産を不安がり、死産を恐れておりました」
「それで実際に死産だったのかしら?」
「お聞きになられたらどうなさいますか?」
「あなたにしては珍しい返答ね。わたしはそれでも娘たちを生むわ。そして、もしものことがあれば最善の方法を探すでしょう。これで満足なら訊かせて頂戴」
「死産でございました」
静枝は驚くことはなかった。悲しい表情もしなかった。受け入れる覚悟はできていたのだろう。冷静だった。
「生まれてきたわたしたちは死産だったのに、なぜわたしは生きているのかしら。なぜ母は死ななければならかなかったの、なぜ母の化けの皮を被ったモノが現れたの、それらは糸で結ばれるのかしら?」
菊乃は何も答えず静枝は言葉を続ける。
「ここであなたの知る全てを聞き出せれば、呪いは解くことはできるのかしら?」
「残念ながら、静枝様に呪いを解くことはできません」
「断言するのね。できないと言えると言うことは、あなたはやはりいろいろと知っているのね。そして、知っているにもかかわらず、あなたの知ることを聞き出せても解くことができない。それは絶対に呪いは解けないという事かしら?」
「わたくしは解けると信じております」
「でもわたしには無理なのね。だとしたら、誰なら解けるのかしら?」
「わたくしに与えられた使命は、生まれてくる子供たちを見守り続けることでございます」
「あなたの目的が見えてきて良かったわ。ありがとう。もっと早くあなたと向き合えば良かったわ。ここでの暮らしは本当に嫌になるわ、毒されていくことにも気づけなければ良かったのに」
静枝は優しい笑みを菊乃に送った。
菊乃は相変わらずいつもと同じ表情だったが、今の静枝には別人のように映っていた。
「静枝様に呪いを解くことはできませんが、その行動が未来を変えることになるのでございます」
「そんな言葉をもらわなくても、わたしは最期まで抵抗を続けるわ。けれど、わたしに万が一のことがあった場合、頼まれて欲しいことがあるの……うっ!」
静枝の腹が波打ちように揺れた。
地面に落ちた大量の水。
それは静枝の股から垂れ流れてした。
静枝が動こうとすると、再び股から水が――破水だった。
すぐに菊乃が静枝の体を支えた。
「出産の準備をいたします」
「まだよ、話が先よ、絶対に今言わなければ手遅れになるかもしれない!」
「これだけの破水の量、時間はあまりございません」
「わたしに万が一のことがあった場合、娘たちを――」
作品名:あやかしの棲む家 作家名:秋月あきら(秋月瑛)