あやかしの棲む家
「初めて知りました。あと三年なんて、でも……どうして、嘘って言ってください」
「お黙りなさい!」
怒号が轟いた。
眼を丸くした静香は涙を浮かべて声を失った。
静香はじっと口を挟まず動向を伺っている。
どこか狂気を孕んだ柔和な笑みを浮かべて智代は口を開く。
「白々しい嘘はお止めなさい」
――嘘なんて!
叫びそうな顔をしているが静香は声が出ていない。
さらに静香は訝しんだ。
歯車が噛み合っていない。
静枝の疑惑の眼差しは母へ。
この世界を信じずに生きてきた。
もしも信じるものがあるとしたら……。
静枝の視線は妹へ。
そして、母と妹を同じ視界に収めた。
閉めきられた部屋に風が吹いた。
生ぬるい嫌な風だった。
人の皮を被った物の怪がいる。
その物は渦巻く狂気を口から吐くのだ。
「生き残る方法はただひとつ――片割れを殺し、肝を喰らいなさい」
静枝はぞっとした。
すでに静枝は母から聞かされていた。だからここでの話を驚かなかった。しかし、今という瞬間は、恐怖を感じたのだ。
恐怖はどこから来た?
静香も怯えている。その怯えと、今、静枝が感じているものは少し違う。
急に静香が立ち上がった。
「それは静枝を殺すということですか! そんなこと、そんなこと……ましてや……嫌、嫌嫌ーっ!」
部屋を飛び出す静香の背中に智代の怒号が飛ぶ。
「殺すのよ静枝!」
般若の形相をする母を尻目に静香も部屋を飛び出した。
廊下で蹲っている美花の肩を美咲がそっと抱いた。
「できるわけ……」
美花は涙ぐんでいた。
その泣き声は静枝の部屋まで聞こえてきた。
畳に這いつくばり悶える静枝。
「嘘つきめ……静香の真似は止めなさい……なにが美花さんのように外で育てられたから……よ」
静枝はつい先ほど双子の娘に告げたのだ。
――片割れを殺し、肝を喰らいなさい。
過去に母が口にした言葉を自らも口にすることになった。
「残念だったわね静枝。運命には逆らえないと認めて受け入れるの、そうすれば楽になるわ」
苦しんでいた声音が一変して、どこかあざ笑うような声音に変わった。
そして、再び苦しそうな顔をするのだ。
「娘たちには決してわたしたちと同じ運命は辿らせないわ。それが例え寿命を縮めることになったとしても」
片割れの肝を喰らわねば、寿命が尽きる。
呪いの話は嘘か真か。
少なくとも娘たちが通常よりも早く年老いていくのは事実。
そして、静枝も同じだった。
いつから通常の早さで年老いるようになったのか?
それは静枝自身がよく知っている。
では、十で死ぬというのは本当か?
もしもそれが嘘であったら?
老化現象は治まらなくとも、姉妹が殺し合いをせずともよくなるかもしれない。
倍の早さで歳を取るとしたら、よければ四〇年は生きることができるかもしれない。
姉妹二人がそれでもよいというのなら。
だが、静枝は知っていた。
「娘たちには長生きして欲しいわ。それとは裏腹に十で死んで欲しいとも願うわ」
苦悩。
親として、これほどまでに残酷なことがあろうか。
静枝が笑った。
「けれど、それはあの子たちの願いかしら? 死は恐ろしい、恐ろしさはひとを変える。どちらか一方が長生きをしたいと願ったらどうなるかしら?」
苦痛。
「死よりも、死んだのに生かされていることのほうが恐ろしいわ。わたしも、娘たちも、わたしはそれを身を以て知ったわ。すべてはわたし過ちだった」
いったいなにを言っているのか?
「静枝の過ちは運命を受け入れないこと」
すぐに否定する。
「弄ばれるのが運命ならわたしはあらがい続けるわ。早く年老い、姉妹で殺し合い、たとえ姉妹の血肉を喰らっても六年あまりで寿命は尽きる。さらに死しても生かされ、わたしの目の前で娘の運命をも弄ばれる。こんな運命を受け入れろというの!」
六年?
話が違うのではないか?
倍の早さで年老いる運命。
七歳で殺し合った姉妹は片割れの肝を喰らう。
それから六年しか生きられないというのか?
十歳で――三年で死ぬ運命が、六年に伸びる。
三年のために姉妹を殺すのか?
そのことを姉妹は知っているのだろうか?
当時の静枝は知らなかった。
だからこそ静香は……。
静枝の叫び声を聞きつけて菊乃が部屋に入ってきた。
作品名:あやかしの棲む家 作家名:秋月あきら(秋月瑛)