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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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「なぜ、どうして……火事なんて……」
 ――アツイ、アツイ、カラダガモエル。
 また声が聞こえた。
 目の前の火事も気になったが、呼ばれている場所はそこではない。
 瑶子は廊下を掛ける。
 火の手は一つや二つではなかった。屋敷のあちらこちらから火がついている。
 普段は近付かない細い廊下。その先には離れの一つがある。鍵の掛かっている筈の扉が、今は開かれ中が赤く輝いていた。
 すぐさま瑶子は部屋の中に飛び込んだ。
 そこら中から絶叫が聞こえた。
 部屋中に張り巡らされていた糸が火の橋を描いている。
 繭玉が燃えている。
 いくつもある繭玉が燃え、中から黒こげになった何かが這い出してくる。
 それは這って瑶子の足下まで来た。そして、溶けて崩れかけている顔を上げたのだ。
「きゃあぁぁぁぁっ!!」
 瑶子は絶叫をあげた。
 見てしまった。
 醜く崩れた自分そっくりな顔。
 他の繭からも?瑶子?たちが燃えながら這い出してくる。
 業火に焼かれ苦しみ悶える自分と同じ少女たち。
 瑶子は助けることも見ていることもできす、その場から必死に逃げ出した。
 絶叫が木霊する。
 ――イカナイデ、イカナイデ。
 呪詛のように降りかかってくる言葉。頭の中でいつまでも響く。
 なにが起きたのかわからない。
 ただ、屋敷中に火が放たれ、このままでは屋敷が崩れ落ちるだけはわかる。
 瑶子はこの場所からもっとも近かった静枝の部屋に向かった。
 まだ静枝の部屋までは火の手が回っていなかった。
「静枝さま!」
 叫びながら部屋に飛び込んだ。
 そこで待ち受けていたのは瑶子には信じがたい光景であった。
 包丁を握った美咲が怯える静枝の元へにじり寄っている。
 静枝は眼を剥いてわなわなと唇を振るわせている。
「嗚呼、やはりお姉様はわたしのことを……靜香お姉様、お姉様、お姉様ーっ!!」
 静枝は息を呑んだ。
 心臓をひと突きした包丁。
 傷口から垂れてきた血が美咲の手を穢した。
 ぶしゃあああああっ!
 包丁が抜かれると同時に迸った黒い血。
 血に彩られた美咲は振り返った。
「あなたも今すぐ殺してあげる」
「ど、どうして……美咲さまが……」
 後退る瑶子。
 酷く躰が震えた。それは内からの振動。鼓動が激しく脈打っている。
 瑶子は心臓を押さえた。
 熱い。
 打ち震える心臓が熱い。
 呼吸もだんだんと荒くなっていく。
 耐え難い動悸。
 美咲は艶やかに嗤いながら近付いてくる。
「来ないで……くださ……い」
 今、自分を殺そうとしている者への恐怖ではなかった。
 瑶子が恐れていたものは――。
 まるで内側から喰い破られるように、瑶子の躰から毛の生えた八本の脚が飛び出た。
 美咲が飛び掛かってきた。
 しかし、脚の数でも、その長さでも瑶子が優っていた。
 美咲の躰は宙に持ち上げられながら八本の脚で捕らえられていた。
 今の瑶子には人間の二本の手と足が残っている。だが、もうそれらに感覚や機能は残っていない。
 それはまさに脱皮であった。
 瑶子の背が開かれ、中から巨大な大蜘蛛の尻が出た。
 それが元の躰のどこに収まっていたのか、瑶子の躰を遥かに凌ぐ大きさの大蜘蛛が姿を見せた。
 美咲は必死な抵抗を見せた。
「この化け物めっ!」
 振りかざした包丁が大蜘蛛の脚を一本落とした。
 怯むだ大蜘蛛は美咲を解放してしまった。
 すかさず美咲は再び大蜘蛛に飛び掛かろうとした。
 だが、そのときだった!
 燃える小蜘蛛たちの群れ、群れ、群れ。
 全身を赤く燃やした小蜘蛛たちが美咲の躰に群がった。
「ぎゃああぁぁぁぁっ!」
 小蜘蛛と共に炎に呑まれた美咲の断末魔。
 それを聞きつけ部屋に飛び込んできたのは克哉と美花だった。
「出たな大蜘蛛!」
「そんな……お母様、そこで燃えているのはまさか……」
 美花は立ち眩みがして床にへたり込んでしまった。
 短剣を抜いた克哉が大蜘蛛に襲い掛かる。
 糸が吐かれた。
 嗚呼、糸までも燃えている。
 炎を纏った糸が克哉の腕に巻き付いた。
「くっ、こんなやられ方って……」
 克哉を捕らえようとしたのは糸だけではなかった。
 足下から躰に登ってくる燃える小蜘蛛たち。
 大の大人の人影が燃え上がる。
 それは影絵か陽炎か。
 炎による虐殺の終幕。
 生き残った美花はその場から動けない。動かなければ、いつかは火に焼かれる。
 不気味な絶叫が木霊した。
 それは大蜘蛛の叫び。
 大蜘蛛のが背中に激しい衝撃を受けて床に腹をついた。
 噴き出す血が天井を彩る。
 大蜘蛛の背は巨大な刃によって叩き斬られていた。
「美花様さえ生き残れば、因果は続くのです。まだここで糸を断ち切られるわけには!」
 斧を振りかざす菊乃。
 だが、まるで刃のように鋭い大蜘蛛の脚が菊乃の胴を貫いた。
 菊乃は表情ひとつ変えなかった。
 そのまま斧は大蜘蛛の脳天を割った。
 大蜘蛛は息絶えた。斧が脳に達した刹那だった。
 菊乃の胴には脚が突き刺さったまま。どうにか抜こうとするが、引っかかって抜けない。
 火の手は広がり続けている。
 手を伸ばして菊乃は斧を握った。そして、胴に刺さる大蜘蛛の脚を切断した。
 そして、すぐさま美花に掛けようとしたときだった。
「美花様!」
 焼け落ちた天井が美花を押しつぶした。
 菊乃の瞳の奥で赤い炎がゆらゆらと揺れている。
 もう助からないかもしれない。瓦礫の衝撃、身を焼く炎、そうだとしても菊乃は美花を助けようとした。
 炎の中に手を突っ込み、瓦礫を退かして放り投げる。
「美花様、美花様!」
 瓦礫の隙間から美花の顔を見えた。
 ここまで来て菊乃は思わず手を止めてしまった。
 美花の顔半分を覆う火傷――それはまるで静枝の生き写し。
 動きを止めた一瞬が命取りになった。
 再び崩れ落ちてきた炎に包まれた瓦礫。
 菊乃までも潰され炎の餌食となった。
 それでもなお、微かな声が響いてくる。
「み……は……な……」
 屋敷が崩れ落ちる。
 炎が焼くのは住人だけではない。
 この屋敷の歴史も焼き払う。
 庭から業火に包まれる屋敷を見つめている女がひとり。
「結局、いつも最後は破壊で終わってしまうのね」
 つぶやいたのは慶子だった。
 その手には透明な小瓶が持たれており、その中には小蜘蛛が一匹入っていた。
 いつの間にか、この場にはるりあの姿もあった。
 るりあの視線は小瓶に注がれている。
 慶子は微笑んだ。
「欲しいならあげるわ」
「…………」
 るりあは奪うようにして慶子から小瓶を取り、そのまま駆け出して姿を消した。
「大事にするのよ」
 と、慶子の呟き声が響いたが、そこにはすでに慶子の姿はなかった。
 炎はまだ燃え続けていた。