あやかしの棲む家
5
夕食の準備が済んだころになると、続々と食堂に住人たちが集まってくる。その中に、いつも比較的早くやってくる美花の姿がないことに瑶子は気づいた。
瑶子は美花を呼びに行くことにした。
廊下を歩き、美花の部屋の前までやって来た。
「失礼します」
と、いつものように言うと同時に戸を開けた。
いつもなら『どうぞ』と声が返ってくる。返ってくるとわかっているから、返事を確認する前に戸を開ける癖がついているのだ。それが今日はどうだろうか――。
「あれ、美花さま?」
部屋にはだれもいなかった。
ほかの場所をあたることにした。
屋敷の中には瑶子が入れない部屋がいくつかある。赤い札の貼られている部屋。離れの一つである鍵の掛かった部屋。ほかにも瑶子がその存在を知らない部屋があれば、入るという発想すら一生浮かばないだろう。
廊下を歩いていると、るりあとばったり出会った。
「るりあちゃん、美花さま見ませんでしたか?」
「……見てない」
と、言いながらるりあは天井を見上げた。
釣られて瑶子も天井を見る。
「またなにか見えてるんですか?」
「聞こえる」
「天井からは物音がするのはじめてですよね。ねずみですかね、今まで一度も見たことありませんけど」
「もっと大きい」
「大ねすみですか? そう言えば最近食料の減りが早いような……あ、それは美花さまが……そうだったんだ、今気づきました」
ひとりで納得する瑶子をるりあは不思議そうな顔で見つめている。
慌てて瑶子は顔の前で手を振った。
「な、なんでもありませんよ。まさか美花さまがるりあちゃんみたいに盗み食いをしてるなんて、そんなこと……あっ」
口に出してしまっていたことに自ら気づいた。
ひとり慌てる瑶子を置いて、るりあは天井を見ながら歩きはじめた。
気になった瑶子はそのままるりあについて歩く。
天井の気配は屋敷の道に沿って進んでくれるわけもなく、るりあの視線は真上ではなく遠くを見つめたりしている。
やがてるりあがやって来たのは美花の部屋。
躊躇いもせずるりあは何も言わず戸を開けた。
同時に開かれた押し入れの中にいた美花と目が合った。
瑶子と美花は互いにはっと目を丸くしている。
るりあはまだ天井を見続けていた。ちょうど押し入れの上あたりだろうか。
慌てて美花は押し入れから出てきた。
「あの……その……」
焦って言葉に詰まっているようだ。
瑶子はるりあと共に部屋に入り戸を静かに閉めた。
「美花さま、どうしてそんなところから?」
「探し物を……」
こちらの探し物は移動したようだ。るりあの視線は真上へと向けられた。
るりあが走り出した。
押し入れの二段目に飛び乗り、すぐに天井板が動く事に気づいた。
美花は必死になってるりあを止めようとした。
「るりあちゃん!」
声は掛けるがそれ以上はなにもできなかった。
瑶子も不審に思いながらるりあのあとを追った。
天井裏への入り口。
そこを登っていったるりあ。あとを追って天井裏についた瑶子はその男を見つけた。すぐに美花もやって来た。
男は頭を掻いた。
「見つかっちまったなぁ。決して美花お嬢様のせいじゃありませんよ。運が悪かっただけですよ」
視線を送られた美花は沈痛な面持ちをしていた。
るりあは瑶子の背に隠れた。男を睨む視線を外さない。
謎の侵入者。
「だれですか?」
瑶子が尋ねた。真剣な表情だ。
すぐに美花が割って入った。
「決して悪い方ではありませんから、皆には黙っていてくれませんか。お母様やお姉様に見つかったら……ああ、どんなことになるか」
「美花さまがそこまでおっしゃるなら……まずはお話を聞こうと思います。美花さまはお食事の時間ですから、早く行ってください」
「でも……」
「美花さまの姿を見えないと、怪しまれるかもしれませんよ。この方を悪いようにはしませんから」
「……本当に頼みましたよ」
自分が去ることは心配であったが、瑶子の意見も一理ある。美花はこの場を瑶子に預けることにして、食卓へと向かって行った。
美花がいなくなると、さらに緊張の糸は張り詰めた。
だが、この男の物腰は柔らかかった。
「まあまあ、立ち話もなんですから、どうぞこちらで話しましょう」
男は無防備にも背を向けて歩き出す。
瑶子は用心しながらあとをついていく。るりあは瑶子の背に隠れたままだ。
案内されたのは屋根裏の一角にある部屋のような場所。
家具一式が揃っていることに瑶子は驚いた。
「屋根裏にこんな物が……いつからここに住んでるのですか!?」
「ここに来たのは三日ほど前ですよ。家具は元々ここにありました」
「家具があった?」
瑶子の知らないことだった。そもそも屋根裏の存在すらしらなかった。
男は椅子に腰掛け、二人にはベッドに座るように手を向けて促した。
「椅子が一つしかなくて、ベッドで我慢してください」
ベッドに腰掛けると埃が舞った。
落ち着いたところで男が話しはじめる。
「名刺は切らせてるんですが、ルポライターをやってる立川克哉っていう者です」
「るぽらいたー?」
瑶子は首を傾げた。
「ルポライターっていうのは平たく言えば記者ですよ。雑誌記者をやって飯を食ってます」
「雑誌はあまり読んだことがありません。慶子先生に貸してもらったことがあるのですが、あまりおもしろいと感じなくて」
「書いてる俺自身もつまらないと思いますよ。うちの場合は三流雑誌なせいですが」
克哉は何かを探すそぶりを見せて自分の服のあちこちを探った。
そして、溜息を落とした。
「はぁ……そうだ切らしてるんだった。煙草なんてもってませんよね?」
「慶子先生なら吸ってますけど」
「あのひと煙草吸うのか! 一本でいい、たった一本でいいからもらって来てくれませんかね?」
「無理に決まっているじゃありませんか」
「だよなー。食料を調達するだけでも大変なのに、煙草は無理だよな。でもあると知ったら吸いたくて堪らなくなってきた」
瑶子ははっと気づいた。
「もしかして美花さまが持って行った大量の果物って……」
「美花お嬢様にはよくしてもらってるよ。彼女に見つかったときが駄目かと思いましたが、水や食料は運んできてくれるし、俺のことばらさずにいてくれたし……なのに、あんたらに見つかっちまうなんてな。そっちのちっこい嬢ちゃんには警戒してたんだ」
視線を向けられたるりあは瑶子の袖を掴んだまま、未だ克哉を睨みつけている。
「るりあちゃんは勘が鋭いですから」
と、傍にいることが多い瑶子が言った。
さらに瑶子は話を続ける。
「食料が必要なら、これからはあたしが持ってきてあげます」
「ありがたい!」
「美花さまにやらせるわけにはいきませんから」
「ということは、あなたも俺……いや、私のことをほかに者には黙っていてくれると?」
「いいですよね、るりあちゃん?」
自ら返事をする前にるりあに確認を取った。
るりあは黙ったままなにも答えない。
瑶子はるりあの顔を正面に捕らえて覗き込む。
「美花さまのためです。るりあちゃんも美花さまのこと好きですよね?」
「……ようこのほうが好き」
「あはは、でも美花さまのことも嫌いじゃありませんよね?」
作品名:あやかしの棲む家 作家名:秋月あきら(秋月瑛)