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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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 美花は立ったまま、そこから動かず克哉を見つめた。
 黙る美花を見つめながら克哉が続ける。
「殺しに来たんです」
「だれをですか!」
 屋根裏中に響き渡る叫び声だった。
「それが来るまではわからなかったんですよね」
 間が抜けたような口ぶりだった。
 普段は穏やかな表情をしている美花が怖い顔をして克哉を見つめている。
 克哉は宙を仰いだ。
「来てからも未だに判断が難しくて、あなただって可能性も捨てきれませんが、俺にあんたは殺せない」
「私を……殺す?」
 まさか自分の名前が挙がるとは――美花は青ざめて言葉を詰まらせた。
 さらに克哉は言い続ける。
「あなたを殺すなら、当然あなたのお母様もお姉さんも殺すことになるでしょう」
「そんなことさせない!」
 今の美花はまるで美咲のようだ。恐ろしい鬼気を纏っている。
「落ち着いてくださいよ。今はもうあなたの家族を殺す気なんてありませんから」
「どうして、どうして、殺されなければならないんですか!」
「だから落ち着いてください。可能性があったというだけで、もしそうだったとしても、もう殺す気はないと言ってるんですよ」
 その言葉を信じたどうかはわからないが、美花は静かに椅子に腰掛け直した。
 美花と克哉の視線が並んだ。
 克哉は頭を掻いた。
「どうして殺さなくてはならないのか……という質問でしたよね?」
「……はい」
「死にたくないからですよ」
「私の家族が殺されなくてはならない理由と繋がりません」
「自分では手を下さないまでも、あなただって生きるために多くの命を奪っているはずだ」
 お互い沈黙した。
 克哉の言葉は通常の意味以上の意味を美花に問いかけたのかもしれない。
 時間が過ぎる。
 その沈黙を破ったのは克哉だ。
「まあ、その話は今はどうでもいいんですよ。俺が今望んでることは、この屋敷から逃げ出すこと、それが叶えば今はそれでいい」
「できないことです」
 きっぱりと言い放った美花に克哉は笑って見せた。
「そんなことはやってみなきゃわからないさ」
「できますか?」
「それはだからやってみなきゃわからないさ」
「……そうですね」
 美花はうつむいてしまった。
「だからあなたに協力して欲しいんだ」
 それに美花は答えず、うつむいたまま。
 克哉は返事を待った。
 静かな夜更け。
「……っ?」
 急に克哉は驚いた顔をして辺りを見回した。
「美花ちゃん、なにか臭わないか?」
「なんでしょう……焦げ臭い」
「火事……なんてことはないよな?」
「そんな、早く皆に知らせないと!」
 本当に火事なら屋根裏に隠れているわけにもいかない。
 すぐに出口から――。
「きゃっ!?」
 美花が叫んだ。
 暗がりで蠢く巨大な怪物。
「大蜘蛛だ!」
 叫んで克哉はすぐさま短剣を抜いた。
 大蜘蛛が飛び上がった。
 飛び上がったのは克哉のほうが早い!
 大蜘蛛の上に飛び乗った克哉は、その勢いで短剣を背に突き立てようとした。
 克哉の足下が揺らいだ。
「くっ」
 短剣を刺す前に躰が振り落とされそうになる。
 大蜘蛛の背を滑り落ちながら克哉は短剣を突き立てた。
 恐ろしい物の怪の絶叫。
 克哉は膝に両手をついて床に立っていた。
「はぁ……はぁ……仕留めたのか?」
 短剣を突き立ったままの大蜘蛛はぴくりとも動かない。
「……これで俺は生きられるんだ」
 心からしみ出した克哉のつぶやき。
 克哉は震えて動かない美花に顔を向けた。
「俺が殺さなきゃいけなかったのはこいつなんだ。ほかにもいるかもしれないが、今はどうでもいい。これで俺はしばらく生き延びることができる」
「どういう……ことでしょうか?」
「俺の親父も同じだった。人外を殺して全国を回ってたんだ。理由は死にたくないからさ」
「殺さなくても、わざわざ危険な目に遭わなくても、ひっそりと暮らしていればいい!」
 ひっそりと暮らす。それは自分に向けられた言葉だったのだろう。
「そういうわけにはいかないんだ。定期的にこういうモノを殺さないと、明らかに体調が悪くなっていくんだ……本当にそのまま死ぬかどうかわからない。けど、試してみるなんて真似、怖くてできるわけないだろう、俺は死にたくないんだよ、誰よりも」
 刹那、まだ息のあった大蜘蛛が克哉に飛び掛かってきた。
 武器はない。大蜘蛛の背に突き刺さったまま。逃げる隙すらもなかった。
 ぶんっと何かが風を切った。
 血を噴き出しながら大蜘蛛のが吹っ飛んだ。
 そして、斧を持った少女の姿。
「お逃げください。もう長くは保ちません」
 克哉を救ったのは菊乃だった。
「どうぞこちらです」
 菊乃は二人を隠し階段まで案内した。屋根裏には隠し階段も備わっていたのだ。菊乃ははじめからその存在を知っていたのか?
 屋根裏の一部が崩落し、煙が一気に昇ってきた。
 本当に火事だった。
 屋敷全体が燃えているのだ。
 階段を駆け下り、廊下から雨戸を開けてすぐに外へ出た。
 克哉に手を引っ張られていた美花が立ち止まった。
「皆が、皆を助けないと!」
 燃えさかる屋敷。
 菊乃は屋敷か出ようとせずにそこでじっと佇んでいた。
「火の手は皆様から上がりました。もう助かりません」
 どういうことだ?
 誰が火を放った!?
 美花は膝から崩れた。
 克哉は菊乃に手を伸ばした。
「あなたも来い!」
「はじめの言いつけを守り、わたくしはこの屋敷に残ります」
「なにを言ってるんだ早く!」
 その目の前で屋敷が崩落した。
 瓦礫と共に炎の中に呑み込まれた菊乃の姿。
 克哉は歯を食いしばって美花の手を強引に引っ張った。
 火の粉が風に流れる。
 屋敷から離れ庭を走っていると、後ろから少女の影が追いついてきた。
「美花!」
 それは美咲だった。
 美咲は克哉から美花を奪って抱きしめた。
「捜したのよ美花。どうして部屋にいなかったの!」
「お姉様……みん……な……炎の中に……」
「そうね、みんな焼け死んでしまったわ」
「どうして……」
 そんな二人に克哉は声を掛けようとした。
 しかし、美咲に睨まれたのだ。
「あなたが侵入者ね。でもあなたのことなんてどうでもいいわ。だからあなたもわたしたちに構わないで、一生ずっと……」
 美咲は美花を支え歩き出した。
 その方向は正面門。
 美咲の手によって門が開かれた。
 そして、二人は出て行ったのだ――外の世界へ。
 何が起き、何があったのか、克哉がそれを知ることはなかった。