あやかしの棲む家
6
朝食の風景を覗いた。
集まっているのは静枝、美花、美咲、慶子、菊乃。瑶子とるりあの姿はなかった。
食事を終えると美花と美咲は、あの本に埋もれた離れで慶子の授業を受けた。
授業の内容は年齢相応ではなく、見た目相応。七歳という年齢は、見た目からも知能からも感じさせない。美花の言葉を信じるほか決め手がない。
克哉にとって退屈な授業だったため、別の場所を覗く事にした。
朝食が終わり、三人が同じ部屋にいるとなると、なにかありそうな部屋も限られてくる。
静枝の部屋を選んで覗いた。
部屋の中には二人が向かい合って座っていた。静枝と菊乃だ。
先に聞こえてきた声は菊乃のものだった。
「はい、るりあが発見しました」
「状態は?」
「深手を負わされたようですが、そこまでする必要はございません」
深手を負わされた?
そこまでする必要?
どちらも引っかかる言葉だ。
少し間を置いてから静枝が口を開いた。
「屍体の痕跡は見つかったのかしら?」
「それはいつものことでございます。あれは骨まで食い尽くします」
「しかし、まさか深手を負わされるなんて……るりあは何か知らないのかしら?」
「知っていても答えません」
「そうね、とりあえずいつものように何事もなく済ませましょう。けれど、少し気がかりな点もあるから、美咲と美花はしばらく部屋から出さないように、慶子の部屋で見ていてもらいましょう」
「畏まりました」
菊乃が部屋を出て行く。
克哉にとって嫌な予感のする会話だった。
頭に浮かんだのはあの大蜘蛛だ。
さらに侵入者の存在が知られたのだ。
今まで何度も存在を知られたと思い恐怖してきた。
はじめは赤い札の部屋の眼だ。
次は大蜘蛛との遭遇。
さらに同じ晩にるりあ、美花。
住人たちに幾度も見つかってきたが、幸運にも事は大きくならずに済んできた。
しかし、静枝に知られた今、事は動き出した。
屋根裏にいて平気なのか?
いや、決してここは安全とは言えないが、ここ以上の場所が今はないのだ。
もしも静枝が大蜘蛛を使って侵入者を殺させているとしたら、見つかれば克哉も殺されるのだ。
屋根裏から脱出するときは、屋敷からも脱出するときだ。屋敷から出られなければ、なにも解決しないのだ。
情報が足らない。
美花は屋敷から出ないのではなく、出られない。ほかの者も同じで、出る方法を知らないかったとしたら、どうすればいいのか。
そうだ、唯一出入りをしている侍女がいるらしい。菊乃か、瑶子か、ほかにいも侍女がいるのか。
何かを調べるにしても、これ以上住人に顔が知れるのはまずい。侍女と話をするのなら、出入りをしている者を特定して話たい。
美花と話ができれば情報がもらえるかもしれない。その美花は授業のあとも監視がつくことになってしまった。
このままなにも手を打てずに時間だけが過ぎていくのか?
克哉は煙草の箱を出して、溜息を吐くとそれを握りつぶして放り投げた。
「くそっ」
深い呼吸をしてから克哉は机についた。
手帳を広げる。
屋敷の見取り図はまだ完成していない。まだ見ぬ部屋に希望を見いだすというのも、まるで藁をも掴むことだ。
手帳には名前がひらがなで書いてあった。
しずえ、みはな、みさき、きくの、けいこ、ようこ、るりあ。そこに赤い札のある部屋の?謎の男?を書き加えた。
克哉は?しずえ?に丸を付けた。
守るか、攻めるか。
屋根裏に隠れているのは限界がある。
静枝に丸をつけたのは、この屋敷でもっとも力を持っていると考えたからだ。
手帳に新たな文字を加えた。
――人質。
もっとも力のある権力を人質に取る。
手帳を閉じて懐にしまう。
すぐに克哉は静枝の部屋を覗いた。
静枝はそこにいた。
部屋で静かに正座をしながら佇んでいる。
本当に作戦を実行するなら独りでいる今しかない。
床を這いつくばって克哉はある物を探した。この部屋への入り口だ。きっとこの場所にも天井板が動く場所があるはずだ。
がたっ。
板が動いたが音を立ててしまった。
慌てて克哉は開いた隙間から部屋を覗いた。
静枝は動かない。どうやら気づかなかったらしい。
そして、克哉も動けなかった。
克哉は断念したのだ。
動かした板すら戻せなかった。
しばらくして静枝も部屋を出て行った。
機会を失った。
忘れていた呼吸を思い出して克哉は息を吐いた。
「……できるわけないんだよ」
克哉は椅子に向かって歩きはじめた。
陽はまだ高い。
椅子に腰掛けた克哉は机に上に短剣を乗せた。
鞘からゆっくり抜かれた刃。
陽が落ち夜が更けた。
ずっと克哉は動かず椅子に腰掛けていた。
短剣は再び鞘に収められた。
ついに動き出した克哉。
まず覗いたのは離れの部屋だ。
部屋は暗く静かなものだ。
早々にその部屋を覗くことをやめ、次は美花の部屋だ。
薄暗い部屋。
静かに眠る美花の姿。
すぐに天井裏から下りることにした。
板を動かし、押し入れから、美花の部屋へ。
そっと美花に近付き、肩を揺さぶった。
「美花お嬢様」
「……ううん……」
「起きてくださいお嬢様」
「……っ!?」
声を上げそうになった美花の口を急いで克哉は手で押さえた。
「私です。声をあげないようにお願いしますよ」
そっと口から手を放した。
「こんばんは克哉さん」
「寝ているところすみませんね、ほかに機会がなかったもので」
「わかっています」
「お話できますか?」
「はい、屋根裏に参りましょう」
二人は押し入れから屋根裏へと上がった。
ベッドに腰掛ける克哉と椅子に腰掛ける美花。朝と同じように、違うのは克哉から口を開いた。
「夜……ですね」
「それがなにか?」
「夜になると何かがこの屋敷を徘徊してますよね?」
「わかりません。夜に限らず、この屋敷は四六時中のことなので」
四六時中――住人たちは当たり前のこととして、そういうものを感じているということだろう。
「あれをご存じない?」
「あれとはなんですか?」
「巨大なあれですよ。屋敷を守る狩人です」
「わかりません。ただ、夜は決して部屋を出てはいけないときつく言われています。おぞましい声が聞こえてくるのも、昼よりも夜のほうが多いようです」
それがこの屋敷なのだ。当たり前のように、美花はおかしなことを口にする。本人には自覚がないのだろう。
克哉はうなずいた。
「捜していた行方不明者の一部はどこに行ったか、だいたい検討がつきました」
「やはりこの屋敷で消えたのですか?」
「どうやら夜になるとこの屋敷には大きな蜘蛛、大きさは俺の躰よりも大きい蜘蛛です。それが人を喰らっているらしい。あなたのお母様の話を盗み聞きすると、まあそんな感じでした。それが行方不明者のすべてだとは思えませんが」
「そんなものが屋敷の中にいるなんて信じられません」
「なら、あなたのお母様が人を殺しているほうが現実的ですか?」
「…………」
「黙りましたね?」
追求されて美花は椅子から立ち上がった。
「もうお話することはありません」
「俺がここに来た本当の理由……話しましょうか?」
作品名:あやかしの棲む家 作家名:秋月あきら(秋月瑛)