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秋月あきら(秋月瑛)
秋月あきら(秋月瑛)
novelistID. 2039
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あやかしの棲む家

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 陽が昇った。
 屋根裏にも日が差し込む。
 克哉は一睡もしてなかった。こんな屋敷で寝られるわけがない。
 不気味な住人たち、屋敷を徘徊する怪物、屋根裏とて安全ではない。
 そんな中で、美花の存在は克哉にひと時の安らぎを与えた。
 常識に照らし合わせれば、美花とて……それでもこの屋敷に染まりきっていないと感じた。
 克哉は美花のようすを見に行くことにした。
 穴を覗く。
 安らかに眠る美花の姿。
 この屋敷で育てばそれが普通か。恐怖など微塵も感じさせず、深い眠りに就いている。
 克哉は隣の部屋も確認することにした。隣は美花の部屋と繋がった美咲の部屋だ。
 余り気を入れず覗いたせいで、少し克哉は驚いてしまったが、声は呑んだ。
 美咲はすでに起きていた。
 なにをしているのか?
 よく見えない。
 克哉は目を凝らした。
 それでもよく見えない。
 机の上でなにか細かい作業をしているような感じだ。
 小さなものが動いた。
 美咲の手についているのは朱いものはなにか?
 駄目だ、細かい上に美咲が影になって余計に見えない。
 美咲はなにかを壺の中に詰めはじめた。
 一瞬、朱いなにかが見えたような気がする。
 詰め終わると壺にふたをした。
 そして、机の上を手ぬぐいで拭くと、何事もなかったように片付いてしまった。
 壺は押し入れの奥へと仕舞われる。
 それがなんであるか疑問は浮かぶが、克哉はあえて見ようとは思わなかった。
 この屋敷には見なくてよい多すぎるのだ。
 次に美咲は鏡台で髪を梳かしはじめた。これは得に変わったようすもない光景だ。と思ったのも束の間だった。
 鏡に一瞬、部屋にいないはずの女の顔を映ったような気がする。
 あの顔は誰かに似ていたような気がする。
「おはようおば様」
 美咲が独り言を言った。
 いや、それは本当に独り言なのだろうか?
 まさか鏡に一瞬映ったなにかに言ったのではあるまい。そうならば、本当に映っていたことになる。
「今日はどうしたのかしら? なにか心配事でもおありになられて?」
 美咲の独り言は続いていた。もちろん答える者などいないのだ。そう、いないのだ。
「さようならおば様」
 美咲は櫛を置いて鏡に布を被せた。
 独り言だとしても、そこに登場した?おば様?とは、いったい誰のことを言っていたのだろう。
 美咲は部屋を出た。
 克哉も移動することにした。
 次は静枝の部屋を覗いた。
 静枝は部屋のどこにもいなかった。
 場所を移動して食堂、台所と続けて覗いた。
 食堂には誰もいなかった。台所では菊乃が朝食の準備をしているようだった。
 台所での作業はあまり見る気がしない。きのうのことを思い出してしまう。
 念のため脱衣所と風呂場も覗いたが、誰もいなければ変わった点もなかった。
 そして、廊下も見た。
 これで覗ける場所は全部だろうか?
 昨晩のうちに赤い札のある部屋を把握するつもりだったが、大蜘蛛の襲われただけで作業はなにもはかどらなかった。
 そう言えば、大蜘蛛に追い詰められたとき、離れの入り口まで行った。あの部屋にはなにがあるのだろうか?
 さっそく克哉は離れの一つを覗くことにした。
 その部屋は西洋風の作りであった。置かれている家具も足のある椅子やそれに合わせたテーブルなどである。ベッドから何者かが起き上がった。
 手元の眼鏡を探して、掛けた姿は慶子だった。
 部屋を見回して克哉は舌を巻いた。それにしても多い本だ。壁一面が本棚になっており、それが天井まで伸びている。本棚に入りきらない本なのか、山積みになっている物もある。
 膨大な本だが、この屋敷から出られないのなら、読む時間はいくらでもあるのだろう。
 慶子は着替えをはじめた。
 服を脱いだその姿は、全体的に肉付きがよく健康的で、胸は豊満で柔らかそうだった。
 克哉は生唾を呑み込んだ。
 年上の女性は克哉の好みだ。あの躰付きも好い。
 この屋敷で唯一洋服を着用している姿も、見慣れていて安心できる。
 慶子は下着を一切身につけず、スカートを穿いた。
 これでこの屋敷の住人でなければ……と克哉は溜息を吐いた。
 町で会えば声も掛けたくなるいい女だが、今はあまり深い関係にはなりたくない。
 克哉は穴を覗くのをやめた。
 そろそろ美花のところへ戻ってみよう。
 美花の部屋を覗くと、すでに布団が片付けられていた。当の美花は着替えの最中だ。克哉は穴から目を離した。
 しばらして覗き直すと、美花の姿が部屋から消えていた。
 機会を逃したと思って克哉が穴から目を離そうとしたとき、ちょうど美花が部屋に戻ってきた。
 すぐに克哉は屋根裏から下りることにした。
 布団を掻き分けて押し入れを開ける。
 そのとき見た美花の表情は少し眼を丸くしていた。
 克哉は小声で話しはじめた。
「驚かせてすまないですね。美花お嬢様おはようございます」
「おはようございます、そう言えばまだお名前を伺っておりませんでした」
「立川と言います。ここで話すのもなんですから、お時間があるなら屋根裏に参りましょう」
「はい、朝食までの時間なら」
 こうして二人は屋根裏に向かった。
 美花は屋根裏にはじめて登ったらしく、だいぶ驚いたようだ。まさかこんなところに家具が置いてあるとは、さらにその家具から察するに、だいぶ昔にここを使っていた者がいたということだ。
 克哉は椅子を勧めた。
「汚いところですが、今は私の城です。どうぞ椅子に腰掛けて」
 と、克哉はベッドに腰掛けた。椅子は一つしかなかったのだ。
 椅子に座った美花は、自分から話を切り出した。
「あなたはいったいどこのどなたで、どのような目的でこの屋敷にいらっしゃったのですか?」
 当然の質問だろう。美花は忍び込まれた当事者だ。
「改めて自己紹介といきましょう。立川克哉、歳は二七、職業はルポライターをやってます」
「ルポライター?」
「平たく言えば雑誌記者ですよ」
「取材などをなさる?」
「そう、それで飯を食ってます」
「それにしては、色白であまり日に焼けてないのですね」
「体力がなくて外回りが苦手なもんで」
 克哉ははにかんで見せた。
「それで目的はなんでしょうか?」
 先ほどの質問を美花は促した。
「この屋敷を記事のネタにしようと思いまして、だいぶ常識から外れていると噂を聞いたもんで」
「記事にされるのは困ります。多くの人に晒されたら生きていけなくなります」
「でしょうね。俺も記事にするつもりはありませんよ」
「ならほかに目的があるのですか?」
「ずばり言いますよ。友人がこの屋敷の取材の最中、行方不明になりました。ほかにもこの屋敷に関わった者が何人も行方不明になってます。この屋敷に住んでるあなたなら知ってるでしょう?」
「……ごめんなさい、なにも知りません」
 嘘か誠か、皆葉は辛そうな表情をしている。
 美花はうつむいて口をきつく縛ってしまった。話題を変えた方がいいかもしれない。
「なら、赤い札が貼ってある部屋はなんです?」